修学旅行・2
修学旅行1日目の夜。
恭は入浴後、ホテルの部屋に戻る前に、廊下の端であやめに電話した。
「なんか友だちから手作りのシーサーを交換すると、恋人でも友人でも、ずっと一緒にいられるって話を聞いた。お前の時もそんなジンクスあった?」
『あ~。『シーサーは雌雄で一対だから持ち主をくっつけようとする』ってヤツ?』
「そう」
あやめも知っているなら、実際にあるジンクスなのかと恭は思った。
ところが姉の返答はこうだった。
『私も去年聞いたけど、多分それは店の人が販促目的で言ってるだけだぞ。シーサーが二体で一対になったのは狛犬や阿吽の影響だし、口が開いてるのがオスだとか閉じてるのがメスだとかも俗説らしい』
「じゃあ、もしかして色でご利益が変わるとかも?」
『色でご利益が変わるのは風水が元だろうけど、それも販促のための後付けだろうな』
「……これからシーサーを作るのに、なんかやる気なくした」
顔に似合わずおまじないを信じていたらしい弟に、姉は笑いながら言う。
『そんなことを言ったら、お守りやジンクスはたいてい誰かが決めた作り事だぞ。でも大事なのは本当に効果があるかより、自分にとって意味があるかじゃない?』
「どういうこと?」
『例えばそのシーサーなら、大切な人が『ずっと一緒にいられるように』と願って贈ってくれたら、そこに特別な意味が生まれるだろ。そういう見えない想いを大事にできる人には特別なお守りになる』
あやめは電話越しに優しく微笑んで続ける。
『だから恭も安心して、お姉ちゃんに仕事運のシーサーを作って来い。お前が心を込めて作れば、お姉ちゃんにとって意味のあるお守りになるからな』
珍しく思いやりのある言葉に、恭はくすぐったくなって、つい憎まれ口を叩く。
「……俺はお前への嫌がらせにシーサーを作ろうとしてるんだけど」
『じゃあ、即ゴミ箱』
急に無慈悲になる姉に、弟はムッとして言い返す。
「俺だって捨ててないんだから捨てんな」
『行方不明は捨てたのと変わらんぞ』
恭は「……もう見つけた」と呟くと、
「俺も持ってるから、お前も持ってろ」
と、ぶっきらぼうに命じた。
弟の発言に、姉は「ひひっ」と笑って言う。
『だとしたら1年越しにシーサーを交換したことになるな。どうする? 一生一緒のおまじないが効いちゃったら?』
「……おまじないなんて無くても、どうせずっと一緒だろ」
ボソッと返す恭に、あやめは元気に言い放つ。
『つまりそれはお前への寄生を許すってことか? ありがとな、宿主!』
ちなみに寄生とは、する側は利益を得るが、される側は損するだけの関係である。
一方的な搾取を表明された恭は、
「うるせぇ。もう寝ろ」
と電話を切ろうとしたが、あやめがその前に口を開く。
『明日は海に行くんだろ? くれぐれも女子には気をつけろよ』
「女子に気を付けるって何を?」
『つまずいたふりしておっぱいくっつけて来たり、間接キス目当てで浮き輪かビーチボールを膨らませてって頼んで来たりするかも』
「そんなことする女がいるか」
恭は即座にツッコんだが、あやめは意外と本気で忠告する。
『今年の海をお忘れか? お前の呼気入り浮き輪が何者かに5千円で買い取られたことを』
「俺が目当てだったとは限らないし……」
弟は精神衛生上、気のせいということにしたかった。
『まぁ、お前が気にしないなら私も構わん。じゃっ、2日目の海、気をつけて』
と言って姉弟は電話を切った。
翌日の昼休み、あやめの教室。
「あやちゃん、今日メッセージ多いね。誰から?」
お弁当を食べながら問うほのかに、あやめはスマホを見ながら答える。
「恭だよ。2年は修学旅行で沖縄だから、昨日からいっぱい写真が来る」
「えっ!? 私も見せてもらっていい?」
「いいけど、別に普通の写真だよ?」
あやめからスマホを借りたほのかは「わー、本当にたくさん」と目を輝かせて写真に見入る。
「恭君、綺麗なものや珍しいものを見るたびに、あやちゃんに送ってるのかな? 感動を共有したいって、それって愛だよね……」
普段なら否定するところだが、あやめは少し自慢げな顔で話を振る。
「アイツ、工芸体験で私にシーサーを作るってさ」
「なんでシーサー? 女の子にあげるなら琉球ガラスとか星砂のストラップとか、もっと綺麗なものがあるのに」
首を傾げるほのかに、あやめはこう返す。
「私が去年シーサーを押し付けたから仕返ししたいらしい」
「ああっ! ケンカするほど仲がいい!」
「これだからリアルは堪らないや!」と、ほのかは悶えた。
一方。沖縄でマリンスポーツ体験中の恭たちはーー。
「ヤベー。海めっちゃ楽しい」
「生き生きしてんなぁ、恭。そんなに気に入った? ダイビングとウェイクボード」
槇の問いに、恭は珍しくはしゃぎながら感想を述べる。
「どっちもメッチャ良かった。特にウェイクボードは、もう1回やりたい」
はじめて見る恭の笑顔と水着姿に、女子たちは恍惚の表情で呟く。
「八神君、珍しくはしゃいでる可愛い……」
「濡れて乱れた黒髪エロい……」
そして燦燦と輝く太陽に、
「遅れて来た夏! ありがとう、沖縄!」
と感謝を捧げた。
「ていうか、マジいい体すぎん?」
「戦う男の体だよね……」
改めて恭への想いを募らせた女子たちは、煮詰まった欲望を口にする。
「もう彼女になりたいとは望まないから、お慈悲で1回抱かれたい」
「無理だよ。八神君、モテるのに全然そんな噂無いもん」
モテるのに浮いた噂が無いからこそ「イケメンなのに硬派だ」と女子は心酔している。とは言え、彼を狙う者としては全く隙が無いのでは困る。
「あんなエロい体で、性欲が無いのか?」
「なんとかあの胸筋ないし腹筋を、合法的に触る手段は無いかな……」
「じゃあ、チャレンジしてみる? 八神君と海に来る機会なんて二度と無いし」
「チャレンジって何するの?」
作戦会議の結果。一部の肉食女子たちは、こんな行動に出た。
「あっ、あ~。急に足がもつれて~」
恭とすれ違う瞬間、わざとぶつかろうとする。あやめの言うとおり、事故に見せかけて胸を押し付ける&自分も恭の体に触れる作戦だった。
ところが恭はボクシングで培った軽快なフットワークでラッキースケベを華麗に回避。さらに女子の腕を掴んで、
「……大丈夫か?」
「アッ、ハイ」
と相手の転倒も阻止した。
無事に女子を送り出した後。友人たちはワッと恭に駆け寄って称賛する。
「何、恭!? 今の動き! すごい!」
「前方から倒れかかって来る女子を回避しつつ、腕を掴んで転倒を防ぐとか。ゲームのキャラみたいな神回避だったな」
「でも、そこまでして女子を避ける必要があったの? 何もしなければ自分の体に、おっぱいポヨンだったのに!」
ラッキースケベを惜しむ陽太に、恭は嫌悪の表情で答える。
「他人とくっつくのやだ」
下心のある相手なら余計だ。
そんな恭の返答に、陽太と槇は逆にニヤニヤとくっつく。
「え~? 他人って、どこまでが他人?」
「俺たちはどうなんだ? 恭~」
「ウゼェから離れろ」
しばらくして恭たちはマリンスポーツ体験を終えて、自由時間になった。
「なぁ、自由時間だし競争しないか?」
無表情ながら活き活きとした様子の恭に、槇は疲れた顔で口を開く。
「体力無尽蔵か、恭。マリンスポーツ体験でさんざん動いたし、自由時間くらい休もうぜ」
「じゃあ、大田原を誘って来る」
スタスタと立ち去る恭を、陽太は「はー」と感心して見送る。
「俺もいちおうサッカー部だけど、恭の体力ってヤバいね。これがインハイ王者と万年補欠の違いかな?」
その後。恭は宣言どおり、今度は大田原に声をかけた。
「大田原って泳げる? 暇だったら競争しないか?」
「いいぞ。前に海に行った時は、十分体を動かせなかったからな。2人で競争するか」
「やった。じゃあ、行こうぜ」
さっそく2人で海に入ろうとしたが、女子に遠慮がちに呼び止められる。
「ね、ねぇ、八神君」
「……何?」
警戒のあまり冷ややかに問う恭に、女子は委縮しながらも用件を伝えた。
「悪いんだけど、浮き輪を膨らませてくれないかな? ポンプを忘れちゃって。自分でするのは大変だから」
浮き輪を差し出された恭は、姉の助言を思い出した。
「……俺、今年の夏に、どこかの変態に浮き輪を盗まれて。トラウマだからやだ」
「えっ、何? 変態に浮き輪を盗まれたって?」
困惑する女子に、一緒にいた大田原が代わりに証言する。
「どうやら犯人は間接キスないし、八神の呼気目当てに浮き輪を盗んだらしい。俺もその場にいたから確かだ。トラウマの上塗りはやめてやってくれ」
「そ、それは確かに気の毒だけど、私たちは全然そんなつもりじゃ。クラスメイトだし、普通に浮き輪を膨らませて欲しいだけで……」
それを聞いた恭は、隣に立つ大田原を指して問う。
「浮き輪を膨らませるだけなら、大田原でもいいか?」
「そうだな。八神である必要はないだろうし、俺がやろう」
けれど大田原が手を出すと、女子は慌てて浮き輪を引っ込める。
「あっ、あ~っ。やっぱりそんなトラウマがあるなら、無理強いするのは悪いかな!? 浮き輪は自分でがんばってみるよ! 邪魔してゴメンね!」
逃げるように立ち去る女子を見ながら、大田原がポツリと疑問を口にする。
「八神には頼みたいが俺だと嫌というのは、少なからず間接キスを意識していたということだろうか?」
「知らん。考えたくもない」




