槇と友だちになったきっかけ
9月、恭のクラス。恭は休み時間に、前の席の槇に話しかける。
「槇。今度の日曜、空いてる?」
「空いてるけど、なんで?」
首を傾げる槇に、恭は目的を伝える。
「また服を買いに行くから付き合って欲しくて」
その誘いを槇は笑顔で快諾する。
「おー、いいよ。またお前に似合うの見立ててやる」
次の日曜日、よく晴れた昼過ぎ。いくつもの店舗が立ち並ぶ賑やかな通りを、恭と槇は連れ立って歩く。
「いつも悪いな。服を選ぶの、付き合ってもらって」
すまなそうに謝る恭に、槇は「全然」と快く返す。
「俺は服好きだし。恭は何を着せても似合うから選ぶのが楽しいわ」
そんな2人について来た陽太が質問する。
「恭って、いつも槇に服を見てもらってるんだ? そう言えば2人って、どうやって仲良くなったの?」
3人は1年の時も同じクラスだったが、仲良くなったのは恭と槇が先だった。
陽太の疑問に、槇は恭と友人になったきっかけを振り返る。
「高校に入ってすぐに、恭から声をかけて来たんだよな」
高1の4月、まだグループが固まり切らない頃。
『槇って、なんか垢抜けてんな』
『え~? そう? 八神のほうがよっぽどカッコいいじゃん』
お世辞ではなく、恭は顔もスタイルも飛び抜けてよく、女子に騒がれていた。
加えて文武両道。空手の大会では何度も優勝しているらしいのだから、同性でも恭に憧れを抱く者は多い。そんな恭に話しかけられて、実は槇も内心ドキドキしていた。
『いや、俺は全然。姉によればセンスが無いらしくて、小中の時とかメチャクチャ馬鹿にされた』
『どんなの着てたの?』
『……ドクロとか竜の黒いTシャツ』
恥ずかしそうに答える恭に、槇は一気に和んだ。
『あー、でもそれは男ならみんな通る道よ。俺も小学生の頃は好きだったもん』
『それで今は無地の無難なヤツを着てるんだけど、下手に冒険して馬鹿にされるのが怖いから、いつも似たようなのばっかになる』
『へ~。八神ってスタイルがいいから、何を着ても様になるだろうし、そんな悩みがあるとは思わなかったな』
ただでさえファッションの悩みで親近感を持ったところに、恭はさらにこんなことを言った。
『だから槇の髪型とか制服の着こなしとか、いつもさり気なくオシャレだなって感心してた。槇ってセンスよくて、すげーな』
女子には見せない笑顔を向けられた槇は、一瞬で心を鷲掴みにされたのだった。
「というナチュラル褒め殺しからの『じゃあ、俺が服を選んであげるよ~』で今ここですよ」
槇が恭との思い出を語り終えると、陽太は「え~、いいな~」と羨ましがる。
「恭って意外と男子のことは惜しみなく褒めるよね。俺は褒められたこと無いけど!」
恨み言を言う陽太に、恭は素っ気なく返す。
「お前は褒めるところ無いから」
「酷い!」
と言いつつ、陽太は大して応えてなかった。
陽太はやや言動が無神経な代わりに人にも大らかだ。そこが付き合いやすいと同性からは人気があった。
そんな陽太は今回も、あっさり話題を変える。
「でも恭ってモテなくていいみたいなことを言う割に、意外と身なりを気にしてるんだね? 興味ないフリしてるけど、実はやっぱりモテたい!?」
友人の指摘に、恭は間髪を入れずに返す。
「違う。アイツに舐められたくないだけ」
「アイツって?」
「もしかして、お姉さん?」
陽太と槇の問いに、恭は「そう」と答えてムスッと続ける。
「アイツ、自分は髪も服も適当な癖に、俺にはダサいとか平気で言うから。アイツを黙らせるために、ある程度気を付けてるだけ」
「お~。じゃあ、女子に人気の八神恭は、お姉さんが作ったようなもんだな」
槇の言葉に、恭は不本意そうな顔をしながらも、
「……否定したいところだけど、実際アイツには見た目だけじゃなく、生活面でもいろいろ言われてるわ。何かしてもらったら、ちゃんとお礼しろとか。今どきは男でも家事ができないと、最初は良くても女に逃げられるとか」
と姉の影響を渋々認めた。
恭の返答を聞いた陽太はギョッとして叫ぶ。
「え~っ、そうなの!? ヤバい! 俺、家事なんにもできない!」
友人らしい反応に、槇は薄笑いでコメントする。
「まぁ、うちの母さんや妹を見てると『結婚したら奥さんに全部やってもらえばいいや~』って考えでは、通用しなさそうなのは確かだな」
槇には妹が、恭には姉がいるが、陽太だけ男兄弟だった。全面的に世話してくれる母親しか異性と関りの無い陽太は、家事は女性がするものだと思い込んでいた。
「家のことを全部やってくれる昔ながらのお嫁さんは、もう存在しないのでしょうか?」
せっかく結婚したのに、こっちが家事をするんじゃ面倒だな~と思わず零す陽太に、恭が冷ややかに所感を述べる。
「そういう人もいるかもしれないけど、家事ってけっきょく労働なのに、そういう負担を全部相手に押し付けて自分は楽したいと思っているヤツのところには、誰も来ない気がする」
恭は主にあやめに厳しく育てられたので、自然と女性への気遣いを覚えた。普段から細々と家の手伝いもしているので、得意不得意はあるが家事は一通りできる。
そんな恭にとって、陽太の願望はあまりにも女性への思いやりに欠けていた。
心を抉るような友人の指摘に、陽太は涙目でワッと喚く。
「恭がすごく厳しい! でも本音を言えば、家事はやっぱり奥さんにやって欲しくない!? 逆に恭は結婚したら自分が家事するの!?」
「俺はいちおう普段から家のことを手伝ってるし。結婚して夫婦だけになったら、もっと家事の比重が増えるだろうけど、自分が楽した分は相手の負担になるって考えたら面倒でもやるだろ」
特別なことではなく、ごく当たり前の配慮として言う恭に、陽太は「ま、槇~」と泣きついた。
「なになに、どした?」
「恭がイケメンのくせに性格までいい! これじゃ一生、俺に女子が流れて来ないよ~!」
陽太の泣き言に、槇は苦笑いしつつも、
「陽ちゃんは自分の都合だけじゃなく、相手の幸せも少しは考えなさい。恭の言うとおり女の子にだって、お前と同じように、しんどい、めんどいがあるんだからね」
と少し自分本位な友人を優しく諭した。




