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皆で海・4

 3人で海の家に戻ると、困り顔の大田原が「や、八神~」と駆け寄って来る。


「大変なことが起きた」

「大変なことって? 何があったんだ?」


 恭に問われた大田原は詳しい事情を話した。


「ほーちゃんの浮き輪が盗まれた?」


 大田原は海の家で荷物番をしながら、あやめたちの帰りを待っていた。


 しかしそこに『海で子どもが溺れているの! 助けてあげて!』と同年代の少女が声をかけて来た。


 冷静に考えれば、海水浴場にはライフセーバーがいる。いくら体格がいいからと言って、泳げるかも分からない大田原に助けを求めるのはおかしい。


 けれど人のいい大田原は子どもが溺れていると聞いて、慌てて海の家を出た。ところが海に、それらしい子どもは見当たらない。


 大田原は海の家に戻り、先ほどの少女に子どもの場所を聞こうとした。ところが海の家に彼女の姿は無かった。


 さらに席に戻ると浮き輪が無くなっており『浮き輪、勝手に買わせてもらいました。ゴメンなさい』というメモと5千円が残されていたと言う。


 証拠のメモを手に、あやめは首を傾げる。


「途中までは新手の物取りかと思ったけど、なぜほーちゃんの浮き輪だけを、しかもお金を払って持って行ったんだ?」

「それに浮き輪1つに5千円って。あの浮き輪、そんなに高くないですよね?」


 恭に尋ねられたほのかは戸惑いながら答える。


「う、うん。あの浮き輪、ネットで千円だったよ」

「それをわざわざ5千円で買うって、いったいどうして?」


 意味不明な事態に一堂が頭を悩ませていると、あやめがふと思い出す。


「5千円と言えば、さっき私が冗談で『お前が膨らませた浮き輪なら女子が5千円は出す』って言ったけど……」

「だとすると犯人は恭君のファン?」

「まさか本当に、八神の呼気が詰まった浮き輪が売れたというんでしょうか?」


 真顔で言い合うほのかと大田原をよそに、恭だけは「そんな馬鹿な話は無いだろ」と否定して、


「犯人は普通に、あの浮き輪が気に入って買いたかっただけじゃないか?」


 と他の可能性を挙げた。


「でも限定品でもない千円の浮き輪を、あえて5千円で買うなんてあるか?」

「それも嘘を吐いて俺を遠ざけた隙に無理やり浮き輪を買うあたり、やましい目的としか思えん」


 あやめと大田原の反論に、恭は自信を無くしながらも言い返す。


「だとしても、あんなもん盗んで、どうするんだよ?」


 その疑問に、ほのかがすかさず推測を述べる。


「それは多分、恭君が吐いた息を吸ったり、吹き口を舐めたりするんじゃないかな?」

「聞いた俺も悪いけど、おぞましい想像をしないでください」

「ゴ、ゴメンね」


 ほのかにより犯人変態説が濃厚になったところで、大田原がワッと声を上げる。


「うわぁぁ! すまない、八神! 俺が騙されたせいで! 知らない女子に、お前を穢させてしまって!」


 ぺこぺこと謝る友人を、恭は困り顔で宥める。


「いや、お前が謝ることじゃないけど」

「浮き輪ってけっこう嵩張(かさば)るし、今からでも捜したら犯人が見つかるんじゃないか?」


 恭の呼気が目当てなら、犯人が空気を抜くことは無いだろう。膨らんだ状態の浮き輪を持っているとしたら、かなり目立つはずだ。


 しかしあやめの提案を、恭は嫌悪の表情で拒絶する。


「なんで浮き輪を盗まれたからって、そんな変態をわざわざ捜さなきゃいけねぇんだよ」


 恭としては変態疑惑のある犯人と遭遇したくなかった。


「お前が泣き寝入りでいいなら私も構わないけど、その5千円はどうするんだ?」


 あやめの問いに、ほのかが「恭君がもらったら? 慰謝料的な感じで」と勧めるも、


「そんな気持ち悪い金要らねぇ」


 と、恭は即座に断った。


「じゃあ、ほーちゃんがもらう?」

「わ、私もなんか嫌だよぉ」


 あやめに水を向けられるも、今度はほのかがパタパタと手を振って受け取りを拒否する。


「その金で何か食べて帰ろうというのも、なんか持ち主の念を取り込んでしまいそうで嫌ですね」


 大田原の言うとおり、こんな穢れた金、もらうのも使うのも嫌だ。


 誰もこの金を要らないみたいだなと確認したあやめは、こんな提案をした。


「じゃあ、ロックに燃やしちまうか? きっと火が穢れを浄化してくれるだろう」

「えっ、でもお金を燃やすって……」


 お金を粗末に扱うのはよくないんじゃと、ほのかは一瞬抵抗を感じた。


 けれど被害者である恭が虚ろな目で同意する。


「いや、燃やそう。燃やして全て忘れよう」


 そんなお労しい友人の姿に、大田原は涙目で「や、八神」と呟いた。


 それから4人は本当に、周囲に誰もいない岩場で5千円に火を点けた。


 燃える5千円札を眺めながら、姉がシリアスな顔でボソッと呟く。


「なんか思ってた海と違うな」

「俺だってそうだよ」


 青春しに来たはずなのに、なぜ夏の海を締めくくる最後の思い出が、浮き輪の紛失と5千円ファイアなのか?


 護衛に連れて来たはずの恭が、いちばん性被害に遭ったこといい、色々と不可解でならなかった。

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