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残飯押しつけて来る姉

 昼休みの廊下。例によって恭に会いに来たあやめは、


「ぶわっ!?」


 と恭の教室から出て来た巨大な壁にぶつかった。巨大な壁の正体は柔道部の大田原だった。


 あやめの体重は38キロ。対する大田原の体重は135キロ。重いものと軽いものがぶつかれば、軽いほうが吹っ飛ぶ。


 あやめは大田原にぶつかった反動で尻もちを突いた。


「す、すまない。大丈夫か?」

「あっ、だ、大丈夫です……」


 心配する大田原から、あやめはオドオドと目を逸らした。恭にはいつも横柄なあやめだが、他の男子には恐怖心がある。


 本来ならすぐ逃げているところだが、あやめが立ち上がる前に、


「おい、転んだのか?」


 と声に気付いた恭が現れる。弟の登場に、姉は反射的に泣きつく。


「うわぁぁん、恭~! 痛いよぉぉ! 鼻と尻に大ダメージだ!」


 あやめの発言を真に受けた大田原がアワアワと謝る。


「わぁぁ、すまない。保健室に行くか?」

「いや多分、大袈裟に言ってるだけだから大丈夫」


 恭の見立てどおり、痛いのは本当だが保健室に行くほどではなかった。


「その子、八神の知り合いか?」


 改めて大田原が問うと、恭は「ああ」とあやめを紹介する。


「コイツ、うちの姉」

「姉!? そんなに小さいのに!?」


 てっきり1年生だと思っていた大田原は大いに驚いた。


 そんな大田原に、あやめは恐怖心と、弟の前で舐められたくねぇという気持ちが拮抗(きっこう)した結果。


「小さくて悪かったな~……。このデカ野郎~……」

「俺の後ろから小声で威嚇(いかく)すんな」


 自分を盾にしながら強がるあやめに、恭は呆れ顔でツッコんだ。


 あやめの態度に、大田原は「えーっと」と戸惑いながら尋ねる。


「お姉さんは本当に大丈夫なのか? すごく小さ……華奢な体格だし、怪我をしたんじゃ?」


 弟が来て安心。でも知らない男は怖い。


 そんな微妙な心理のあやめは、引き続き弟という安全地帯の後ろに身を隠しながら虚勢を張る。


「別に怪我はねぇ……。知らない人と話すほうがストレスだから放っとけ、この野郎~……」


 なぜそんな小さな体でプルプルと震えながら威嚇してくるのだろうと、恐怖を知らない大きな生き物である大田原は思った。


「こういう生き物なんだ。わざとぶつかったわけでもないし、気にしなくていい」

「そ、そうか」


 有識者である恭の助言に従い、大田原はあやめの不可解な言動について考えるのをやめた。


 話が済んだところで、恭はあやめを見下ろして問う。


「で、お前は何しに来たんだ?」

「これ新発売のパン。全然口に合わないから残りお前にやる」


 無垢な瞳で残飯を押し付けて来る姉に、弟はイラッとして拒絶する。


「ゴミを寄越しに来んな」

「私の口に合わないだけでゴミじゃない! 自分が食べられないからって簡単に捨てたら、食べ物が可哀想だろ!」


 勢いで押し通そうとするあやめに、恭も頑なに拒否を続ける。


「だからって毎回、お前の残飯処理したくない」

「お姉ちゃんの分の栄養も摂取して、そんなに大きくなったんだろうが。これからも遠慮なく育てよ」

「いいことみたいに言うな」


 目の前で言い合う姉弟を見かねて、大田原が助け船を出す。


「あの、俺で良かったらもらいましょうか?」


 まさかの提案に、あやめは「えっ?」と目を丸くする。


「でも食べかけなのに、いいの?」

「俺は別に気にしないので」

「え~、ありがとう! 君は心が広いな!」


 あやめはさっきまでの警戒も忘れて、笑顔で大田原にパンを渡すと、手を振りながらその場を離れる。


「じゃあな、優しい子! 恭はケーチ!」

「ぶん殴るぞ」


 姉が去った後。恭はすまなそうに大田原に謝る。


「なんかゴメン。姉が迷惑をかけて」

「いや、全然。無邪気で可愛い人じゃないか、お姉さん」


 にこやかに返す大田原に、恭は不機嫌そうに吐き捨てる。


「アレのどこが? 弟にいつも残飯処理させるような女だぞ」

「そうか? うちは小1の妹がいて、よく嫌いなものを食べてやっているから、あんまり気にならん」

「妹なら許せるかもしれないけど、アイツは年上なのにワガママだからムカつく」


 ムスッとする恭を、大田原は困り笑いで宥める。


「まぁ、とにかくこれは俺が食べるから、そう怒るな」

「いや」

「ん?」


 首を傾げる大田原に、恭はバツが悪そうに手を出して言う。


「……やっぱそれは俺が食べる」

「なんで? お姉さんの食べかけを押し付けられるの嫌なんじゃないのか?」


 不思議そうに尋ねる大田原から、恭は目を逸らしつつゴニョゴニョと言い訳する。


「……新発売だって言うし、味が気になって来た」

「そうか? じゃあ、これ」


 大田原は素直にパンを渡すと、そのまま立ち去った。

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