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第286話 魔王ビアーゼボの影 その1


「――さあ、はじまりますよ」


 その声色はどこか弾んでいる。


 いや、弾んでいるどころではない。

 今日一番と言ってもいいくらい、明らかに浮かれていた。


「何を興奮しておるんじゃ、おぬしは」


 フェニ子が呆れたように尋ねると、佐田さんは驚いたように目を丸くし、なぜか私の顔を見た。


「も、もしかして、ご存じありませんか……?」

「え、えぇ……」

「まさかご存じないとは……。本選の醍醐味は、勝負が終わってからですよ」

「それは……どういう……?」


 私が尋ねると、佐田さんは腕を組んで口をへの字に曲げた。


「ふむ。……たしかに萬国美食争鋒は、丹梅国にとって国を挙げて行われる祭事です。争鋒の頂点に立つため、世界各地から料理人が集結し、競い合い、観衆もそれを見る為に紅華城へと足を運ぶ……のですが、本当にそのためだけに、これだけの人数が、ここへ来ると思いますか?」

「え、ええっと……」


 どうしよう。

 佐田さんが気持ちよさそうに語っているから、あまり水は差したくないけど、本題へいってほしい。


「もちろん料理人同士の勝負そのものも見世物として素晴らしい。魔導映写盤で手元まで映し出され、審査員の反応を見ながら、会場中であれこれ語り合う。感動を共有する。それだけでも大きな娯楽で――」

「こら、勿体ぶるでない。さっさと言うのじゃ」

「こ、これは申し訳ない、なにぶん興奮しているもので……」


 フェニ子に釘を刺された佐田さんは、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。


「……食べられるのですよ、料理を」

「え? 料理って、どの?」

「紅月さんとサチンさん、お二人が作られた料理をですよ。それも、格安で」


 思わずフェニ子と目が合う。

 彼女は意味が分からないといった表情を浮かべているが、おそらくそれは私も同じなのだろう。


「それは……今から紅月とサチンさんが一緒に、この大会を見に来た人たちに、料理を振る舞うということでしょうか?」

「――まさか。出来ないわよ、そんなこと」


 いつの間にか壇上から戻って来ていた紅月が、腰に手を当てながら言う。


「あれ、もしかしてあんたも知らないの?」

「知らないもなにも、初耳よ」


 そう言っている紅月の顔は、驚いているというよりは半分呆れているように見えた。


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