第287話 魔王ビアーゼボの影 その2
「……それに、サチンさんならともかく、私にこれほどの数の料理を捌ける腕なんて、ないわよ」
「なんで?」
「なんで……って、こういう場所で料理を作る技術と、料理屋で料理を作る技術なんて、全然違うからよ」
「なにが違うんじゃ。一緒じゃろ」
フェニ子がかぶせるように言うと、紅月は大きなため息をついた。
「……あのねえ、私がこうしてサチンさんと互角の勝負が出来ているのは、陳さんが大会で戦えるように私を鍛えたからよ。同じ料理を、味を落とさず、同じ分量で、それなりの速さで全員に提供するなんて、とてもじゃないけど出来ないわよ」
「なるほどね。要するに、今の紅月はあくまで、争鋒に特化してるだけなんだね」
「……少し、その言い方は癪に障るけれど、そういうこと。ここが一般的な料理人の技術を見る大会だったら、私は予選すら突破していなかったでしょうね」
「ちぇっ、なんじゃつまらん。妾はてっきり、おぬしが美味い料理を作れるようになったのかと」
「……貴女は一体、さっきまで何を見ていたの?」
紅月がまたため息をつくと、今度は佐田さんに向き直った。
「聞いたとおりです。私には、この人数を捌く技術はありません。そもそも、あの炒飯を作るための材料なんて、今から集められ――」
「いえいえ、そうではありませんよ」
佐田さんがゆっくりと首を横に振った。
「……へ?」
「紅月さんは作らなくてもよいのです。もちろん、サチンさんも同様に」
「で、では、どのように料理が振る舞われるのですか……?」
紅月がそう尋ねると、佐田さんは会場の外を指さしたのだが、私はそこである事に気が付いた。
「あ、あれ……? 観客が……!」
さっきまで紅月とサチンさんの勝負に歓声を上げていた客席が、気づけばがらんとしている。
「い、今さら気づいたのか……? 観客たちは既に帰っておるぞ、親愛的よ」
「そうなの?!」
「どれだけ周りが見えてないのよ、貴女は……」
「ごめん、あんたが勝ったのがすごく嬉しくて……」
「へ、へぇ……」
私がそう言うと、なぜか紅月が少し口をツンと尖らせた。
「あ、あのぅ……」
か細い声が聞こえ、見てみると、そこには縮こまっていた佐田さんがいた。
「あ、すみません、話の腰を折っちゃって」
「いえいえ、ですが、観客も帰ったわけではありませんよ」
「じゃあ、やっぱり食べ物を……? けど、紅月はここにいるし……」
佐田さんはゆっくり頷くと、数歩、私たちの前を歩いてから振り返った。
「……そうですね、見たほうが早いでしょう。私たちも場所を移動しましょうか」




