第285話 萬国美食争鋒1回戦 その14
歓声。
拍手。
どよめき。
そのすべてが一斉に押し寄せてくる。
『よって、本選第一回戦、勝者――紅月!』
エイハーザヤさんの声が響いた。
勝った。
紅月が勝った。
そう理解した瞬間、体から力が抜けそうになる。
「勝った……」
思わず呟くと、隣でフェニ子が胸を張っていた。
「うむ。それもこれも、妾のお陰……ということじゃろうな」
「いやいや、そんなわけないじゃん」
「……ふむ、そうではないとは、言い切れませんぞ」
「佐田さん?」
「後攻だったからこそ、審査員の方たちはビリヤニの余韻を抱えたまま、あの炒飯と向き合った。だからこそ、あの簡素さがより際立った。だからこそ、何かあるはずだと探しにいった。そして、その状態であの旨味にぶつかった……の、かもしれませんな」
「きっとそうじゃろ。なにせ妾は神様じゃからの」
フェニ子は満足げに頷いている。
たぶん、そこまで考えて引いたわけではない。
でも、結果として彼女は一番いい札を引いたのかもしれない……と、思っておこう。
なんにせよ、今はこの勝利を喜ぶべきだ。
ふと紅月を見ると、彼女は観客席に向かって静かに頭を下げていた。
相変わらず浮かれた様子はないが、ほんの少しだけ目を伏せ、深く息を吐いたように見えた。
一方のサチンさんは――しばらく動かなかった。
結果に不満があるようには見えない。けれど、すぐに気持ちの整理をつけることもできない。
ただ自分の皿と紅月の皿を見つめながら、結果を噛み締めているようだった。
当たり前だ。
私はサチンさんが背負っているものを知っている。
彼がこの大会にかける想いも知っている。
それらをすべて踏み越え、私たちは次へ行く。
そこに葛藤がないといえば、嘘になる。
だが――
『紅月さん』
やがて彼は、ゆっくりと紅月へ歩み寄った。
会場の歓声が、少しずつ静まっていく。
『……はい』
紅月もまた、まっすぐにサチンさんへ向き直る。
サチンさんは一度、小さく息を吸うと、ふっと口元に笑みを浮かべた。
『おめでとうございます』
その言葉は、驚くほど素直なものだった。
『サチンさん……』
『とても、悔しいです。正直に言えば、僕は自分のビリヤニに自信がありました。この場、この瞬間において、僕にできる限りのものは出せたと自負しています。負けることはないだろうと、思っていました。……その炒飯を見るまでは……』
紅月は黙って聞いていた。
『ですが……だからこそ、納得もしています』
サチンさんは、紅月の皿へ視線を落とす。
それに気づいたエイハーザヤさんが目配せすると、配膳係が炒飯をのせた匙をサチンさんへ差し出した。
サチンさんは礼を言い匙を受け取ると、静かに口へと運び、ゆっくりと咀嚼して、笑った。
『……やっぱり、美味しいです。すごく』
紅月はその様子を、ただ黙って見ている。
その目には同情や憐憫の色は欠片も見て取れなかったが――
『あの日――』
紅月がサチンさんの目をまっすぐに見据えながら、口を開く。
『あの日、貴方が私たちのためにビリヤニを作ってくれていなければ、今、この瞬間、敗北していたのは私たちだったでしょう。ですから――』
紅月はそこまで言って、サチンさんに頭を下げた。
『私たちは、負けません。争鋒で必ず優勝します』
『……完敗ですね。言い訳の余地なく』
そこでサチンさんが、少しだけ苦笑する。
紅月がどう受け止めたのかはわからない。
ただ私はその一言に、胸がきゅっと痛んだ。
『改めて、おめでとうございます、紅月さん。僕が言うようなことでもないですが、ぜひ、次も勝ってください……!』
サチンさんがそう言って手を差し出すと、紅月は一拍置いてから、しっかりと握り返した。
二人は互いに手を握ったまま、静かに笑うと、会場から大きな拍手が起こった。




