表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

312/314

第285話 萬国美食争鋒1回戦 その14


 歓声。

 拍手。

 どよめき。

 そのすべてが一斉に押し寄せてくる。


『よって、本選第一回戦、勝者――紅月!』


 エイハーザヤさんの声が響いた。


 勝った。

 紅月が勝った。


 そう理解した瞬間、体から力が抜けそうになる。


「勝った……」


 思わず呟くと、隣でフェニ子が胸を張っていた。


「うむ。それもこれも、妾のお陰……ということじゃろうな」

「いやいや、そんなわけないじゃん」

「……ふむ、そうではないとは、言い切れませんぞ」

「佐田さん?」

「後攻だったからこそ、審査員の方たちはビリヤニの余韻を抱えたまま、あの炒飯と向き合った。だからこそ、あの簡素さがより際立った。だからこそ、何かあるはずだと探しにいった。そして、その状態であの旨味にぶつかった……の、かもしれませんな」

「きっとそうじゃろ。なにせ妾は神様じゃからの」


 フェニ子は満足げに頷いている。

 たぶん、そこまで考えて引いたわけではない。

 でも、結果として彼女は一番いい札を引いたのかもしれない……と、思っておこう。


 なんにせよ、今はこの勝利を喜ぶべきだ。


 ふと紅月を見ると、彼女は観客席に向かって静かに頭を下げていた。

 相変わらず浮かれた様子はないが、ほんの少しだけ目を伏せ、深く息を吐いたように見えた。


 一方のサチンさんは――しばらく動かなかった。


 結果に不満があるようには見えない。けれど、すぐに気持ちの整理をつけることもできない。

 ただ自分の皿と紅月の皿を見つめながら、結果を噛み締めているようだった。


 当たり前だ。

 私はサチンさんが背負っているものを知っている。

 彼がこの大会にかける想いも知っている。

 それらをすべて踏み越え、私たちは次へ行く。

 そこに葛藤がないといえば、嘘になる。

 だが――


『紅月さん』


 やがて彼は、ゆっくりと紅月へ歩み寄った。

 会場の歓声が、少しずつ静まっていく。


『……はい』


 紅月もまた、まっすぐにサチンさんへ向き直る。

 サチンさんは一度、小さく息を吸うと、ふっと口元に笑みを浮かべた。


『おめでとうございます』


 その言葉は、驚くほど素直なものだった。


『サチンさん……』

『とても、悔しいです。正直に言えば、僕は自分のビリヤニに自信がありました。この場、この瞬間において、僕にできる限りのものは出せたと自負しています。負けることはないだろうと、思っていました。……その炒飯を見るまでは……』


 紅月は黙って聞いていた。


『ですが……だからこそ、納得もしています』


 サチンさんは、紅月の皿へ視線を落とす。

 それに気づいたエイハーザヤさんが目配せすると、配膳係が炒飯をのせた匙をサチンさんへ差し出した。

 サチンさんは礼を言い匙を受け取ると、静かに口へと運び、ゆっくりと咀嚼して、笑った。


『……やっぱり(・・・・)、美味しいです。すごく』


 紅月はその様子を、ただ黙って見ている。

 その目には同情や憐憫の色は欠片も見て取れなかったが――


『あの日――』


 紅月がサチンさんの目をまっすぐに見据えながら、口を開く。


『あの日、貴方が私たちのためにビリヤニを作ってくれていなければ、今、この瞬間、敗北していたのは私たちだったでしょう。ですから――』


 紅月はそこまで言って、サチンさんに頭を下げた。


『私たちは、負けません。争鋒で必ず優勝します』

『……完敗ですね。言い訳の余地なく』


 そこでサチンさんが、少しだけ苦笑する。

 紅月がどう受け止めたのかはわからない。

 ただ私はその一言に、胸がきゅっと痛んだ。


『改めて、おめでとうございます、紅月さん。僕が言うようなことでもないですが、ぜひ、次も勝ってください……!』


 サチンさんがそう言って手を差し出すと、紅月は一拍置いてから、しっかりと握り返した。


 二人は互いに手を握ったまま、静かに笑うと、会場から大きな拍手が起こった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ