第284話 萬国美食争鋒1回戦 その13
『しかし、サチン殿のビリヤニもまた、極めて高い完成度を持つ一皿でした』
審査員はそう言って、サチンさんの皿へと視線を移す。
『限られた素材を見極め、当日の状態を読み、そのうえで香辛料を調整し、肉と米、野菜を一体に仕上げる。あれほど強い香りを持ちながら、決して乱れていない。料理人としての積み重ねがなければ、到底届かぬ一皿です』
サチンさんは何も言わず、静かに頭を下げた。
『対して、紅月殿の炒飯は、本選という場そのものを見据えた一皿でした』
審査員の視線が、今度は紅月へ向く。
『後攻という状況。直前に食したビリヤニの余韻。我々が抱くであろう疑念。そうしたものまで織り込んだうえで、あえて見た目を削ぎ落とし、こちらの感覚を研ぎ澄ませた』
『――そのうえで、米と卵の中へ、幾重にも旨味を沈めている』
続けて、左手の審査員が言葉を引き取る。
『見せるのではなく、探させる。探した先で、ようやく香りと旨味が開いていく。これは非常に緻密な構成です』
『――そして、そこに込められた旨味の厚みも見逃せません』
右手の審査員が、静かに続けた。
『魚介、乾物、瑞饗火腿……それらの要素を見せびらかすことなく、すべて米と卵へ移し込んだ。これは単に高価な素材を使ったという話ではない。素材の持つ力を、最後の一粒まで吸わせたものです』
サチンさんのビリヤニは、限られた素材を技術で引き上げた料理。
紅月の炒飯は、集められるものを集め、仕込みに仕込みを重ねたうえで、すべてを米と卵の奥へ閉じ込めた料理。
どちらが正しいとか、間違っているとかではない。
でも、今日この場で競われているのは、理念の良し悪しではなく、一皿の完成度なのだ。
『サチン殿の料理は、押し寄せる料理でした』
中央の審査員が言う。
『紅月殿の料理は、こちらから踏み込ませる料理だった。どちらも米料理として見事です。ですが、食べ進めた後に残る奥行き、その一皿に込められた密度においては――』
一呼吸おいて、中央の審査員がゆっくりと頷いた。
『今回は、紅月殿の炒飯がわずかに上回ったと判断します。よって、紅月殿に一票』
胸の奥が、どくんと鳴った。
会場が静まり返る。
しかし――
『私は、サチン・ヴェルマ殿に一票を』
右手の審査員が力強く言い放つ。
会場がざわつき始めるが、審査員は続ける。
『香りの完成度、肉と米の一体感、そして食後に残る余韻。いずれも素晴らしいものでした。私にとって、あのビリヤニは本選を勝ち進むに相応しい料理でした』
土壇場で審査員の評価が分かれた。
てっきり、そのまま私たちの勝利かと思ったが、まだまだ勝敗はわからないようだ。
やがて、会場中の視線が左手の審査員に注がれる。
審査員はしばらく二つの皿を見比べていた。
ビリヤニか、炒飯か。
そして、どちらにも敬意を払うように、ゆっくりと目を伏せると――
『両者、見事でした』
よく通る声で、二人の料理人を労った。
『サチン殿の皿には、日々の食卓に寄り添う強さがある。限られた素材を、技術と経験によってここまで引き上げた。その姿勢と腕前は、疑いようもなく本物です』
それから、紅月を見る。
『しかし、本日の勝負は、萬国美食争鋒本選の一皿。どちらがよりこの場を読み、米料理としての可能性を皿へ込めたか、です。その一点において、私は――紅月殿に一票を』
一瞬、時間が止まったような気がしたが、次の瞬間、会場が爆発した。




