第279話 萬国美食争鋒1回戦 その8
『先ほど仰っていた香辛料の扱いと、考え方は同じです』
『同じ……とは?』
『はい。僕は何を置いてもまずは今日、この場所においての湿度と、火口の火の強さを見たかったからです』
『ほう、湿度』
審査員が匙を置いて、サチンさんの言葉に耳を傾ける。
『はい。米の水の抜け方も、鍋の中での蒸気の回り方も、肉の火の入り方も、その日の空気と火によって僅かに変わります。とくに今日のような大広間では、想定と実際に差が出ることがあります。それらを肌で、舌で感じ取ることにより、僕は初めて香辛料の配合を決めるのです』
『なるほど』
中央の審査員が頷いた。
『ならば、せめて肉だけでも前もって漬け込んでおく……という手はなかったのですか?』
『それも考えました。ですが、今日使った肉は、長く漬けすぎるとかえって、肉本来の野性的な風味を損なってしまいます』
『野性的な風味……あれは香辛料によるものではなかったのか……!』
『ほう、ではやはり、この肉は……』
『ええ。決して高価なものではありません。僕の店で日頃使っている程度の、どこでも手に入るような肉です』
その答えに、審査員たちがわずかに目を見開いた。
『これで、ですか』
『はい』
『驚いたな……』
右手の審査員が、もう一度肉を口へ運びながら唸る。
『高価な肉ではないからこそ、火の入り方ひとつ、水分の残し方ひとつで、すぐに硬くなる。にもかかわらず、これだけ香辛料を重ね、これだけ米と一体化させて、なおこの芳醇な香りと、しっとりした食感を残すとは』
『素材任せではなく、直前まで素材の状態と、場所の状態を見極めて、ここまで昇華させた……ということですな』
『恐れ入ります』
サチンさんはそう言って、深く頭を下げた。
観客席から、どっと拍手が起こる。
それは派手な歓声というより、納得と敬意が混ざったような音だった。
私はその光景を見ながら、胃のあたりがじわじわ重くなるのを感じていた。
やっぱり強い。
思っていた以上に、真っ向から強い。
安い肉だからとか、仕込みが少ないからとか、そういうことで片づく相手じゃない。
むしろ、限られた素材とその場の条件の中で、あそこまで仕上げきるからこそ、サチンさんは強いのだ。
中央の審査員が、最後に皿を見下ろしながら言った。
『これは見事なビリヤニです』
会場がまた静まり返る。
『香り、構成、火入れ、どれも高い水準でまとまっておる。しかも、それらが単独で立つのではなく、ひとつの皿として完成している。米料理として見ても、バーラナージュの料理として見ても、極めて完成度の高い一皿と言えるでしょう』
『ええ』
左手の審査員が頷く。
『食後まで印象が残る。これほど余韻の強い皿も、そうあるものではありません』
『本命の一皿、という言葉がもっともよく似合いますな』
右手の審査員がそう締めると、会場のあちこちから感嘆の声が漏れた。
私は、ぎゅっと拳を握る。
べた褒めだ。ここで決着がついたと言われても、不思議じゃないほどの。
けど、まだ終わってはいない……はず。
でも、今の審査を聞いてしまうと――
『では、続いて――紅月の料理を』
エイハーザヤさんの声が響く。
その瞬間、私の心臓がどくんと大きく跳ねた。
いよいよ私たちの番がやってきた。




