第278話 萬国美食争鋒1回戦 その7
「……しかし親愛的よ、なにやら体調が優れんようじゃが、風邪か?」
フェニ子が私を気遣うように尋ねてくる。
「え? ううん、風邪とかじゃないんだけど……」
「風邪ではないのなら……もしや、妾が引いた札が好ましいものではなかったのか」
「まぁ、うん、べつにフェニ子を責めるつもりじゃないけど、先攻がよかったかなって」
「うむ? 狼ではいかんのか?」
私はちらりと紅月を見るが、相変わらず何を考えているかわからない。
落胆している様子はないが、嬉しがっている様子もない。
佐田さんも、わずかに目を細めたものの、特に異論を唱えることはなかった。
むしろ、どこか落ち着いているようにさえ見える。
なんでそんなに平然としていられるんだろう。
まるで私だけが、置いていかれているみたいだった。
ただ、あのシンプルな炒飯が、ビリヤニの後に出てきて勝つ姿なんて、今の私にはどうしても想像できないのだ。
そうこうしている間にも配膳が終わり、審査員たちの前へ、ビリヤニが置かれる。
スクリーンにも大きく映し出された。
審査員のひとりが、まず静かに匙を入れた。
それに続いて、他の審査員たちも匙を入れ……口へと運ぶ。
その瞬間、全員が何かしらのリアクションをとる。
感嘆を漏らす者もいれば、目を見開く者もいたが、どれもこれも好意的なものだった。
そして、何も言わない。
ただ手を動かし咀嚼し、香りを確かめるように鼻から息を抜き、ゆっくりと飲み下す。
『香りの層が厚いですな』
最初に口を開いたのは、中央に座る年嵩の審査員だった。
『ただ香辛料が強いだけではない。甘い香り、鼻を抜ける香り、土っぽく重い香り、それらが折り重なっておる。しかも、どれかひとつが突出しているわけでもない』
『ええ。どれかに頼っているのではない。すべての要素が輪郭を持っている。香辛料の扱いも実に丁寧です。配合はサチン殿が?』
『はい』
左手の審査員がそう尋ねると、サチンさんはゆっくりと頷いた。
『こういった料理は一歩間違えると、香りばかりが先立って、米や肉が置いていかれます。ですが、この皿は違う。米一粒ごとに香りが馴染み、なおかつ肉の旨味とも乖離していない』
『そう、肉も見事だ』
今度は右手の審査員が骨付き肉をほぐしながら言う。
『かなりしっとりしている。火を入れているのに締まっておらぬな。下手な肉なら、ここまで香辛料を重ねた時点で硬くなってもおかしくないが……』
そこでその審査員が、ふと視線を上げた。
『サチン・ヴェルマ殿』
『はい』
『ひとつ伺いたい。貴殿はなぜ、ここまで多くの下処理を当日この場で行ったのです? 本選は事前準備が肝要。にもかかわらず、肉の火入れや香味油の立て方まで会場で整えていた』
会場が少し静まる。
私も、思わずサチンさんを見た。
それはまさに、さっき私が疑問に思っていたことだった。
サチンさんは一拍だけ置いてから、静かに答える。
『先ほど仰っていた香辛料の扱いと、考え方は同じです』




