第274話 萬国美食争鋒1回戦 その3
「この観客たちの盛り上がり様……もしや、びりやにというのは、あれで完成なのか?」
フェニ子が首を傾げながら言う。
「ううん、たぶん違うと思う。今も鍋を火にかけてるし、それに――」
映写盤に映し出されているサチンさんの顔は、また険しいものになっていた。
「それに……なんじゃ?」
「サチンさんのあの顔、まだ気は緩めてないみたい」
「ふむ、たしかにのう。表情が緩んだように見えたのは、一瞬だけじゃったか」
「でも、さっきみたいに手を動かしてないし、もう完成も近いんじゃないかな」
「……ちなみに親愛的よ、あれは何をしとるんじゃ?」
フェニ子はそう言って、映写盤に映っている鍋を指さした。
おそらく彼女が尋ねているのは、あの鍋と蓋の間にある濡れ布巾だとは思うが、あいにく私にわかるはずがない。
ここはしらばっくれておこう。
「……何って、米でも炊いてるんじゃないの?」
「それはわかっておる! ……というか、わざととぼけておらんか? 親愛的よ」
「そ、そんなわけないじゃん」
私がフェニ子の問いに答えられないでいると――
「あれは濡れ布巾ですよ」
佐田さんが代わりに答えてくれた。
気づけば紅月のほうも、すでに静かに動き始めていた。
菜箸で何かをカチャカチャとかき混ぜている。
「濡れ布巾……? なぜそのようなものを、あんな場所に?」
「鍋を密封して、香りや蒸気を逃しにくくするためです。通常の鍋は完全に密封してしまうと、吹きこぼれが起きたり、最悪、鍋が破裂してしまいます。ですが、濡れ布巾を鍋と蓋の間に噛ませると、蒸気が内部で上手く循環し、香りも閉じ込めやすくなるのです。本場では、鍋を密封するために練った小麦粉を使うやり方もあるのだとか」
つまり今は、鍋の中で香りと蒸気を巡らせながら、最後の仕上がりを待っている段階ということか。
それならサチンさんの、あの真剣な表情も納得がいく。
「へぇ……なるほど。佐田さん、物知りですね」
私が感心していると、佐田さんは少し照れくさそうに笑った。
「……いえ、じつはサチンさんにご馳走になってから、ビリヤニについて少し調べていたのです」
「ほう、なかなかに勉強熱心じゃの、おぬしは」
フェニ子の何気ない一言が私に刺さる。
そう。呑気に感心している場合ではないのだ。
「……あの、佐田さん」
「なんでしょうか」
「紅月のほうは、大丈夫なんでしょうか?」
先ほどちらりと見たが、米料理対決なので米があるのは確認できたのだが、それ以外に目ぼしい食材は見当たらなかったのだ。
もちろん、考えがあってのことだろうけど、サチンさんのあの様子を見ていると、どうしても不安になってしまう。
「……もし、何か私にできることがあるのなら――」
「問題ありません」
佐田さんがゆっくりと首を横に振った。
「紅月さんは今、ご自分ができることを精一杯なさっています。ですので、東雲さんもご自分にしかできないことを……」
「私にしかできないこと……」
私はしばらく逡巡すると、改めて佐田さんの顔を見た。
「なんでしょう」
「さぁ」
佐田さんは困ったように小首を傾げた。




