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第273話 萬国美食争鋒1回戦 その2


 昨日、紅月が時間をかけて何かを抽出していたり、佐田さんと相談していたのは知っている。

 私もなんとなくその様子を、遠巻きに見ていたのだが……それだけだ。


「なんじゃ、とくに聞いておらんのか?」

「そういう雰囲気じゃなかったしね。邪魔するのも悪いし」

「なるほどの。つまり妾たちは、一気に手持ち無沙汰というわけか」

「そ、そんなことは……」


 フェニ子の悪気のない呟きを真っ向から反論しようとしたけれど、図星だったので口をつぐむしかなかった。


 その間にも紅月は鍋や火口の状態を確かめながら、佐田さんから渡された器の中身をひとつひとつ見ていた。

 時折ほんの少しだけ香りを嗅ぎ、指先で触れて、また別の器へ目を移す。


 見たところ、派手な食材はどこにもない。

 昨日まであれだけ色々準備していたはずなのに、いざ並べられてみると、目につく食材はどれも妙に地味だった。


 手持ち無沙汰な私は、自然と映写盤へ目をやった。


 そして、そのまま見入ってしまう。

 サチンさんの手は、本当に流れるようだった。


 長粒米を洗い、水を切る。

 骨付き肉へ下味を揉み込み、別の鍋で火を入れる。

 さらに刻んだ玉ねぎを油で揚げる。

 香辛料を量りながら、それぞれ小皿に取り分けておく。


 本戦は事前準備が肝要。

 私はそう思っていた。

 けれどサチンさんは、少なくとも私たちのように仕込みの入った器をいくつも並べているわけではない。

 下ごしらえや下処理等はすべてこの場で行っている。

 なのに、動きのひとつひとつが流麗で、淀みがない。

 鍋を3つ以上使っているのに、無理がない。

 それは彼の言うとおり、何千何万と繰り返され、無駄だけが削ぎ落された動きだった。


「……すごい」


 私は思わず感嘆をこぼすが、サチンさんの手は止まらない。


 きつね色に揚がった玉ねぎを取り出すと、残されたのは飴色に輝く香味油。

 そして、その油に赤、黄、褐色、緑がかった香辛料を投入していくと――


『おお……!』

『すげー!』


 観客席からざわめきが聞こえてきた。


 強烈な芳香が立ちのぼったからだ。

 じゅわじゅわと跳ねる香味油と香辛料が混ざり合い、濃密な香辛料の香りが会場全体を包み込む。


 しかし、その間にも彼の手は止まらない。

 茹で上げた肉を別鍋へ移し、赤いペースト状のものと絡めながら炒めていくと、そこへ先ほどの香味油を加えていく。


「む。あやつ、茹でた米をまた鍋に入れおったぞ」


 フェニ子の指摘通り、サチンさんは茹でた長粒米の水気を切ると、鍋の中へふわりと重ねるように広げていった。

 だが、以前食べたものとはまだ似ても似つかない。

 つまり、まだ工程が残っているのだろう。


「……それにしても、あれだけ散っておったものが、最後にはひとつの鍋へ収まっていく様は見事じゃの」

「それに色も鮮やかだし、見てるだけで楽しいしね……」


 やがて先ほど揚げたきつね色の玉ねぎ、赤い液体と、鮮やかな黄色の液体を回しかけると、大鍋の縁に濡れ布巾をかませ、ぴたりと蓋を閉じた。


『……ひとまず、こんなところでしょうか』


 サチンさんはそう一息つくと、額の汗を拭う。

 それに呼応するかのように、会場中から歓声が上がった。


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