第271話 開会式 その4
『ちょっと、黄さん、あの言い方は……彼は……』
『勘違いしてないか、東雲。あいつは敵だぞ』
『敵って……』
『良いヤツなのかは、目を見りゃわかる。けどな――』
『黄さん、その辺で……』
後ろから紅月の声が飛んでくるが、黄さんは首を横に振って私を見た。
『いいか東雲、俺たちは仲良しこよしでこの大会に参加してるわけじゃねえんだ。俺たちの両肩には、数え切れないほどの命が乗っかってる。もう一度言う、あいつは敵だ。仲良くするな。……でないと、同情しちまうぞ』
『同情……』
『そうだ。相手の事を知る分には構わねえが、事情を知れば情が湧く。そうなりゃ、勝つことにすら迷いが出る。……というかもう、そのことについて悩んでるんじゃねえのか?』
黄さんに言い当てられ、私の心臓が大きく跳ねる。
『……まあ結局、おまえは優しいんだろうな。だから、べつに東雲の性分を否定するわけじゃねえが、分別だけはしっかりしてくれ。目的は、見失わないでくれ』
黄さんはそう言うと、すぐに大きなため息をついた。
『わるい、俺も出過ぎた……ちょっと頭冷やしてくるわ』
黄さんはそのまま会場の外へと出て行ってしまった。
「……なんというか、終わってみれば、全部フェニ子のせいな気がするわね」
紅月が冷ややかな視線をフェニ子に飛ばす。
「な、なんでじゃ!」
「少なくとも、貴女が叫ばなければ、もう少し穏やかだったでしょうね」
「だ、だって……妾、警戒するのが仕事じゃし……」
フェニ子が縋るように私を見上げてくる。
「……少なくとも、黄さんの言いたいことはわかるよ。私、勝手に肩入れして、勝手に同情してたんだから。……あとで、ふたりに謝らないとね」
私がそう言うと、会場のざわめきが一段大きくなった。
観客席の空気が、ふっと変わる。
人の視線が正面奥へ集中していくのが、波みたいに伝わってきた。
つられて私も顔を上げる。
審査席の奥、さらに一段高く設けられた入場口の向こうから、エイハーザヤさんが姿を現した。
いつものような黒い詰襟の男装ではなく、煌びやかな紅い旗袍に身を包んでいた。
白く長い髪に褐色の肌、そして鮮やかな赤。
会場にいる者は皆、エイハーザヤさんの一挙手一投足に注目していた。
やがて彼女はゆっくりと高座の中央へ進み出ると、一旦間を置き、そのまま会場を見渡した。
『諸君』
会場内にエイハーザヤさんの声が水のように浸透していく。
ざわめきは、いつの間にかすっかり消えていた。
『本日ここに、萬国美食争鋒の舞台が整った』
その一言に、観客席から熱を含んだどよめきが返る。
『ここ紅華城は、丹梅国が誇る饗応の城であり、国内外の賓客を迎えるための場でもある。今日この場に立つ料理人たちは、ただ腕を競うだけではない。己の国の味を、己の人生を、己の矜持をもって、この場へ皿として差し出すことになる』
いつもと違ってずいぶんと芝居がかったしゃべり方だが、これも観客を煽るためのものなのだろう。
すでに会場内のボルテージは最高潮に達していた。
『試されるのは技のみならず、胆力、構成、そしてこの舞台にふさわしい気概。勝者にはさらなる高みへと進む資格が与えられ、敗者にもまた、この場に立った者としての誇りが刻まれるであろう……』
再び、会場がしんと静まり返る。
まるで次の言葉を心待ちにしているかのような。
そこで、ほんのわずかに口元を吊り上げた。
『では――』
高く掲げられた片腕が、すっと振り下ろされる。
『萬国美食争鋒、本選初戦――調理開始!』
その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けた。
あちこちで歓声が上がり、観客席が揺れる。
歓声に圧し潰されそうになる私をよそに、紅月とサチンさんがそれぞれの持ち場で動き始めた。




