「何だと!?あの小僧が二転蛊師になり、内務堂に分家任務を申請しただと!?」伯父の古月凍土が驚きと怒りが入り混じった声を会客室に響かせた。
「その通りです。元石は頂きましたが、彼を阻止できず三日後に任務を渡すと伝えるのが精一杯でした」傍らに座る中年の男性蛊師が答える。
古月凍土は内心で嗤った。「『三日遅らせるのが限界』だと?金の無心に決まってる」
「今は遺産保全が最優先だ! この餓鬼め、成長が早すぎて気味が悪いわ!」凍土の額に冷たい汗が伝う。
「知らせに来ただけです。失礼」男性蛊師が立ち上がる。
「待った! 老弟よ」凍土は慌てて錢袋を取り出し男性蛊師の手に押し付けた。「もう少し協力を……」
元石で膨らんだ袋を懐に収めた蛊師は態度を一変させ朗らかに笑った:「凍土兄貴、遠慮すんなって! 十年も前からの仲じゃねえか。安心しろ、方源には最悪の任務を押し付けてやる。ただし奴が他の蛊師を雇う可能性には注意しろよ」
「フフフ、その点は心配無用だ。兄貴は引退したが人脈は残ってる。奴の動きは監視させてる。族規違反で雇えば、即ち証拠が掴めるってわけさ」
「それなら安心だ。では失礼」
「見送りしよう」
「構わん、止どまれ」
古月凍土は蛊師の背中を見送り、作り笑いが徐々(じょじょ)に崩れていった。
「この方源、丙等の資質で二転とは……角三らは何をやってたんだ! 生身一り監視もできぬとは!」
「全員獣潮で死ぬとは不甲斐ない。二転した以上、遺産相続任務を強制される。従来の抑止手段は使えんが……」
「待て! 奴は運が強い。前回は獣潮で逃げ切れた。万一任務を達成されたら……最悪を想定せねば」
老獪な古月凍土が今日まで生き延びてきたのは、人脈操作の才あってこそだ。
駆け出しの方源とは、人付き合いの手腕が格段に上回っている。
……
「蜜酒の採取だと?」方源が遺産任務の内容を確認し、目が冷やかに光った。黄金蜂の蜜酒五両を集めるという厄介な任務だ。拳大の黒金模様の蜂は毒針が鋭く、攻撃的な性質で知られる。
普通の小型蜂群には蜂蜜しかない。中型以上の巣で長期間熟成されたものだけが蜜酒となる。
「五人組でも難易度が高い任務だ。防御用の蛊虫が無ければ蜂の攻撃に耐えられん。叔父の仕業に違いない……だが計算違いだ」方源は内心で嘲笑った。
花酒行者の遺産が今効いてくる。
表立って行動すれば対策を取られやすいが、秘密を抱えていれば相手は手の内を読めない。
「ただし玉皮蛊だけでは不十分。二転の白玉蛊に昇格すれば楽勝だろう」
危険な試行錯誤を避ける豊富な経験が、方源を無駄な回り道から救った。
現在二転初階の蛊師ながら、春秋蝉以外は全て(すべて)一転の蛊虫を所持している状況だ。
「大関刀を振るう巨漢が小刀を握っているようなもの。本来の実力を発揮できぬ」
方源の手元には七匹の蛊虫が存在する。
本命蛊の春秋蝉、月光蛊、酒虫、白豕蛊、玉皮蛊、そして錆蛊二匹。
この中で月光蛊と錆蛊二匹を合練すれば二転の月芒蛊が、白豕蛊と玉皮蛊を合練すれば白玉蛊が誕生する。
月芒蛊は攻撃力の飛躍を、白玉蛊は防御力の向上を意味する。
元石が潤沢であれば両方を煉るのだが、二転突破で大部分を消費した今、残りでは一度の合練しかできない。
「迷う余地なく白玉蛊を選ぶべきだ。蜜酒採取も可能になる上、花酒行者の遺産解明にも役立つ。しかし失敗したら……」
冷たい汗が背中を伝う。経済的に限界に近づいており、失敗すれば遺産相続が不可能になり、成長速度が致命的に遅延する。
(成功すれば前途洋々(ようよう)、失敗すれば奈落の底だ)
「蛊師は自らの元海を基盤とし、蛊虫を手段とする。蛊無くして蛊師は存在せず、煉り・養い・用いる――これら三つの道は尽きぬ探究を要する」
部屋の中で族長古月博が方正に丁寧に説き明かしていた。
「煉るという点では、既に蛊虫を煉化する術は知っておるだろう。だがそれらは単煉に過ぎぬ。より重要なのは合練だ」
「異なる蛊虫を合練すれば、より高次の蛊へと進化する。生命の昇華と言えよう。方正よ、お前は既に二転の域に達しているのに、手にする蛊虫は一転ばかり。合練すべき時だ」
方正が問う:「では族長、どのように合練すれば?」
古月博が答える:「合練には秘方が要る。蛊虫の組み合わせによっては相性が悪い。我が古月一族は月光蛊の研究に最も注力し、今や五転秘方を二つ掌中に収めておる」
「五転秘方とは?」
「その秘方に従い合練を重ねれば、最終的に五転蛊『宝月光王蛊』を生み出せる。お前が持つ玉皮蛊と月光蛊はその秘方の初期段階に適っておる」
「宝月光王蛊……!」方正の目が輝いた。
「フフフ、五転の話はまだ早い。まず玉皮蛊と月光蛊を取り出せ。二転蛊『月霓裳』へと合練する方法を教えよう」
古月博が厳かに続けた:「合練の要諦は多意識統御だ。既に煉化した両蛊の意識を融合させねばならん。玉皮の守護意識と月光の攻撃意識を、己が精神で紡ぎ合わせるのだ」
「融合させる……?」方正は瞬きを繰り返し、困惑した表情を浮かべた。
古月博が穏やかに笑った:「心配無用。練習を重ねれば感覚が掴める。さあ始めよう」
「はい」方正が頷き、赤鉄真元を煙りのように立ち上げる。玉皮蛊と月光蛊が宙に浮いた。
目を閉じた方正は、両蛊の意識を探り統御し始めた。
古月博が見守る中、二匹の蛊は互いを周回する星辰のようだった。意識の同調が進むにつれ、距離が縮まっていく。
三時間の試行錯誤の末、両者の意識が完全に融合した瞬間——
パッ!
玉皮蛊と月光蛊が眩しい白光を放ち、顔大きさの光球を形成した。
「現状維持だ。光の中へ元石を投げ込め」古月博が指示する。
方正が元石を放り投げると、石は純粋な真元へと変容し、白色の粉だけが布団に降り注いだ。
「続けろ。二転蛊が現れるまで」
次の元石を投げ込んだ刹那、白光が突然消え、両蛊が反対方向へ弾かれた。
ガチャン!
玉皮蛊が床に転がり、月光蛊は壁に叩きつけられた。
「合練……失敗か」古月博が苦い表情で呟いた。
「しまった!意識の融合を維持し忘れてた!」方正は即座に自らの過ちに気付いた。
古月博が慰めるように言った:「心配するな。最初の失敗は当たり前だ」しかし続けて警告した:「だが失敗を重ね過ぎると、月光蛊と玉皮蛊が消滅するぞ」
方正が両蛊を召還すると、月光蛊の表面に微かな亀裂が走り、玉皮蛊は元気が無い様子だった。
彼の心が重く沈んだ。煉蠱の難しさを身に染みて感じた。