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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第九十七章 魔頭横行

内務堂(ないむどう)の取調室(とりしらべしつ)。


冬(ふゆ)の日差(ひざ)しが唯一(ゆいいつ)の天窓(てんまど)から差(さ)し込(こ)み、床(ゆか)を照(て)らしている。


光(ひかり)の柱(はしら)の中(なか)で微細(びさい)な塵(ちり)がゆっくり漂(ただよ)い、細部(さいぶ)までくっきりと見(み)える。


その光(ひかり)が一(ひと)つの椅子(いす)を包(つつ)み込(こ)んでいた。

方源(ほうげん)はその椅子(いす)に座(すわ)り、陽光(ようこう)を浴(あ)びている。


彼(かれ)の向(む)かい側(がわ)、影(かげ)と闇(やみ)に覆(おお)われた壁(かべ)の前(まえ)に長(なが)い机(つくえ)が置(お)かれ、その奥(おく)に三人(さんにん)の家老(かろう)が座(すわ)っていた。


取調(とりしら)べは既(すで)に一時間(いちじかん)続(つづ)いていた。


「方源(ほうげん)、今(いま)述(の)べた内容(ないよう)に間違(まちが)いはないと確信(かくしん)しているのか?」一人(ひとり)の家老(かろう)が問(と)う。


「はい」方源(ほうげん)は瞼(まぶた)を垂(た)れ、自分(じぶん)の足先(あさき)を見(み)つめた。日差(ひざ)しが彼(かれ)の蒼白(そうはく)な顔(かお)を照(て)らし、白(しろ)い彫像(ちょうぞう)のように見(み)えた。


この状況(じょうきょう)も彼(かれ)の予想(よそう)の範囲内(はんいない)だった。

畢竟(ひっきょう)、彼(かれ)と同じ(おな)じ組(くみ)の他(ほか)の四人(よにん)の蛊師(こし)が全員(ぜんいん)死亡(しぼう)し、彼(かれ)だけが生(い)き残(のこ)ったのだ。


実際(じっさい)、各(かく)蛊師(こし)は戦場(せんじょう)情報(じょうほう)収集(しゅうしゅう)のため一定(いってい)の取調(とりしら)べを受(う)ける。しかし方源(ほうげん)が一時間(いちじかん)も取調(とりしら)べ続(つづ)けられているのは、明(あき)らかに裏(うら)で彼(かれ)を狙(ねら)う者(もの)が存在(そんざい)することを示(しめ)していた。


これは完全(かんぜん)に理解(りかい)できることだ。

人(ひと)である以上(いじょう)、社会(しゃかい)的(てき)な繋(つな)がりがあり、その背後(はいご)には多(おお)くの人間(にんげん)が連(つら)なっている。


「では改(あら)めて詳細(しょうさい)に戦場(せんじょう)の状況(じょうきょう)を述(の)べよ」家老(かろう)が追及(ついきゅう)する。


「承知(しょうち)しました。私(わたし)は数日(すうじつ)かけて二転(にてん)を突破(とっぱ)。山寨(さんさい)の門前(もんぜん)で赤山(あかやま)小組(しょうそ)と遭遇(そうぐう)し……角三(かくぞう)らを発見(はっけん)後(ご)、小組(しょうそ)に合流(ごうりゅう)しました。当時(とうじ)、彼等(かれら)は猪王(いのししおう)との激戦(げきせん)を……」方源(ほうげん)は平然(へいぜん)とした口調(くちょう)で答(こた)えた。


二転(にてん)の事実(じじつ)は自(みずか)ら暴露(ばくろ)した。隠蔽(いんぺい)用蛊虫(こちゅう)が無(な)ければ、二転(にてん)の気配(けはい)は隠(かく)せない。


病蛇(びょうじゃ)ら四人(よにん)が死亡(しぼう)した今(いま)、経緯(けいい)は自由(じゆう)に脚色(きゃくしょく)できる。ただし方源(ほうげん)は核心的(かくしんてき)な細部(さいぶ)を隠(かく)しただけで、大部分(だいぶぶん)は事実(じじつ)を語(かた)っていた。


これで五度目(ごどめ)の再現(さいげん)となる。三人(さんにん)の家老(かろう)は眉(まゆ)を寄(よ)せながら聞(き)いていた。


矛盾(むじゅん)は見(み)つからないが、偽(にせ)の話(はなし)は繰(く)り返(かえ)すほど綻(ほころ)びが出(で)るものだ。だが五回(ごかい)の叙述(じょじゅつ)で微妙(びみょう)に表現(ひょうげん)が変(か)わりつつも内容(ないよう)は一貫(いっかん)していた。


「真実(しんじつ)だろう」家老(かろう)たちは視線(しせん)を交(か)わし合(あ)った。


しかし一人(ひとり)の女性家老(じょせいかろう)だけは不満(ふまん)顔(がお)だった。


最愛(さいあい)の娘(むすめ)(病蛇小組(びょうじゃしょうそ)の治療蛊師(ちりょうこし))を電狼(でんろう)に殺(ころ)された彼女(かのじょ)は、方源(ほうげん)を冷(つめ)たい眼差(まなざ)しで睨(にら)みつけていた。青白(あおじろ)い指先(ゆびさき)が膝(ひざ)の上(うえ)で微(かす)かに震(ふる)え、漆黒(しっこく)の衣装(いしょう)の裾(すそ)が無意識(むいしき)に皺(しわ)められていた。



「方源(ほうげん)、聞(き)くがよい。お前(まえ)は月刃(げつじん)で鱗刀網(りんとうもう)を切り裂(きりさ)いたが、なぜそんなことをした?」中年女性(ちゅうねんじょせい)風(ふう)の家老(かろう)が厳(きび)しい声(こえ)で問(と)いただした。


「慌(あわ)てて手柄(てがら)を立(た)てようとしたが、逆(ぎゃく)に失敗(しっぱい)を招(まね)いてしまいました」方源(ほうげん)が答(こた)える。


「では再(ふたた)び問(と)う。猪(いのしし)の腹(はら)に潜(ひそ)んだ時(とき)、同組(どうくみ)の女蛊師(じょせいこし)を盾(たて)にしたのではないか?」


「私(わたし)にも分(わ)かりません。当時(とうじ)は恐怖(きょうふ)で混乱(こんらん)し、猪王(いのししおう)の体内(たいない)に隠(かく)れようとしただけです。彼女(かのじょ)も同(おな)じ場所(ばしょ)を奪(うば)おうと押(お)し合(あ)い、結局(けっきょく)電狼(でんろう)に噛(か)まれて……申(もう)し訳(わけ)なく思(おも)います」


中年(ちゅうねん)の女家老(じょかろう)は歯(は)軋(ぎし)りした。方源(ほうげん)の回答(かいとう)は狡猾(こうかつ)で主観的(しゅかんてき)意図(いと)を一切(いっさい)含(ふく)まず、非難(ひなん)の隙(すき)を与(あた)えなかった。


(この状況(じょうきょう)では有罪判決(ゆうざいはんけつ)を下(くだ)せぬ……)



獣潮(じゅうちょう)が去(さ)って三日(みっか)。


犠牲者数(ぎせいしゃすう)の集計結果(しゅうけいけっか)に族(ぞく)の上層部(じょうそうぶ)は総(そう)じて青(あお)ざめた。


従来(じゅうらい)の小規模(しょうきぼ)獣潮(じゅうちょう)でも被害(ひがい)は出(で)たが、今回(こんかい)の深刻(しんこく)さは比(ひ)べものにならない。原因(げんいん)は電狼群(でんろうぐん)の早期(そうき)出現(しゅつげん)にあった——通常(つうじょう)なら三度(さんど)の獣潮(じゅうちょう)を経(へ)た後(あと)に現(あらわ)れるべき存在(そんざい)だ。


この世界(せかい)は苛烈(かれつ)な環境(かんきょう)が支配(しはい)し、生存(せいぞん)そのものが闘争(とうそう)だ。


人(ひと)は他者(たしゃ)との資源(しげん)争(あらそ)いだけでなく、猛獣(もうじゅう)や天災(てんさい)とも戦(たたか)わねばならない。


小獣潮(しょうじゅうちょう)など序章(じょしょう)に過(す)ぎぬ。真(しん)の恐怖(きょうふ)は一年後(いちねんご)に到来(とうらい)する大狼潮(だいろうちょう)だ。数千(すうせん)の電狼(でんろう)が山寨(さんさい)を襲(おそ)い、雷冠頭狼(らいかんとうろう)という災厄級(さいやくきゅう)の存在(そんざい)が現(あらわ)れる。


女家老(じょかろう)は不本意(ふほんい)ながら質問(しつもん)を続(つづ)けたが、方源(ほうげん)の完璧(かんぺき)な回答(かいとう)に屈(くっ)し諦(あきら)めた。


「では方源(ほうげん)、今後(こんご)の予定(よてい)は?」別(べつ)の家老(かろう)が含(ふく)み持(も)った様子(ようす)で尋(たず)ねる。


「分家任務(ぶんけにんむ)を申請(しんせい)し、両親(りょうしん)の遺産(いさん)を継承(けいしょう)して生(い)き延(の)びます」方源(ほうげん)は隠(かく)さず宣言(せんげん)した。病蛇小組(びょうじゃしょうそ)が壊滅(かいめつ)した今(いま)、二転蛊師(にてんこし)として任務放棄権(にんむほうきけん)を使(つか)わずとも分家(ぶんけ)が認(みと)められる。


質問者(しつもんしゃ)の家老(かろう)は頷(うなず)きながら首(くび)を振(ふ)り、「組(くみ)を再編(さいへん)するよう勧(すす)める。内務堂(ないむどう)の任務(にんむ)は小組(しょうそ)単位(たんい)で設計(せっけい)されておる。分家(ぶんけ)でも月例(げつれい)任務(にんむ)でも、一人(ひとり)では遂行(すいこう)不可能(ふかのう)に近(ちか)い」


方源(ほうげん)は黙(だま)り込(こ)んだまま、返答(へんとう)を保留(ほりゅう)した。



家老(かろう)は続(つづ)けた:「無論(むろん)、別(べつ)の選択肢(せんたくし)もある。二転蛊師(にてんこし)となった貴君(きくん)は小組長(しょうそちょう)の資格(しかく)を有(ゆう)する。審査任務(しんさにんむ)を突破(とっぱ)すれば自(みずか)ら小組(しょうそ)を編成(へんせい)できる。どちらを選(えら)ぶ?」


方源(ほうげん)は瞬(まばた)き一つ:「まだ決(き)めておりません。考慮(こうりょ)する時間(じかん)を頂(いた)きたい」


「では帰(かえ)れ。早急(さっきゅう)に決断(けつだん)せよ。新(あたら)しい小組(しょうそ)編成(へんせい)の期限(きげん)は数日(すうじつ)だ」家老(かろう)が忠告(ちゅうこく)した。


(どちらも選(えら)ばぬ)方源(ほうげん)は内心(ないしん)で嘲笑(あざわら)った。秘密(ひみつ)が多(おお)すぎる独行(どっこう)の方が安全(あんぜん)で行動(こうどう)しやすい。


取調室(とりしらべしつ)を出(で)た方源(ほうげん)は内務堂(ないむどう)を離(はな)れず、分家任務(ぶんけにんむ)を申請(しんせい)したが「業務多忙(ぎょうむたぼう)のため三日後(みっかご)」と告(つ)げられる。


堂外(どうがい)へ出(で)ると、冬空(ふゆぞら)を見上(みあ)げた。

どこにでもあるような午後(ごご)だった。


鉛色(なまりいろ)の雲(くも)が垂(た)れ込(こ)み、寒風(かんぷう)が骨身(ほねみ)に刺(さ)さる。空気(くうき)には哀(かな)しみと重苦(おもくる)しさが漂(ただよ)っているようだった。


「今日(きょう)は合同追悼会(ごうどうついとうかい)だ。古月金珠(こげつ きんじゅ)が亡(な)くなった。知(し)ってるか?」漠北(ばくほく)ら少年(しょうねん)グループが足(あし)を止(と)めた。


方正(ほうせい)、赤城(あかしろ)らも同席(どうせき)している。普段(ふだん)反目(はんもく)し合(あ)う漠北(ばくほく)と赤城(あかしろ)が、今日(きょう)だけは遺恨(いこん)を忘(わす)れ連(つら)なっていた。


「兄貴(あにき)、金珠(きんじゅ)さんとは一年(いちねん)一緒(いっしょ)に学(まな)んだ仲(なか)だ。参列(さんれつ)しよう」方正(ほうせい)が訴(うった)える。


古月金珠(こげつ きんじゅ)……


擂臺(らいだい)で漠北(ばくほく)と互角(ごかく)に渡(わた)り合(あ)った少女(しょうじょ)の姿(すがた)が脳裏(のうり)に浮(う)かぶ。体力(たいりょく)尽(つ)きて敗(やぶ)れた努力家(どりょくか)だった。


しかし死(し)は美(うつく)しき者(もの)も醜(みにく)き者(もの)も等(ひと)しく飲(の)み込(こ)む。


大多数(だいたすう)が嘆(なげ)く中(なか)、方源(ほうげん)の心(こころ)は古井戸(ふるいど)の水(みず)のように揺(ゆ)るがない。



「ああ、彼女(かのじょ)も死(し)んだか。生老病死(しょうろうびょうし)は世(よ)の常(つね)さ。慣(な)れればどうということはない」方源(ほうげん)は群衆(ぐんしゅう)と擦(す)れ違(ちが)いながら去(さ)っていった。


「この冷血漢(れいけつかん)め!」少年(しょうねん)たちが憤慨(ふんがい)した。


「全(まった)く人情(にんじょう)のかけらもない……」

「同窓(どうそう)の情(なさ)けも知(し)らんのか!」


「族内(ぞくない)で噂(うわさ)になってるだろ? あいつは女(おんな)を盾(たて)にして生き延(の)びたんだぜ」赤城(あかしろ)が腕組(うでぐ)みして嘲笑(あざわら)う。


「男(おとこ)としての沽券(こけん)に関(かか)わるぞ」

「兄貴(あにき)……」方正(ほうせい)は俯(うつむ)き歯(は)を食(く)いしばった。血縁者(けつえんしゃ)としての恥(はじ)が全身(ぜんしん)を灼(や)いた。


方源(ほうげん)の背中(せなか)に浴(あ)びせられる罵声(ばせい)は徐々(じょじょ)に遠(とお)のき、やがて聞(き)き取(と)れなくなった。


彼(かれ)の心(こころ)は鏡(かがみ)のように静(しず)かだった。


(罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)など塵(ちり)同然(どうぜん)。浅薄(せんぱく)なる者(もの)こそ他人(たにん)の評価(ひょうか)に振(ふ)り回(まわ)される)


実際(じっさい)、意図的(いとてき)に流布(るふ)された風評(ふうひょう)により、方源(ほうげん)の評判(ひょうばん)は最悪(さいあく)に陥(おちい)っていた。


女(おんな)を犠牲(ぎせい)にした自己保身(じこほしん)――法的(ほうてき)に罰(ばっ)せられぬ行為(こうい)でも、道徳的(どうとくてき)批判(ひはん)の的(まと)となる。


しかしこれこそ方源(ほうげん)が望(のぞ)んだ状況(じょうきょう)だった。


体制(たいせい)に組み込(こ)まれれば駒(ごま)となり、自由(じゆう)を奪(うば)われる。彼(かれ)にとっては邪魔(じゃま)でしかない——資源(しげん)を求(もと)め独行(どっこう)するには孤高(ここう)たる必要(ひつよう)があった。


「孤立(こりつ)させられようが構(かま)わん」方源(ほうげん)は内心(ないしん)で嗤(わら)った。「心弱(こころよわ)き者(もの)こそ仲間外(なかまはず)れを恐(おそ)れる」


地球(ちきゅう)ならこんな状況(じょうきょう)は致命的(ちめいてき)だろう。社会関係(しゃかいかんけい)が生存(せいぞん)の要(かなめ)だからだ。


だがこの世界(せかい)では実力(じつりょく)さえあれば、一人(ひとり)で千(せん)の軍勢(ぐんぜい)を屠(ほふ)れる。阻(はば)む者(もの)は殺(ころ)し、資源(しげん)は奪(うば)えばよい。


世界(せかい)ごとの規則(きそく)の差異(さい)が社会形態(しゃかいけいたい)を規定(きてい)し、行動様式(こうどうようしき)を変容(へんよう)させる。


武力偏重(ぶりょくへんちょう)の世界(せかい)ほど集団意識(しゅうだんいしき)は希薄(きはく)だ。


故(ゆえ)にこの世(よ)には——


「魔(ま)が跋扈(ばっこ)する」と方源(ほうげん)は空(そら)を仰(あお)ぎ呟(つぶや)いた。冬(ふゆ)の冷気(れいき)が言葉(ことば)を白(しろ)い霧(きり)に変(か)えた。



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