雪原を五人の小隊が疾走する。
古月角三が空を見上げて言った:「日が傾いてきた。腐泥凍土採取の任務は単純だが時間が掛かる。全員、ペースを上げ(あげ)ろ。方源、辛かったら遠慮なく言え。新人なら仕方ないからな」
角三の笑顔は慈しみに満ちていた。
方源は無言で頷いた。
他の三人の隊員が目配せした――実際は時刻尚早で、これは新人への威圧行為だった。
彼らは真相を悟りながらも沈黙を守った。この手の「新人潰し」は慣例で、命令系統を円滑にするための儀式のようなものだ。
「行くぞ!」角三が足を速め、先頭を切って駆け出した。
方源が眼光を鋭くし、三人と共に速度を増して追った。
竹皮草履が雪を蹴散らし、深い足跡を残していく。
山道は凹凸が激しく、積雪が滑りやすさに輪を掛ける。雪の下には鋭い小石や落とし穴、罠が潜んでいる――狩人の仕掛けたトラップに嵌れば最悪だ。
この世界で移動術は生死を分ける。新人の半数がここで躓く。経験を積んだ蛊師だけが、体で覚えた反射神経で障害を回避できる。
冷気が顔面を殴打する中、方源は小躍りや長駆、崖登りを駆使して角三の背中から離れない。
雪化粧した青茅山では、木々(きぎ)が裸の枝を震わせている。時折、人影に驚いた松鼠や鹿が藪へ逃げ込む音が響く。
30分後、角三が突然足を止めた――目的地到着だ。
振り返り方源を見ながら口角を吊り上げた:「よくやった!今期最優秀の名に恥じぬ。ずっと後ろを付いて来たな」
方源は薄笑いを浮かべたまま沈黙を貫いた。この種の「新人潰し」など百も承知だ。雪中行軍は既に多くの組で行われる通過儀礼と化している。
二人が立ち尽くすこと暫らく、残り三人がようやく到着した。
ハァ、ハァ……
三人は汗まみれで顔を真っ赤にし、二人は腰を折り手を膝に当て、一人は雪の上へ崩れ落ちた。
角三が眼光を鋭くして叱咤した:「恥ずかしくないのか! 方源殿を見習え!任務終了後、全員反省文を提出させてもらう!」
三人は慌てて姿勢を正すも、視線を下げたまま抗弁もできずにいる。
ただ――方源を見る彼らの眼差しに、微妙な変化が生じていた。
「まったく、どうなってんだ? 方源の奴、一度も転びやがらねえ!」
「あいつは化物だろ……普通の筋力じゃ太刀打ちできねえよ」
「はぁ~、こっちが痛い目見るなんて……ちくしょう」
「さぁ、気を引き締めろ」角三が谷間を指差す。「この小谷が採取場だ。腐泥凍土を各自で採れ。一時間後にここで集合だ。空井、工具を配布しろ」
古月空井という男が進み出した。
手の平を上に向けて伸ばすと、腹部の空窍から黄光が飛び出し、掌の中央に静止した。
光が収まると、金背蛙が現れた。
丸々(まるまる)と太った蛙は真白な腹を膨らませ、目と口が頭頂部に押し詰められた球体のような姿をしている。
方源の目が光った――二転蛊虫「大肚蛙」だと瞬時くに看破した。
空井の手から赤鉄真元が糸状に流れ出し、大肚蛙に吸収される。
「ゲロッ」
大肚蛙が甲高く鳴くと、小型のスコップを吐き出した。
スコップは空中で急速に巨大化し、地面に落ちた時には人間の腰ほどの高さになっていた。
「ゲロゲロゲロ……」
その度に一つずつ工具を吐き出し、最終的に雪上には五本の鉄鍬と五個の木箱が並んだ。木箱には麻紐の背負い紐が付いている。
蛊師は蛊虫の飼育負担が重いため、保有数に限界がある。そのため初期の蛊師は単独行動が難しく、偵察・攻撃・防御・治療・後方支援に特化した役割分担で小組を組むのが常だった。
この男の蛊師・空井は明らかに後方支援担当だ。彼が操る大肚蛙は典型的な補給用蛊虫で、腹部に広大な収納空間を持つ(もつ)。ただし蛊虫には必ず長所と短所がある。
大肚蛙の欠点は、収納容量の制限に加え、物を吐く度に鳴き声を発することだ。戦場での潜伏時に扱いを誤れば、位置が敵に露見する危険がある。
更に蛊虫自体を収納できず、毒物への耐性もないため、有毒な物品の保管も不可能だ。
工具が配布され、五名全員が鉄鍬と木箱を手にした。
「出発だ」角三が手振りで合図し、真っ先に谷間へ入って行った。
方源は鉄鍬を提げ木箱を背負い、別の方向を選んで進んだ。
「新人ってのはほんと張り切ってんだな。ハハ」
「腐泥凍土が簡単に採れると思ってんのか?見分け方も知らねえくせに」
「実際、見極めは難しいぞ。普通の凍土と色が似てる上、雪に覆われてりゃ、新人なんて運まかせだ」
三人の組員は方源の後姿を見送りながら、薄笑いを交わしていた。
しかし1時間後、方源が木箱いっぱいの腐泥凍土を持ち帰って来た時、全員が呆然とした。
角三を含めた他の組員の木箱は、最大でも半分しか入っていなかった。方源の成果を見て、自分たちのを披露するのを恥ずかしがるほどだった。
「全部腐泥凍土だ!」組員の一人が詳しく確認し、さらに驚いた。
「方源さん、どうやってこんなに採れたの?」女性の組員が我慢できずに尋ねた。
方源は眉を軽く吊り上げ、雪に照らされた瞳が透き通って見えた。「学堂で教わった通り(どおり)です。腐泥凍土は沼が凍ってできた資源。紫がかった黒で、臭いが氷に封じられています。臭屁肥虫の餌で、土壌改良にも使われます。族では地下溶洞の月蘭栽培用でしょう」
四人は言葉を失って固まった。
「知識は教わってても実践は別なのに……まさか以前採集したことあるのか?」三人の組員が顔を見合わせた。
古月角三は目を瞬かせ「よくやった」と笑ったが、その笑顔には微妙な硬さが滲んでいた。
「これで任務完了だ。工具を空井に返して帰還しよう」
山寨に戻ったのは午後だった。
内務堂から出ると、角三は任務報酬の元石6個を分配した。自身2個、他は各1個ずつ。組員たちは報酬の容易さに笑みを浮かべた。
方源は無表情で元石を懐に収めながら、内心で思索していた。
〈新人補助の特例を加えても報酬は最大2個。私の功績で3倍になったのに、均等配分とは……雪中行軍の威圧に続く懲罰か〉
一兩の元石など方源は気にかけていなかった。ただ一つ(ひとつ)気になっていた――古月角三とは面識もないのに、なぜ自分を疎外するのか?
「まさか……」稲妻のような閃きが脳裏を走った。