方源はこの措置の裏に族長の小さな試探が潜むことを看破していた。
演武場を見渡すと、族内最精鋭の三組が並んでいた。族長派の青書組、赤脈の赤山組、漠脈の漠顔組だ。
普通の塾生ならどれかに加入すれば強力な後見を得て将来が約束されるが、方源にとっては逆に危険だった。
族上層部では既に彼が「何者かの勢力」の烙印を押されていた。不用意に三組のどれかに入れば大問題になる。
例えば赤山組に加入した場合、赤脈は自分が方源を勧誘していないことを知っている。最初に考えるのは――「方源は明らかに他派閥の駒だ。我が組に潜み込んで何を企む?」
次に――「早期勧誘した勢力が規約を破った。今方源が我々(われわれ)に接近するなら、我々(われわれ)が黒幕だと誤解される。そんな濡れ衣を着せられるわけにはいかん。方源を監視下に置き、確固たる証拠を掴んで正体を暴かねば!」
しかし実際には、方源には後ろ盾など存在しないのだ!
「三組のどれかに加入すれば、三大勢力の一角を敵に回すことになる……絶対にまずい。元々(もともと)は江鶴組に潜やかに加入するつもりだったが」方源が歯を食いしばる。「江鶴組の背後には刑堂家老の影もちらつく。今ここで選べば危険すぎる」
古月博が笑顔を深める:「選べないなら、私が指定してやろう」
周囲の家老たちは石像のように無表情で見守っていた。
「強制か」方源の目が光る。「赤山組か漠顔組に押し込むつもりだな」
古月博は当然、自分が黒幕でないことを知っている。この一手で嫌疑を晴らし、政敵を弱体化させ、謎の勢力を炙り出す――三つの利益を一挙に得る策謀だ。
「指定は許せん。雑組を選ぶしか……」方源が口を開けようとした瞬間、
人混みから声が響いた:「うちの組に入らねえか?攻撃要員が足りねえんだ」
誰だ?
視線が集まる先に立っていたのは、浅黒い肌の病弱そうな男。三角眼が鋭く光っていた。
「病蛇の古月角三か」誰かが呟いた。
古月博と家老たちの目が失望の色を浮かべた――背景も勢力もない雑魚組だった。
「病蛇の古月角三か」誰かが身元を暴いた。
「古月角三? 背景も勢力もない雑組じゃないか!」族長と家老たちの目に失望の色が浮かんだ。
「角三か……」方源の瞳の奥で微かな暗光が揺れた。
彼とこの古月角三は面識もなく、記憶を遡っても存在すら曖昧だった。
なぜ角三は自ら声を掛けたのか? 単に考査首位の実績ゆえか?
「馬鹿げている! 方正のような青二才ならいざ知らず……」
だが――
角三の自発的な誘いは、今この状況で突破口になり得た。
「上層部の連中はがっかりだろうな」方源の口角に薄笑いが浮かび、瞼を伏せて眼光を隠した。
「ではお言葉に甘えて組に入らせてもらう」古月博の続く台詞を遮るように、方源は即答した。
「方源は頭がおかしいのか?」
「精鋭組を蹴って病蛇組になんか入るなんて!」
「正気の沙汰じゃねえ。角三の性格ったら……ははは」
場内の塾生や蠱師たちが噂話を始め、方源を見る目が完全に「阿呆扱い」になった。
族長と家老たちの表情が一斉に曇った。
今日の策略が古月角三に台無しにされた!いや……もしかするとこの角三も策略の駒かもしれん。いずれにせよ、こいつを徹底的に調べ上げ(あげ)ねば!
三日後。
雪が一日中降り続けた後、次第に弱まり、真っ白な雪片が風に乗って舞っている。
青茅山の麓から頂上まで真白な衣を纏い、落葉樹の枝は裸になっているが、松と青茅竹だけは雪を被りながらも青々(あおあお)と立ち続けている。
五人組が雪原を駆け抜ける。
先頭を走る中背の男――病弱そうな黄色い肌をした古月角三が、走りながら沈黙を守る方源を横目で見て柔らかく笑った:「方源、緊張するな。初めての任務だが内容は簡単だ。見様見真似でいい」
「わかった」方源は淡々(たんたん)と応え、前方を見据えたまま表情を変えなかった。
本格的な冬が訪れている。
雪上を疾走するほど、冷たい冬風がより一層強く感じられる。息を吸い込むたび、かき氷を食べたように胸の中が凍りつくようだ。
方源の肌は元より白かったが、雪明かりに照らされ一層青白く見えた。走り続ける中、小雪が黒い短髪や肩、眉尻に絶え間なく積もっていく。
以前と違い、方源は衣装を替えていた。
濃紺の武闘服。上は長袖、下は長袴。脛には竹板の脚絆、足元は竹皮草履。額に紺碧の鉢巻を締め、その端が走る度に空中を翻っていた。
腰には幅広い帯を巻いている。
臙脂色の帯の正面に銅板が埋め込まれ、「壱」の文字が刻まれていた。
これが蛊師の正装。一転蛊師たる証だ。
塾を卒業した者のみが許される装束。この衣を纏うことは凡人の階層を超え、貴き者として人類社会の上流に立つことを意味する。たとえ最下層の一転であれ、今や凡人は道を譲り敬礼せねばならない。
古月角三の目が微かに光った。この装束が方源の無表情と相まって、冷徹で洗練された気質を醸し出していた。
「任務中は移動が命綱だ。走り癖が付いてるか?」角三が息を切らせながら声を掛ける。
「問題ない」方源は最小限の返事で済ませ、眼角で角三を窺った。
その柔和な笑顔は、人祖神話の伝承を思わせるものだった――
昔、人祖が規矩の二蛊を使い、力を奪われ知恵を失った後、三匹の蛊だけが残った――疑いと信じる心、そして態度の蛊だ。
人祖は態度の蛊を捕まえた。
態度の蛊は賭けの約束通り(どおり)に降伏し、こう告げた:「人間よ、私を捕まえたからには諦めるしかないな。今後、お前の為に使ってやるよ。私を顔に付ければ効果を発揮するさ」
態度の蛊は仮面のような姿をしており、人祖が顔に当てても何度も滑り落ちた。縄で縛り付けても外れてしまう。
「どういうことだ?」人祖は首を傾げた。
態度の蛊が嗤う:「分かったぞ、人間よ――お前には心がないんだ。態度は心の仮面だ。心がなければ私を着られないのは当然さ」
人祖は悟った――既に心を希望に捧げてしまったのだ。
もはや心などない。
心なき者に態度の仮面は着られない。逆に言えば、心ある者の態度とは仮面に過ぎない。
「古月角三の柔和な態度も単なる仮面か……本心は何だ?」方源が思考を巡らせる。
「病蛇」と呼ばれる角三が方源を観察する一方で、方源もまた密かに彼を観察していた。