樹上小屋の中で方源の思考が激しく渦巻く。
前世の経験が積み上げた知恵を頼りに、方源は王大の存在を察知した。
では王大の実力はどの程度か?
直接会ったことのない相手だが、眼前の情報だけでも多くを分析できる。
「勇気ってのは実力あってのものだ。俺の情報を集めても復讐する自信があるなら……一転を超えてるに違いない」
「三年間三箇所の赤丸を転々(てんてん)し、三大山寨の狭間で生き延びてきた。毎日発見や討伐の危険に晒されながら……つまり単独行動できる三転の実力はない」
「そうなると、二転と推測するのが妥当だ」
方源の目が冷たい光を放つ:「三年前失踪したから計算すると……資質は丙等から乙等、空竅内の真元総量は四割から七割の間だろう」
「江鶴の目を盗んで実家に潜んでいたことから……潜行や隠蔽効果のある蛊を保持しているはずだ」
蛊師同士の戦いで最も重要なのは情報だ。
偵察用の蛊を持たない方源だが、経験と知恵だけで王大の実力と蛊の特性を推測し尽くした。
瞬く間に心の中で魔道の二転蛊師の姿を描き上げた——家族を殺された怨念に燃え、暗闇から自分を狙う影の如き存在を。
「人を殺せば、殺される。当然のことだ」方源は軽く笑い声を漏らした。
この世に生きる権利も死ぬ権利も全員平等だ。
人を殺す者は、必ず殺される。
自らが殺した以上、殺される覚悟も必要だ。
もし今ここで殺されるなら、それもまた良し。後悔など微塵もない。自ら選んだ道だ。
この覚悟——こそが魔道の本質だと、方源は骨身に沁みて知っていた。
「王大が俺を殺そうとするなら、今の年中考核は絶好の機会だ。普段は生徒たちが山寨内にいるから、二転の実力で潜入なんて自殺行為だ」
「俺が狩猟に出る可能性は読んでいただろう。だが青茅山は広大だ。一人で身を隠しながら俺を探すのは不可能に近い。今こそが奴の狙い時だ」
「二転蛊師で、三年間も三大勢力の隙間で生き延びてきた魔道の修羅。現状の戦力では勝てないが……絶望的というわけでもない」
逃げる!
方源は瞬間的にこの方向を決めた。
生存のためなら恥ではない。力攻めできぬなら撤退する。
戦闘中に突然突破するなんて、蛊師の世界ではあり得ない。越級挑戰も特殊な蛊があって初めて可能だ。
方源が持つ酒虫・白豕蛊・小光蛊・月光蛊は、越級の切り札になり得ない。春秋蝉は瀕死で使用不能だ。
勝てないと分かって死闘するのは『熱血』という名の愚かさだ。仮え勝っても運が良かっただけ。
方源は慎重を旨とする。勝算が低ければ、例え秘策があっても戦いを避ける。
状況を掌握し、勝率を極限まで高めるのが好みだ。必勝の戦いだけを選ぶ。
万が一の時だけ危険を冒す。
故に弱者を虐げ資源を奪い、強くなってから旧敵を叩く——これが彼の常套手段だ。
「勇ましさを証明するため強敵に挑む馬鹿」を嗤う。組織がそんな価値観を称賛するのは、成員の犠牲で上層部の利益を守るためだ。
考えれば分かる——生存こそが全て(すべて)の前提だ。
理想を実現するために生き延びる——それが真の勇気だ。
「理想のため死ぬ」のは愚者。「理想のため汚れた命を繋ぐ」——それが勇士だ!
地球で韓信が股下の辱を受け、曹操が追手から逃げる際に髭を切り外套を断ち、越王勾践が生存のため仇敵の糞を嘗めて忠誠を示したように……
だから栄誉も名誉も面子も糞食らえだ!
どこの世界の組織もこんな価値観を宣伝する。犠牲が求められる場所ほど、殊更に声高に叫ぶ——例えば軍隊。
「では、どこへ逃げれば王大との遭遇確率を最小にできる?」方源の脳裏に地図が浮かぶ。
「王大は俺が獣皮地図を手にしたことを知っている。今は山野に潜み、地図の猪群分布を頼りに俺を探し回っているはずだ。逆を突くしか活路はない」
狂気じみた撤退経路が頭の中で徐々(じょじょ)に形を成し始めた。
……
たそがれ時の山間、木々(きぎ)の影が幾重にも重なり、野草が生い茂る。
深い影の奥に隠れた真っ赤な一対の目。その目に宿る憎悪と怒りは、滔々(とうとう)たる大河の流れでも洗い流せず、消し止めることもできないほどだった。
「方源……ついにお前を……」王大は歯を食いしばり、腹の底でその名を噛み砕くようにつぶやいた。
彼の視界の先、痩せ型で青白い少年が木立ちの間を疾走していた。
仇敵が目前にいるのに、王大は手を出さず、視線を周囲の数箇所へ滑らせた。
監視役の蛊師たちが潜む位置だ。
カンニング防止や負傷者の即時救助のため、この一帯には数十人の二転蛊師が散り隠れている。更に遠くの丘では三転の家老たちが陣取っていた。
王大は慎重に這うように移動し、情勢を把握していた。
「方源を殺すには、まず監視の三人を始末せねばならん。奴らに気付かれれば包囲される。仮え方源を即殺できても、俺も命はない」
「二転中階の真元は五割。三人を瞬殺するのは難しい。連続攻撃で一気に片付けねば……時間が経てば仲間の死に気付かれ、追跡される」
「幽影随行蛊」
王大は瞼をゆっくり閉じ、心で呟いた。
瞬く間に、彼の体は濃密な闇と化し、木々(きぎ)の影を流れるように滑り進んだ。
一切が無音のまま進行した。
茂った草叢の中、古月一族の二転蛊師が蹲まり、退屈そうに欠伸をした。
「まったく退屈だな、新入生の面倒見てるなんて保母みてえだ」蛊師が呟いた瞬間、影が既に彼を覆っていたことに全く気付いていない。
痩せ細った骨張った手が暗闇から徐々(じょじょ)に伸びてきた。
その手は死人のように青白く、関節が太く、十本の爪が鋭く尖り、暗紫色に染まっていた。微かに生臭い匂いを発っている。
「なんの臭いだ?」古月族の蛊師が鼻を皺めながら思い切り嗅ぎ付けた。
だが時既に遅かった。
王大が毒蛇の如く襲い掛かり、電光石火の速さで攻撃を放った!
片方の手で蛊師の口鼻を押さえつけ、もう片方の手は背中から容赦なく突き刺す。暗紫の爪が刃物のように容易く肉体を貫き、心臓へ到達した。
爪先の猛毒が瞬時に心臓を侵食。血液に乗って全身へ拡散する。
蛊師は体を硬直させたきり、息の根を止めた。
同じ二転の蛊師同士でも、不意打ちの奇襲では戦いが始まる前に終わっていた。
「真元を一割消費。残り四割」王大は空竅を確認すると留まらず、再び闇へ溶け込んだ。
片刻も経たず、岩陰に潜んでいた二人目の蛊師も毒牙にかかった。瞳が針の先のように縮み、地面に倒れ込む。
毒素が体内を駆け巡り、全身が紫色に変色。鼻腔から暗紫の血が蛇のように這い出した。
「残り三割」王大が心で呟くと、姿を再び闇へ変えた。
「何者だ!」三人目の蛊師が大樹の枝に潜んでいたが、危機一髪で異変を察知し、王大が襲いかかる瞬間、猛り振り返って両手で毒手を押さえ込んだ。
「クソが!」王大が嗤笑い、十本の爪が急激に五センチ伸び、蛊師の前腕を貫き皮膚を破った。
小臂から流れ出した鮮血が瞬時に暗紫色に変わる。
「まさか…愛生離?!」三人目はこの光景に顔面を強張らせた。猛毒の紫気が既に頬まで侵食していた。
抗毒の蛊を持たない自分の死を悟ると、覚悟を決めたように吼えた:「ならば共に死ぬがよい!」
口を大きく開き、舌を突き出す。舌先には三日月の刻印——月光蛊が寄生していた。
月刃が閃き、王大の左肩を貫通して背中から飛び出した。
血しぶきが飛び散った。
王大はうめき声を漏らし、体が数度揺れた。一方蛊師は瞳を白黒にさせ、完全に息を引き取っていた。
「その通り…これが愛生離だ」王大は太い枝の上でよろめき立ち上がり、薄ら笑いを浮かべた。
愛生離は二転蛊虫最強の毒と謳われる! 煉成には一転生息草、未亡蜘蛛、赤針蠍、そして愛する者の心臓が必要だ。
この蛊を煉成するため、王大は自らを深く愛する妻を殺し、彼女の心臓を摘出した!
「生存のためには力を選ぶしかない…これが俺の魔道の覚悟だ!」王大は真っ赤な目で遠くの少年を睨みつけた。
「愛を捨て、残された家族を…お前は奪いやがった! くそったれ、方源…」喉の奥から軋むような声を絞り出す。「お前の所業を心底後悔させてやる!」