319.彼女の声を聴きました
白い光はそのまま湯船の中へ。
それは少しずつ人の形をとり、見覚えのある顔が目の前に現れた。
「は?」
あまりに想定外の状況に思わず思考が停止する。
ここは梅田ダンジョン男子更衣室横、貸切風呂の中。
そして目の前には一糸纏わぬルナ。
なんで彼女がここにいるんだ?
家の風呂ですら出てこなかった彼女がどうして今ここに現れるのか。
不思議そうな顔をするルナ、視線を下に移すと健康的な鎖骨の下には重力に負けずにつんと張り出した二つのふくらみ。
そこまで見たところでハッと我に返り、慌てて後ろを向いて湯船につかる。
「ルナ!?どうしてここに?」
背中越しに問いかけるも当たり前だが返事はない。
いくつも魔力オーブを取り込んだことで肉体を取り戻しつつある彼女だが、いまだ声を取り戻すには至っていなかった。
大道寺グループの経営する病院で一度検査してもらったのだが、内臓も含めすべての期間は正常に存在、しっかり稼働もしている。
なので食べ物を摂取することもできるし、五感もしっかりあるから人間らしい反応を示すこともできている。
もちろんその中には声帯も含まれているのでしゃべることはできるはずだけど、今まで使ってこなかっただけにどう使えばいいかわからないというのが現状のようだ。
彼女なりに努力もしているし最近は桜さん達がレッスンをつけてくれているようだけど、今の所成果は出ていない・・・ってそうじゃない。
「貸切風呂だったからよかったものの、勝手に出てきたらほかの人に見られるからこういう時は出てこないように」
いつもならここで『こくこく』と元気よく首を振る彼女だが、何故か今日はその反応がない。
しばらく無言の時間が続いていたが、水面が揺れると同時に水量が増していくのがわかった。
どうやら彼女も湯船につかったようだ。
恐る恐る横を見ると、彼女の白い手足が大きく伸ばされているのがわかる。
俺は大丈夫でも泉のダンジョンはルナ達にはかなり寒かったはず、肉体を取り戻す前はそうじゃなかったかもしれないけれど今の彼女にはさぞ気持ちのいいことだろう。
声は出なくとも深いため息は聞こえてきた。
それを聞いた途端に緊張しているのが馬鹿らしくなってきて、意を決して後ろを見ると気持ちよさそうに目を細めるルナの顔があった。
体を隠すこともせず、むしろ堂々としたその姿に邪な感情がため息とともに出て行ってしまった。
そのまま彼女の横に座り、隣り合うように湯船に背中を預ける。
少し集めの水温に体の筋肉がほぐれていくのがよくわかる。
「気持ちいいな」
こくこく。
「今日もお疲れ様、ルナのおかげで安心して戦うことができたよ。ありがとな」
嬉しそうな彼女の雰囲気に思わず頭をなでてしまったが、特に嫌がるそぶりもなくむしろ満面の笑みを浮かべている。
どれだけ巨大な相手の攻撃も大楯一つで受け止めるうちのメインタンク。
今やなくてはならない存在で他の旅団からも信頼の厚い俺達の大事な仲間、あの兜の下にこんな美人がいるなんて知られたらほかの男たちが彼女を放っておかないだろうなぁ。
西洋風の顔立ちに透き通るような白い肌、ブロンズのロングヘアーが湯船に浮かんでいる。
その姿はまるでモデルのよう、あえて下は見ないようにしているけれどうちの女性陣曰くかなりのスタイルなんだとか。
肉体を取り戻す前はそこまで熱心に買い物に行かなかった彼女も、自分の体を取り戻してからは楽しそうにみんなと出かけている。
どこからどう見ても人間そのもの、最近は立ち振る舞いや仕草まで彼女達と何らからわないもんなぁ。
「さっきも言ったがここが貸切風呂だったからよかったものの、勝手に出てこないようにな。見られたら大変なことになるって教わっただろ?」
こくこく。
「因みに誰もいなかったら出てきてもいいってわけでもないからな?家の風呂でも無しだ」
ふるふる。
「拒否してもダメ、リルだって桜さん達だって風呂には入ってこないだろ?それなのに自分だけ入ったらみんなどう思う?」
首を傾げ納得いかないという感じのルナだったが、しばらくすると自分なりに納得したのかしぶしぶと首を縦に振った。
やれやれ、これで頻繁に出てくることはないだろう。
とはいえ、普段出てこなかった彼女がこうやって出てくるのには何か理由があるはず、どういう理由なのかはわからないけれどその気持ちは尊重してやらないとな。
「でも、今日はどうしても出てきたかったって事だよな?」
こくこく!
「皆がいると言い出しにくいこと・・・って言えないか」
ふるふる。
「ん?」
「・・・・・・」
真剣な面持ちで俺をみてゆっくりと口を動かすルナ。
残念ながら音として発せられることはなかったけれど、なんとなく言いたいことは伝わってくる。
「ありがとうって?」
こくこく。
「それはこっちのセリフだ、今日だって何度もやばいときがあったけどルナがいたから乗り越えられたんだから。あそこで仲間になってくれなかったら、いまだにDランクだっただろうし、なによりどこかで大けがしていたのは間違いない。皆もそう思ってると思うぞ」
川西ダンジョンで彼女を復活させられていなかったら、いまだにどこかのD級ダンジョンでくすぶっていたことだろう。
いくら収奪スキルがあったとしてもやれることに限界がある。
それなのにスキルの強さに胡坐をかいて危険な目にあっているか、もしかしたら桜さん達に迷惑をかけているかもしれない。
そうならないのもすべてはルナがいてくれるおかげ。
メインタンクとして活躍してくれる彼女がるから、こうやって安心して戦えているわけだ。
「本当にありがとな」
頭を下げて改めてルナにお礼を言う。
普段からそう思っていてもこうやって口に出すことは中々なかった、そういう意味でも今日はいい機会だったのかもしれない。
嬉しそうに笑顔を見せるルナ、そして両手を広げると・・・あろうことが抱き着いてきた。
「ちょ、ちょっと待てって!」
慌てて動こうとするも時すでに遅く、魔物の突進を受け止めるあの力強さで強引に抱きしめられる。
柔らかなふくらみを頬に感じながら必死に抵抗するも振りほどくことはできない。
それどころかより強く抱きしめられることで谷間に顔を押し付ける格好になり息ができなくなってきた。
下は水、上は胸。
どう転んでも窒息は免れない。
最悪突進スキルを使えば逃げられるのは分かっているけれど、そこまでして拒否したらルナがどんな気持ちになるだろうか。
そう思うと踏ん切りがつかずだんだんと酸素が少なくなりのぼせたようになってくる。
やばい、死ぬ。
致し方なくスキルを発動しかけたその時だ。
「・・・トウ」
「?」
「ア・・・リガ・・・トウ」
頭の上からかすれたような声が聞こえてきた。
最初は何を言っているかわからなかったけれど、何度も続けられることで少しずつ言葉として聞こえるようになってきた。
彼女の両肩に手を置いて強引に胸元から脱出、そのまままっすぐにルナの顔を見る。
「アリガ・・・トウ」
「こちらこそありがとう、これが言いたくて出てきたんだな」
こくこく!
一番最初に聞いてほしかった、そんな風に思ってくれたのが素直にうれしかった。
それがまぁ風呂場だったってのはなんともあれな話だが、誰よりも先にという彼女の気持ちがあふれた結果だったんだろう。
その後も時間ギリギリまでお礼を言って、彼女は指輪に戻っていった。
魔物が言葉を発する。
調べていないから何とも言えないけれど、おそらく世界で初めてなんじゃないだろうか。
意思疎通ができるだけでもすごいのに、彼女の見ている世界を知ることができる。
須磨寺さんが聞いたらまた大騒ぎしそうな案件だなぁ。
そんなことを考えながらの貸切風呂からはい出したのだった。




