その後 4
「ハルムート様は今…?」
「とりあえず今はディスティーア家の屋敷で監禁状態にある。貴方が目覚めて意向を聞いた後、彼の処遇を決める予定になっているのだ。因みに、慰謝料という名の罰金はすでに決定事項となっている。私は勿論だが、罰金程度では許すことはできないと思っているよ。牢屋に入れて反省させてもいいし、国外追放なんてこともできる。」
ルーウェン様はさも当然というような表情で、こともなげに恐ろしいことを言った。
牢屋!?国外追放!?いやいやいや!
きっとこの新しい眼鏡も慰謝料の一部よね?どれだけ高い罰金なの…?もう十分では?充分よね!?
「どうする?」
真顔で聞くルーウェン様にどう答えていいのかわからない。けど、私はもう十分だと思っている。
うん。そのままそう答えよう。
「私は…私としては、この眼鏡だけで十分だと思っています。」
そう伝えると、彼の眉間には深い皺が刻まれた。
そしてやや低い声で私に尋ねる。
「怖い思いをさせられて、傷もつけられたのに?」
不機嫌オーラを感じる。気がするだけであってほしい…。
でも、私は本当に十分だと思っているのだ。傷もルーウェン様のおかげで治っているし。どうやって説得しようか。うーん。
「そう…ですね。確かに怖かったです。でも、これは…」
なんて言ったら納得してもらえるのだろう。
…うーん…と暫く考えていると、『友人』という言葉が思い浮かんだ。
そう。ハルムート様と私は友人なのだ。
それなら…。
「これは…そう!これは、友人同士の喧嘩です!
そう、喧嘩!ちょっとだけ規模が大きくなってしまっただけの喧嘩。…そう思いませんか?」
ソフィリアは真剣な表情で言い切った後、チラリとルーウェンの方を見た。
ルーウェンは黙ったまま目を伏せている。
もう一押し…かな?
「彼はこれから変わることができると思うのです。その機会を友人である私が潰すわけにはいきません。
それに…、彼が変わっていく姿を友人として見届けたいとも思っています。一緒にゆっくり考えていこうって約束もしましたから。(一方的にだったかもしれないけど。)」
そう言ってルーウェン様の方を今度はしっかり見ると、その数秒後、彼は諦めたように大きく溜息を吐いた。そして呆れるような、納得のいってないような表情をしながらも一応頷いてくれた。
「…わかった。貴方が許すのであれば私が口出す権利はないのだから。彼のことは私も友人として見守ることにするよ。」
「ありがとうございます。」
私が感謝の言葉を口にすると、「貴方に礼を言われることはないと思うのだが。」と不器用そうな優しい苦笑いを浮かべた。
むむ。
その苦笑い、とても良かったです。
「ところで、あの…ハルムート様にはお会いすることはできるのでしょうか?」
「ん?ハルムートに会いたいのか?」
「会いたいというか…少し、話をしたい…ですね。」
「ふむ。彼も直接謝罪をしたいと言っていたし、2人きりとはいかないだろうが、機会を作れるよう計らってみるよ。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
これからもよい友人でいるためにはきちんと話をしておいたほうがいいだろう。話す機会を作ってくれるというのなら、待ってみよう。ルーウェン様が言うなら大丈夫だろうし。
良かった良かった。
そう心の中で安心していると、「それでなんだが…」と、ルーウェン様が話し始めた。
なんだろう?と思っていると、それは思いもよらないことで思わず固まってしまった。
なぜならいきなりルーウェン様がこんなことを言い始めたのだ。
「それでなんだが、私のことはいつ名前で呼んでくれるの?」と。
へ?
私の頭の中は真っ白。
いや、え?
「ハルムートのことは名前で呼んでいたでしょう?」
「あ、はい…。あの時は友人として接するならそのほうがいいと判断致しまして…。」
まぁ、あの時は友人として振舞うならそのほうがいいと思ったし、ハルムート様もそう呼んでと言っていたから…。
「じゃあ、私は?私は友人ではないの?」
そう聞いてくる深紅の瞳は、より強く濃く紅く煌めいていて。
思わずその瞳に圧倒される。
確かにルーウェン様とは友人…という形にはなっているけれど。心の中では名前で勝手に呼んじゃってたけど…。でも、ハルムート様とは立場が違うと言うか何というか…。
この関係は、友人という名目の監視みたいなものだし…。それに私が名前を呼ばなかったのは、いきなり失礼だろうという思いもあったが、なにより、何かしら一線を引くにはそのように接しておいた方がいいだろうと思っていた。
だけど。
なぜか、懇願ともとれるその強い深紅の瞳に心が揺れる。
「私は友人ではないの…?」
そしていつものはっきりとした透き通る声ではなく、悲しそうに自信なさげにそう聞かれると、もうどうしようもない。
「…いえ、勿論友人です。」
そう、否定なんてできるわけないのだ。
「そうだよね。じゃあ、私のこともこれからは名前で呼んでくれると嬉しいよ。」
「…はい…。」
「呼んでみて?」
「え!?」
「ほら。」
なんだか目の前のルーウェン様が楽しそうな気がする。表情はそんなに変わらないが、口角がやや上がっているし、少年のような少し意地悪そうな目つきをしている。
私がどうしようと迷っていると、「ほら。」とやたら急かしてくるルーウェン様。これはもう、逃げ場はなさそうだ…。
「ル…ルーウェン様…。」
その瞬間身体が熱くなっていったのがわかった。まるで強い炎にあてられたみたいに。
心の中では平気なのに、口にするだけでこんなに恥ずかしいとは思わなかった。きっと今、私の顔色はルーウェン様の瞳よりも赤くなっているかもしれない。
でも。
名前を呼んでほしいと言われたけど、実際呼ばれたら嫌だった可能性もある。ルーウェン様の反応や如何に!?と思い、名前を呼んだ後にルーウェンの方をみると、とても優しく微笑んでいて。それはまるで天使のように美しくて。思わず見惚れてしまったのは言うまでもない。だけど少し気になったのは、その後に少し寂しそうな表情をした気がしたのだ。
まぁ、すぐにいつもの感じに戻ったけどね。
嫌がられてはいなさそうだけれど、なぜ少し寂しそうな表情をしたのか気になる。
だけど、今は私自身に余裕が全くない。もういっぱいいっぱいなのだ。
目の前のルーウェン様の涼しそうな表情をしているのが憎らしいくらいに。
冷静なルーウェン様は、その後も特に変わりはなく。
他愛もない話をした後に、颯爽と帰っていった。
私はソファに座り、大きく溜息をついた。
まさか、名前で呼ばれないことを気にしてたなんて。
そして、本当に名前で良かったんだろうか?と不安が過る。
私はあまりルーウェン様と仲良くしないほうがいいのだ。ルーウェン様のトラウマを想起させる要因である私がそばにいてはいけないはずなのに。
私がルーウェン様に近づけば近づくほど、悪い未来が現実のものとなりそうで怖い。いや、一応フラグにヒビを入れているはずだから大丈夫だとは思うのだけど…。
何だか、胸の中がもやもやとする。
ふぅ。まぁ、でもどうしようもないか。
あんな男前に懇願されたら拒否なんてできるはずがないよね。
…そうでしょう?
…うん。
それにしても。
あぁ…、今回もイケメンだったわ…。
あぁ…、何回でもあの笑顔を反芻できちゃうわ…。
ソフィリアは、無理やり気持ちを切り替えようとイケメンの笑顔を頭の中で反芻した。
そして思った。
イケメンは心の万能薬かもしれないと。
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