目【ハルムート視点】
『愛なんて存在しない』
それは僕のこの目で見てきたことだ。
僕の母親は透き通る水色の絹のような長い髪に琥珀色の瞳をしていた。肌もシミ一つない透き通るような白。それは彼女をより儚げでまるで妖精のように美しく魅せていた。息子である僕でさえ、一目見た彼女を美しい人だと思ったことがあるほどだ。
美しいだけなら問題はない。だが、彼女の見た目はどれほど美しくとも中身はどろどろのヘドロのように腐っていた。
ディスティーア家の結婚は政略結婚であり、愛なんてものは全くなかった。僕の父は僕の母に全く興味を示さなかったのである。彼女はそれが気にくわなかったのか父との距離を置き、自分の美貌を武器に多くの男性を虜にしていった。
僕が父を屋敷で見たのは数えるほどしかなかった。それいいことに母は頻繁に男を屋敷に招き入れ、僕がいようといまいと不敵な笑みを浮かべて男に寄り添っていた。
僕のことなんて見えていなかった。二人とも僕のことなんてどうでもよかったんだ。ただ後継ぎとして存在さえすればよかっただけだった。
もし本当に愛なんてものがあれば、父は頻繁に僕に会いに来てくれたはず。母も僕を抱きしめてくれたのでは…。いや、愛なんてないのだからそんなことが起こるはずがない。多くの本には、この世にはまるで愛が溢れているかのように書かれているものが多かった。だが実際は全く違っていた。この世には愛なんてない。それが僕にとっての現実だった。
だがある日、ルーウェンの母君の葬儀で起こった出来事が僕を混乱させた。
ルーウェンとは幼い頃から知り合いで何度も顔を会わせてはいたが、彼の母君とは遠目にしか会ったことが無かったのでどのような人物なのかは知らなかった。けれど、その葬儀ではどれほど慕われていたのかが窺い知れるほど、多くの人が参列してた。
僕にとって久々に会う父との初めての外出がそれだった。だから僕は正直、葬儀のことより父と出かけられることが嬉しかった。
だが、会った父は僕のことを見てくれはしなかった。周りの親子は手を繋いでいるのに、僕は父の歩幅に合わせることに必死だった。僕も手を繋いでほしくてそっと父の手を握ろうとしたが、すぐに振り払われた。怒られることはしなかったが、こちらを向いた瞳はまるで汚物を見ているかのような目だった。いったい僕が何をしたのだろう?
だけどそれ以降、僕は父が怖くて近づけなくなった。
棺の前で小さな子どもが泣いていた。それを兄弟が慰め合っているのをみた。兄弟がいれば僕もあんな風に慰め合えたのかもしれない。だがそんなことを考えても仕方ないと溜息をついた。
そしてその後、あれが起こったのだ。
葬儀が終盤にさしかかろうとしている頃、西の方から大きな爆発音が聞こえた。その爆発の影響で敷地全体が揺れていた。
後にルーウェンが起こした魔力暴走による爆発だとわかったのだけど。
周りを見ると、ほとんどの親が子を守ろうと抱きしめていた。だけど…僕の父はただその場で立っていただけだった。僕がその揺れに転んでも、手を差し出すことも声をかけることもなく。ただ僕をあの瞳で一瞥し、そしてすぐに何も言わずに爆発が起こった方向へ歩き出した。僕はほっていかれると思い、必死にその後をついていったことを覚えている。その時僕はぜか身体が重く苦しいものに包まれるような感覚になった。
すると大きな声で叫んでいる大人たちがいた。それは先ほど棺の前で喪主を務めていたダンウォール家当主とその侍従たち。それからもう一家族そこにはいた。
ダンウォール家当主の腕の中にはぐったりとした男の子が抱えられ必死に名前を呼ばれていた。呼ばれていた名前はルーウェンだった。それから、侍従らしき人の腕の中にはぐったりした女の子がいた。もう一家族はたぶんその子の家族だろう。その家族たちも涙を流しながらその子の名前を呼んでいた。
僕はそれを見て更に身体が重く苦いもので一杯になったことを覚えている。
僕があんなふうになっても、果たしてあのように名前を呼んでくれる者はいるのだろうか。…きっといないだろう。
あんなことがあったのに父は僕とあっさりと別れ、僕は1人馬車に乗って屋敷に帰ることになった。大丈夫か?の一言もなく父は淡々と王城へと帰っていった。
初めはルーウェンに対して同情していた。きっと家族からも周りからも責められ彼は絶望を感じるだろう。そんなことを考えていた。
だが実際は違った。あのような事件を起こしたにも関わらず、ルーウェンは家族に大切にされていた。それだけではない。なぜか周りにはいつも人がいて、大切にされていた。
なぜ彼はすべて持っている?僕には何もないのに。なにひとつ。そう、僕はいつも1人だ。なぜだ?
それに何より、愛なんて存在しないはずなのに、彼の周りにはあるように見える。なぜだ?
本当はあるのだろうか…?僕を愛してくれる人はいるのだろうか?僕が知らないだけかもしれない。
それなら知りたい。愛って何?どういうもの?
僕は愛というものを探してみようと思った。
とあるお茶会で年上の女性に声をかけた。別に彼女に興味があったわけではなく、たまたま近くにいたからだ。僕はだれか自分を愛してくれる人を紹介してもらおうと思った。彼女に愛してもらおうなんて思ってもいなかった。なぜなら彼女には愛する婚約者がいるということを知ったからだ。
だが彼女は婚約者がいるにも関わらず、すぐに僕に乗り換えてきた。吐きそうだった。愛する婚約者がいるのではなかったのか…?
僕はその時ようやく自分の容姿が母に似ていること、そして美しい部類の人間であるということに気が付いた。
そして僕は母のようになってしまうのかという恐怖とともに、この容姿を利用しようという考えが浮かんだ。
それからまた女の子に声をかけた。恋人がいようと婚約者がいようと関係なかった。時に、それに対して嫌味や忠告を言ってくる奴がいたがそんなの関係なかった。だって愛というものが本当にあれば、その関係が壊れるはずがないでしょう?
女の子たちは僕が少し褒めるとすぐ顔を赤らめて熱っぽい瞳で見つめてきた。あの瞳は正直苦手だった。なぜなら母を思い出すからだ。
それだけではない。彼女らは、相手がいるにもかかわらず僕のことを「愛してる」と言ってきた。
ああ、なんて安い言葉だろうか。
僕は嘘の言葉を紡ぐ彼女たちを許すことができなかった。「愛してる」とか「好きだ」とかそういう言葉を耳にするたび、嫌悪感と共に、心の中に虚無感のような亡失感のような…心が枯れていく感じがした。
ああ…なんて退屈なのだろう。
そうしてわかったことがある。女は簡単に相手を裏切ることができること。どれだけお互いに「愛してる」なんてことを言い合っていても、それは真実ではなく表面だけのこと。特に、女は容姿や身分しかみていないこと。
結局、僕の容姿や地位に惑わされる奴ばかりで、僕自身を見て愛してくれる人は誰一人としていないということがわかった。
やはり愛なんてものはなかったのだ。
できれば、できるならば、誰も振り向いてほしくなかった。だって、2人の間に本当の愛があるのならば壊れるわけがないのだから。
だがその願いは無残に散っていった。
そう。僕は、愛なんてやはり存在しないと自分自身で証明してしまったのだ。
愛なんて存在しない。
僕にとってそれは揺るがない事実であり真実となった。




