休憩室2
「…ねぇ、愛ってなんだと思う?」
「…?」
ぼそっと溢した言葉はうまく聞きとれなかった。
そしてハルムート様はクスリと妖艶に笑いながら私に聞いてきた。
「貴方は愛というものが存在すると思ってる?」と。
私はすぐに答えた。
「愛は存在すると思います。」と。
シーンとする部屋。
静寂が部屋を包み、嫌に脈打っている心臓の音すら聞こえてしまいそうだった。
彼の妖艶な笑顔は変わらないが、雰囲気が少し怖く感じる。
「ねぇ、そのブレスレット少し見せてくれない?」
私の頭の中には疑問符が並ぶ。今この状況でなぜブレスレットなの?手を差し出す彼の表情は、笑顔なのに怖い。綺麗なお顔は迫力も満点だ。
私は何となく逆らうことは出来なかった。
左手にしてあるブレスレットを外し、おずおずと彼の掌に乗せた。
どうするのだろう?と思っていると、彼はいきなソファから立ち上がり、その長い足でスタスタと窓辺に歩いていった。そしてそのまま窓を開け、そのブレスレットを窓の外に放り投げてしまったのだ。
一瞬の出来事に何が起こったのかわからず茫然となった。
気づいた時には、私の手元にもハルムート様の手元にもルーウェン様からいただいたブレスレットはなくなっていた。
「ちょ…!何をするんですか!!」
私は慌てて窓に駆け寄った。
だが、明るいときにみると美しい庭園が広がっているだろう窓の外は、吸い込まれるかのような暗闇で。先ほどまで明るく照らしていた月も、今は分厚い雲が隠している。もちろんブレスレットの行方などわかるはずもなく。どうしたらいいのだろうという気持ちでただただ茫然と窓の外を眺めるしかなかった。
だが、沸々と怒りが込み上げてきた。
「どうして…どうしてこのようなことを?これは、いただいた大切な物なのに!」
「だからさ。」
言っている意味がわからない。
「そのブレスレットからはルーウェンの魔力を感じる。あの禍々しい魔力をね。だから捨てたんだよ。」
いや、それでも言っている意味が分からない。禍々しい?全くそのように感じたことはない。それよりも今、貴方のお顔の方がよっぽど禍々しく感じるんですけど。せっかく美しいのにもったいないことこの上ない。
「私がいただいたものです。あなたには関係ないのでは?」
ソフィリアは怒っていた。ハルムートのこれまでの意味のわからない言動と大切なものを投げら捨てられたことに。
「やはり、ソフィリア嬢はルーウェンが好きなんだね。」
は!?なぜそうなるの?
だけど、指摘された言葉に喉の奥がギュッとなった。言葉は出ないが、身体は正直だ。だんだんと頬が熱くなっていくのを感じる。だけど、それは否定しなければならなかった。私自身認めてしまってはいけないことだからだ。
「…いいえ。」
漸く一言絞り出す。すると目の前のハルムート様は一瞬呆れたように笑った。
「はっ。ソフィリア嬢は嘘をつくのが下手だね…?ソフィリア嬢はさ…本当に恨んでないの?ルーウェンのこと。僕には誤魔化さなくていいんだよ?」
「前にもお伝えしましたが、私はルーウェン様を恨んでおりません。」
これは私の本心だ。
「そんな姿になったのに?」
「はい。もともと美人ではありませんでしたし、身体に傷がつこうと見た目が更に悪くなろうと、気にしておりません。」
これは半分嘘だ。
まったく気にしてないことはない。やはり、私も女子。美人ではないにしろ、周りに可愛く見られたいと言う気持ちもある。まぁ、今はやるべきことが最優先でそれどころではないのだけど。
「…。」
どうやらハルムート様は全く納得がいっていない様子だ。明らかに不機嫌になっていると思う。先ほどまでの妖艶な作り笑いもどこかへ消えてしまっている。
今彼は何を考えているのだろう。
「…やはりルーウェンは、僕にない全てのものを持っているね。本当に羨ましいよ。優しい家族も慕ってくれる友人達も…僕にはなにもない。あんな化物のくせにあいつは全てを持っている。全部全部、僕にはないものだ。どうして僕にはないのだろうね?」
そう言ってこちらを見るハルムート様の瞳には憎悪と悲嘆の色が燻っていてゾクリとする。その感情は、いったい誰に向けてのものだろう?ルーウェン様へ対してなのだろうか。それとも…自分自身?
それにしても、ルーウェン様が全てを持っているだなんて言いがかりだ。彼も大切な家族を失っている。
それに、ハルムート様は何も持ってないというけれどそんなことはないと思う。確かに彼は家族には恵まれていない。同情するほどの過去を持っている。彼からしたら同情なんてされたくないだろうし、してほしくもないだろうけど。経験したことのない私には、それについて何も言うことができないし、言うつもりもない。
だけど、ハルムート様には過去ではなく今を見てほしい。ハルムート様の周りには、ハルムート様の味方になってくれる人がいるはずだ。それは、フェルナンド殿下でありレオノール様でありルーウェン様。それに勿論私もハルムート様の味方である。それにこれからだとヒロインもそうだろう。
それをわかってほしい。
ハルムート様は何も持っていないわけじゃない。そして決して独りじゃない。それを上手く伝えることができたら、そのことに気づくことができるんじゃないだろうか…。
私はそう思った。けれどどうやって伝えたらいいんだろう?




