休憩室
休憩室のドアをノックしたのは思いもよらない人物だった。
いや、前回も似たような出会いだったきがする。
そう、開いた扉の先にはこのゲームの攻略対象であるハルムート・フォン・ディスティーア様が立っていたのだ。
今日に限って何でこんなに関わりたくない人に出会うのだろう?嫌がらせか?
ハルムート様のサラサラと揺れる水色の髪は緩く一つに纏められているのだが、その醸し出す雰囲気が妙に色気を感じる。そしてその白いテイルコートは彼の繊細さを表しているようにもみえる。が、実態を知っている私はどうしてもチャラさを感じてしまう。
でもやはりイケメンには変わりない。なんて色気のある男前なんだと思うと同時に、なぜここに?という疑問が頭に浮かぶ。
それが顔にも出ていたのだろう。彼はクスリと笑って言った。
「ちょっと聞きたいことがあってね。ここにいるって聞いたんだ。そちらに行ってもいいかい?」
聞きたいこと?私に聞きたいことがあるってこと?それにしても、私がここにいることをルーウェン様から聞いたのかな?ルーウェン様が話したなら大丈夫よね…?そういえば、ルーウェン様も私に聞きたいことがあるって言ってたような…?
私は以前ハルムート様と2人で湖に行き楽しく帰ってきた経験から、完全に油断していたと思う。危害を加えられることはないだろうと。それに彼の後ろには侍従らしき人もいたのだ。二人きりにはならないだろうと思ってしまった。だから「どうぞ。」と招き入れてしまった。
入ってきたハルムート様は、目の前のソファに座り長い足を組んだ。だが、侍従らしき人はお茶を2人分用意し、ハルムート様の後ろに付くと思いきやそのまま部屋を出ていってしまった。
え?二人きりにするの…?それは少しまずいのでは?ファンに知られでもしたら大騒動だ。
でもまぁ、扉が開いた時に周りに誰もいなさそうだったし大丈夫よね…?
心臓が変な音をたてるのを感じながら、私は自身を落ち着かせるために用意してくれた紅茶を一口飲んだ。
「…あの、聞きたいこととは何でしょうか?」
「ああ、まぁ僕の興味本位なんだけど。まぁ、そうだね。単刀直入に聞くけど…ソフィリア嬢は、ルーウェンと付き合ってるの?」
「はぁ!?」
おっと、淑女にあるまじき声をあげてしまったわ。ゴホン。
「えっと…おっしゃっている意味が分かりません。」
「さっき噂で聞いたんだ。ルーウェンと付き合っているんじゃないかって。」
「…はぁ。」
何でハルムート様がそんなことを聞くのか訳が分からないが、そんな噂は否定しておかなければ。
「私たちは付き合っておりません。…以前、皆さんもご存知のあの不幸な事故が起こってしまったときにその代償として婚約を打診していただきましたが、私には分不相応です。勿論ですがお断りさせていただいております。ただ…ダンウォール様はお優しく責任感が強いお方ですので、いまだに気にかけてくださっているだけです。」
「本当にそう思っているの?」
「?ええ。もちろんですわ。」
だってルーウェン様の好きな方は学園に入った後に現れるんだもの。
「そう。じゃあさ、僕と付き合わない?」
「…はい?」
あまりの驚きに変な声になってしまったわ。
多分私の表情も今すごいことになっているだろう。それこそ淑女にあるまじき…ってやつかもしれないほどに。
はじめは聞き間違いかと思った。付き合うってそういう…なんというか恋愛的なやつじゃないと思っていた。というかそう思いたかった。けれど、目の前のハルムート様はニコニコと甘く妖艶な笑みでこちらを見ながら再度こう言った。
「言い方が悪かったかな?ソフィリア嬢、僕と恋人になって。ね?」
と。
正直理解ができなかった。
言いなおしてもらわないほうがよかった。それなら冗談で返せたかもしれないのに…はぁ。
それに…「じゃあ」って何?「じゃあ、付き合おう」って何?どういう流れでそうなったの?
ハルムート様が何を考えているのかわからない。わからないけど、わかることが一つだけある。それは、ハルムート様は私のことを好きでもなんでもないということだ。
だから私は、どうしていきなりハルムート様がそんなことを言うのか知りたかった。
「なぜ…なぜ、そのようなことをおっしゃるのですか?」
「なぜって、それは君のことを愛しているからだよ。好きなんだ。それじゃダメ?」
何ともないようにあっけらかんと「愛してる」と言うその姿の何を信じたらいいんだろう。
イケメンに告白をされているというのに全くときめかない。いや、確かに男前でそのお顔に瞳に見つめられるとドキドキはするのだけど。
だけど違う。そしてその理由はわかっている。
彼は女性を嫌悪しており憎んでいるのだ。だから私なんかを好きになるはずがないし、主人公でもない私なんかに心を開くはずもない。
私が何も知らない以前のソフィリアならこの告白にしずしずと頷いていたかもしれない。けれど私は知っているのだ。
だからこそ不思議でならなかった。
ハルムート様がいきなりなぜこんな冗談を言ったのか。何を考えているのか、何をしたいのか理解できなかった。
というか、できれば冗談だと言ってほしいんですけど!?
「ディスティーア様は、私を愛しておりませんよね?なぜ急にそのようなことをおっしゃるのですか?冗談にしては少しやりすぎだと思うのですが?」
「冗談…?…どうして僕があなたを愛していないというの?」
「ディスティーア様からは、好意が伝わってきませんから。」
「そう?結構アピールしていると思っていたのだけど。」
「そういうことではありません。私を愛しているという貴方の瞳や言動からはどう見ても私を好いているようには見えません。ディスティーア様…、貴方もいつかきっと本当に心から愛する女性が現れるでしょう。そういうことはそういう女性ができたときに言うべきですよ。」
そう、ハルムート様にもヒロインがもうすぐ現れるのだ。今はアホみたいに遊んでいたとしても、心から愛すことができる人が現れるのだ。
あれ、まって。ヒロインは一人しかいないけど、その場合どうなるんだろう…?確実にハルムート様とくっつくわけではないんだよね…?あれ…?その場合ハルムート様って…。
…いや、そのことを今考えても仕方ない。うん。
私はハルムート様の方に向き直る。
目が合った途端、ハルムート様の瞳の奥が僅かに揺れた気がした。
そして、彼はすぐに私から目を逸らしたのだ。その瞳はどこか遠くのほうを見ているようで。やや焦点が合っていないような、深い青緑の瞳は光を失っているよな感じにも見えた。
そしてぼそりと言った。
「…ねぇ、愛ってなんだと思う?」と。




