エリー様の誕生日会2
テラスに出た私はほっと息を吐いた。
会場の熱気とは違い、テラスはそよそよと吹く風が心地いい。火照った体をゆっくりと冷ましてくれた。
あ、ちなみにちゃんとユリウスには伝えてありますよ。さすがにね?
ユリウスは自分も行くと言っていたが、殿下たちへの挨拶は必要だろう。挨拶は全てユリウスに任せて、私は大人しくしているという条件で、テラスで1人になったのだ。
それにしても…皆イケメンだったわ。『傾国の美男子』の美男子が全員揃っているのを見ることができただけでも感動だけど、やはり心臓に悪いわねぇ…。
はぁ…イケメンだった。
私は暫くテラスにあるソファに座って反芻していた。
けれど、そうしてばかりもいられない。なぜなら今回のパーティーではやらねばならぬことがあるからだ。
さて、私の目的を果たさないと。
今回の目的。そう、それは情報収集だ。
殿下たちがこんなに早くいらっしゃったのは誤算だったが、あの方々に関わらずにこっそり情報収集すればいいよね。関わると何となくだけど情報収集が困難になる気がするのだ。
でもそうなると、再びあの魑魅魍魎の世界へと行かなければならない。
深い深いどの海よりも深い溜息がでるのは仕方ない。
はぁぁ。
ふと上を見上げると、月を隠した雲がぽわんと淡く光っているように見えた。上空はここより風が強いのかもしれない。雲の流れが速いから。
なんて関係ないことを考えて現実逃避をしようとしている自分がいる。
そんなことを考えている場合ではないと分かってはいるのだけどね。
はぁぁ。
でも時間は無限ではない。そう、私がやらなきゃ誰がやる!私はそのために頑張ってきたのだから。
そう頭を切り替え自分を鼓舞し、よし!と気合を入れようとしたその瞬間。
テラスの扉が開かれた音がした。
ガチャ。
吃驚して扉の方を見るが、暗いテラス側からは良く見えなかった。だけど、シルエットからスタイルの良い男性だろうということはわかった。
一瞬、心配したユリウスが現れたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
迷いもなくこちらにスタスタと歩いてくるその姿に月の光が当たった瞬間、私の時が止まった。
この闇夜に溶けてしまいそうなほどの漆黒の髪は、さっきまで隠れていたはずの月の光に照らされて淡く輝いているようにみえる。そして深紅の瞳はソフィリアを真っすぐと捉えていた。
そう、私の方へと歩いてくる男性の正体はなんとルーウェン様だったのだ。
な…なぜここに!?なぜここにルーウェン様が!?
慌てふためくソフィリアをその瞳に捕えながら、ルーウェンはソフィリアの目の前に立った。
ソフィリアにとっては、彼らと関わらないように動こうと思っていた矢先の出来事だ。驚かないわけがない。
そしてなぜかルーウェン様から怒っているかのような雰囲気を感じたのだった。
何故だかわからないがそのルーウェン様の様子を見て焦った私は、掛けていたソファから勢いよく立ち上がった。
だが慣れていないヒールでの素早い行動は、ソフィリアのバランスを狂わせる。そう、勢いよく立ち上がったはずみで左足を捻ってしまい、バランスを崩してよろけてしまったのだ。
そのまま横に倒れると思い強い衝撃に供えようと目を瞑った。だが、いくらたっても衝撃がやってこない。堅いものに当たった気はするけど衝撃はなく、そして全然痛くないのだ。
疑問に思った私は恐る恐る目を開ける。すると目の前には黒いものが。これはしっかりとした、だが肌触りの良い布である。銀の刺繍らしきものが目に入るが、近すぎて何が描かれているのかわからない。それほどの距離だった。
堅いが硬すぎず弾力が…ふむふむ。いい硬さだな。
その感触を味わっていると、上からドキッとするような低く綺麗な声が聞こえた。
「ソフィリア嬢、どこか怪我でも?」
声を掛けられてはッとした。今ここはルーウェン様の胸板~腹筋なのではないかと。なんて居心地のいい…ってそうじゃない!はやく退かないと!
「す、すみません!履きなれない靴で少しバランスを崩してしまったようです。怪我はありません。」
筋肉が気持ちよくて…とは口が裂けても言えないのである。
「そうか。休んでいるところに邪魔してしまって申し訳ない。一緒に休ませてもらってもいいか?それに誓約を交わして以降会えてなかったから…、少し聞きたいこともあるんだ。」
真っすぐとこちらを見る深紅の瞳に魂が奪われそうになる。先ほどの怒っている雰囲気はどこへやら。優しい声色でそう言われると、どうやって断ったらいいか…。やらなければいけないことを思い出し断ろうと思いながらも、その顔とその瞳には結局は逆らえない。逆らえるはずないでしょう!?
心の中で一呼吸入れて返事をする。
「ユリウスがきっと心配していますので少しなら。」と。
私はソファに再び座った。そのソファは2人では広く3人ではやや狭い微妙な広さだった。けれどルーウェン様は迷うことなく隣に腰掛けた。斜め前にある1人掛けの椅子ではなく、隣に。
私より深く沈むソファにドキっとしたのは内緒だ。
それにやはり距離が近く、心臓がうるさい。心地よかった風も今は意味をなしていないように感じる。私はルーウェン様にばれないようギリギリまで端に寄った。だって近いと緊張してしまう。
それに、そよそよと吹く風に揺れる触り心地のよさそうな漆黒の髪が、キラキラと月の光を反射していてつい見てしまうのだ。そして揺れるたびにまた心臓が大きく動くのである。
しばらくの間お互い話を切り出せずしん…となった空気を破ったのはルーウェン様の方だった。
「あの後も変わりはないか?」
「はい。ダンウォール様もとても忙しいとお聞きしましたが、体調は大丈夫ですか?無理して誓約を交わしに来ていただいたのだろうと思っていました。」
「無理なんてしていないよ。大丈夫だ。でもここ最近はとても忙しくてね。手紙も書くことができなかった。」
チラリとルーウェン様の方を見ると、ルーウェン様の瞳は私の髪を捕えているように見える。
この灰のような髪も月の光に照らされれば輝いて見えるのだろうか。いや、そんなことはないだろう。ユリウスのような銀髪ならさぞ綺麗だろうなぁ。
この月光の下に佇むユリウスの姿を妄想する。
うん、最高。むふふふ。
と妄想を膨らませていると、ルーウェン様の声で意識が戻る。
「ユリウスは無事渡せたようだね。」と。
私は何のことなのかわからなかったが、ユリウスのことを考えていたのでユリウスの名前が出てきたことに正直驚いた。
それにしても、渡せたとは何を…?と不思議に思ってルーウェン様の方を見ると、少し困っている表情をしている。
ルーウェン様の困った表情は珍しい。これは貴重なご尊顔を拝見できました。目に焼き付けておこう。
私がそうしている間も、ルーウェン様はわりと困った表情のままだ。
「あー、いや。なんでも…」
とルーウェン様が歯切れ悪く何か言いかけた途端、再びテラスの扉が開かれた音がした。
次は一体だれが来たのだろう?
この状況を打開してくれる誰かだと嬉しいのだけど。
けれど、ソフィリアのその願いはすぐに崩れ去るのだった。




