準備
「お嬢様、おはようございます。」
「おはよう、メリー。ついにこの日がやってきたわね。」
まるで今日が決戦日のように言う私に、メリーは不思議そうな顔をしている。
昨日の夜、いろいろなことを考えすぎてあまり寝られなかった。だが、目的があるお茶会だ。興奮しているのか緊張しているのかわからないが、全く眠くないしむしろ頭が冴えているような気さえする。
メリーは再びソフィリアの様子をみて若干苦笑いをしたが、すぐ気を取り直し準備を進めていく。エリー様の誕生日会は夕刻五時から開始だ。屋敷を四時より前に出なければ間に合わないだろう。
「そういえば、ユリウスはどうするの?」
「ユリウス様は本日の昼頃にご帰宅され、お嬢様と一緒に馬車で行く予定だと聞いておりますよ。」
溜息がてらに説明する彼女に『はて?』と思ったけど、そういえば昨日の夕食時にそんなこと言っていたような気もするな。うん。今日のこと考えすぎていてあまり話を聞いてなかったかもしれない。とりあえず話を逸らしておく。
「昨日も確認したけど、誕生日プレゼントは用意できていたよね?」
「はい。申し使った通りの品物と包装でご用意しております。」
「そう、ありがとう。忘れないようにも持っていかないとね。」
ソワソワする気持ちを抑えて準備を進めていく。
湯あみを終えると、メリーが念入りに香油で全身をマッサージしてくれた。普段は磨いても仕方ないし、人も時間も香油ももったいないのでやっていない。けど、メリー曰く『さすがに人前に出る前は最低限のことはしなければなりません!』と言ってさせられるのだ。前はくすぐったくてなれなかったが、少しずつ慣れてきた。というか、心地よく感じるようになってきた。うーん、気持ちいい。
ウトウトしかけていると、「さぁ、次はお顔と御髪を整えますよ!」と言われてはっとした。
軽く昼食を食べた後も準備が進んでいる。そこにノックの音がした。誰かはわからないが、急ぎだといけないので「どうぞ。」と言って入ってもらう。
すると、「お邪魔するね。」と知らない男の人の声がして思わず扉の方を見る。
けれど、開いた扉の方を見たはいいものの入ってきた人物が誰かわからない。なぜなら眼鏡を今は外しているからである。
誰だろう?
けれども扉を開けて立ち止まっているその人物は、眼鏡がなくてもわかるキラキラとしたオーラを纏っている。誰か確信したと同時に紡がれるその声は私の知る声とは違い若干戸惑った。
だが、完全に声変りをした彼の声は男の人のそれになっていた。
「ただいま、姉さん。」
「おかえり、ユリウス。」
そう、声の人物はユリウスだった。眼鏡をかけて久しぶりに顔をじっくりと眺めたかったが、今はメリーが髪を整えてくれている最中だ。残念だが、あとのお楽しみに取っておこう。
「ユリウス、準備はいいの?」
「僕は着替えるだけだからね。」
まぁ、何もしなくてもかっこいいものね。なんて羨ましいの。
「じゃあ、姉さんまた後でね。帰ってきたのを伝えに来ただけだから。準備頑張って。」と言って自室へと戻っていった。
わざわざ伝えに来てくれただなんて!それだけでも嬉しいのである。
さて。喜んでばかりいられない。
また準備が始まった。
もうすでに疲れた。疲れました。
私がいい加減うんざりしていると、
「さぁ!これで完成ですよ!」と言って、ハーフアップに整えた髪に髪飾りをつけてくれる。鈴蘭の花の可愛らしい髪飾りだ。こんなの持ってたっけ?
更に眼鏡をかけ、さらにルーウェン様からいただいたブレスレットをつけて完成だ。白いレースの手袋に赤い石が美しく映えている。これをつけるとやはり何だかふわふわする。
時間ギリギリになってしまったが、漸くこれで準備は完了だ。
私はユリウスが待っているであろう玄関先へと階段をゆっくりと降りる。ヒールのある靴で階段を降りるのはいまだに慣れない。
馬車の前には正装用の青い騎士服を纏ったユリウスが立っていた。背は完全に追い越され、見た目はすらっとしているがあの騎士服の下には筋肉がちゃんとついていると思うと萌えないわけがない。
思わず顔がニヤつくのを抑えることができない。
「ソフィリア様、お顔が…。」
するとすぐ後ろからついてきていたメリーに窘められてしまった。
ニヤついた顔は淑女らしくないのだろう。わかってる。わかってるんだよ。だけどね?ニヤつきたくもなるんですよ。弟といえど、目の前に男前が立っていて、更に私に向かって手を差し伸べてくれているんですもの。ニヤつかない女子がいたら目の前に連れてきてほしいぐらいよ。
そう思わない?
私は顔を必死に整えた後、目の前の麗しくも努力の跡が見える手を取って馬車に乗り込む。
正装用の騎士服が更に似合うようになってきたなぁと感じる。細かな銀色の刺繍がその輝く銀色の髪と相俟って、まるでユリウスのために作られたもののようだ。
対して私の今日のドレスは、シンプルなAラインのドレスである。胸元から肩や首にかけて白い緻密なレースに覆われており、二の腕まである手袋もはいている。いつものことであるが、ほとんど肌は見えない。
このドレスは美しい海のようなエメラルドブルーの色合いと艶感がり、幻想的な雰囲気を醸し出している。着る人が着れば大人っぽさや気品を感じることができるだろう、とても素敵なドレスである。
そう、それは着る人が着れば。つまり私が着なければの話である。せめてこの眼鏡がなければ…とも思うが、あってもなくても大して変わらないことも承知しているので結局似合ってはいないだろう。
それでも目の前のユリウスは、何が楽しいのかとろけるような笑みで私をみている。
肉親の情ってやつ?
いや、でも、あの…心臓が爆発しそうなのでやめていただけますか?その笑みは反則だと思います。口から心臓が出そうです。
一先ず、目を瞑り深呼吸をする。
ふぅ。いけないいけない。あまり直視するものじゃないわ。
だけどせっかく一緒にいられるのだから…と、チラチラとユリウスのご尊顔を堪能しながら近況を聞くことにした。
それにしても。チラチラでも眼福でございます。むしろそれがちょうどいい。ユリウスはユリウスで毎日訓練を頑張っているようで安心した。
声変りをして低くなったその声は、ルーウェン様と比べると若干高い音色に感じるがとてもいい声になっていると思う。うんうん。
さらに黄色い声が増えそうだなぁと少し心配になるけども。
そして心地の良いその声をもっと聴いていたかったなと思えるほど、あっという間に時間は過ぎ、エリー様のお屋敷へと到着してしまった。
日は傾き、茜色に染まる城のようなお屋敷はその存在を主張している。まるでラスボスがいる城へと乗り込んでいくときのような心情だ。
まぁそんなものはいないんだけどね。




