ジャン2【ジャン視点】
気がつくと見たこともない部屋の中にいた。
風も雨も絶対入ってこないだろう、屋根も壁も隙間一つない部屋だ。
俺を纏う見たこともないような真っ白で綺麗な肌心地のいいシーツと毛布。
小さな暖炉には薪がくべられ、部屋の中は温かった。
ここがどこなのか確認しようとしたが、俺は自分の身体を上手く動かすことができなかった。起き上がろうと試みても、頭を少し持ち上げるのに精一杯だったのだ。
凍えることのない温かな天国のような部屋。
その部屋に、1人の男の子が入ってきた。その後ろには大柄な男性が控えている。身なりのいいその男の子は、明らかに自分の住む世界と異なっている人物だとすぐにわかった。
俺は慌てて起き上がろうとしたが、やはり無理だった。
そんな俺を見てか彼は話しかけてきた。
「そのままでいいよ。話せるかな?僕はルーウェンと言うんだけど、君は?」
何が起きたのかわからない俺は、ただ黙っていた。と言うより、声すらも出すことができなかった。あと、混乱していたのもある。いきなり知らないところにいるのだから。
ここはいったいどこだ?
それより婆はどうなった?
「うーん、まだ話せなさそうだね。テーム、いつになったら話せるようになる?」
「そうですなぁ。」
そう言うと、テームと呼ばれた大柄の男は俺をじっとりと見た。俺は殺されるのではないかと一瞬恐怖を感じたが、どうやらそうではないようだ。
大男は俺を見て頷きながら「まずは体力の回復が必要かもしれませんな。」と言った。
「そうか。では滋養と栄養のあるものを用意しよう。そしたら話ができるようになるよね。」
そう言ってニコリと笑って2人は部屋から出ていった。
本当にいったいここはどこなんだ?
そして彼は誰だ…?
婆は…?
この時色々聞きたいことはあったが、動かない身体と倦怠感に苛まれ俺は再び意識を手放してしまった。
それからどのくらい眠っていたのかわからない。こんなに眠ったのは初めてだった。
目が覚めて暫くすると、再びあのルーウェンと名乗った男の子と大男が部屋に入ってきた。
大男が持っている皿の方からはとてもいい匂いがした。それは今まで匂ったことのない、とても惹かれる匂いだった。思わず俺の腹が反応したのは言うまでもない。
大男はゆっくりと俺を起こし、壁にゆっくりともたれさせてくれた。後ろと横には柔らかい布の塊が置かれており、全く痛くない。俺に対しての扱いに戸惑う。
「坊ちゃん、それは私がやります。」
坊ちゃん…?
やはり目の前の男の子はいいとこの子どもなんだろう。身なりからして貴族だろうか。
どうしよう。僕は貴族様に何かをやらかしてしまったのだろうか?貴族に何かをしてしまった場合、殺されると婆が言っていた。これはやばいのでは…?
そう思いながらチラリと男の子を見ると、スプーンを持って頬を膨らませてふくれっ面をしている。
「僕だってできるのに」と。
?
理解が追い付かない。けれど、目の前の男の子は俺に対して悪意があるような感じではないし、怒っているようにも見えない。
不思議に思っていると、大男がいい匂いのする皿と男の子が持っていたはずのスプーンを取り上げてこちらにやってきた。正直、少し怖い。
そう思っていると、
「大丈夫。テームはこんな見た目だけど怖くないよ。優秀な治療医だから安心して。」
とまたニコリと笑って言った。
ど、どう見ても治療医には見えないのだが…。
だが、大男から目の前に差し出されるいい匂いのするスープを拒めなかった。なぜなら究極に飢えていたから。
俺はされるがままに口に運ばれてくるスープを飲み干した。
こんなに美味しいと感じたものは初めてだった。
そしてたまにしょっぱく感じたのは仕方のないことだった。
手さえまだ十分に動かせない俺は、出てくる涙を止めようがなかったのだった。
それから数日後、俺は話すことができるようにまでなっていた。手足はまだ十分に動かすことができなかったが、立ったり座ったりはできるようになりゆっくりとなら歩くこともできるようになっていた。
今日も食事を持って2人がやってきた。
「さて、そろそろ話をしても大丈夫かな?そういえば、君の名前をちゃんと聞いてなかったよね。改めて自己紹介するよ。僕はルーウェンだ。よろしく。」
「俺は…ジャンだ。」
ぶっきらぼうに言う俺に怒ることもなく、目の前の少年は、俺が食事を食べ終えるまでずっとニコニコとしていた。
俺はずっと気になっていたことを意を決して聞いた。
俺はどうしてここにいるのか?
ここはいったいどこなのか?
そして何より…婆はどうなったのか?
目の前の男の子から聞いた話はまるで信じられない話だった。
「落ち着いて聞いてね。君はあの雪の日、魔力暴走を起こしたんだよ。」
俺が魔力暴走を起こしただって…?
そもそも俺は捨てられた子どもだった。魔力があることすら知らなかったのだ。
婆はもしかして知っていたのか?いや、そんなはずはないだろう。
「…俺の近くに婆がいたはずなんだけど…。婆は…婆はいったいどうなったんだ!?家は…。」
「残念だけど、君の魔力暴走で君の家はなくなってしまったんだ。多分その時に…その…婆という方も…。」
その時俺は頭が真っ白になった。
俺が…俺が…俺が殺したのか…!
俺が…婆を…。
いや…でも…あの時すでに婆は息をしていなかった気がする…。
でも…それでも…、婆をこの世から消してしまったのは俺だ!俺が殺したも同然だ!!
俺が…婆を…!!
俺は真実を知ったあの時、また暴走しようとしていた。
それを止めてくれたのは、ルーウェンという目の前の少年だった。
「落ち着いて。落ち着いてこっちを見て。」
「落ち着け、少年!魔力は感情に左右されるんだ。感情が乱れると魔力が乱れる。また魔力暴走を起こす気か!?」
ルーウェンがジャンの顔を両手で掴んで無理矢理と言える方法で目を合わそうとする。ジャンの焦点が合っていない瞳一杯にルーウェンの綺麗な顔が映った。目の前の男の子をみてはッとなったジャンは、荒い息のまま周りを見た。そして何かを叫んでいるテームのごつい顔が入り込み、ゆっくりと正気に戻ったのである。
ジャンは全身の力が尽きたように床に膝をついた。
この時俺は理解したのだ。
俺は魔力持ちであり、俺の魔力暴走によって家と婆を失くしてしまったということを…。




