ジャン 【ジャン視点】
本編から少し逸れますが、少しの間ジャンとお付き合いください。
さてさて。
また我がご主人様は何かを作っておられるようですよ。
おっと、俺はジャンという者だ。知ってる人は知ってるだろうが、知らない人もいるだろう。俺はルーウェン様の専属侍従兼護衛として、ここダンウォール家で働いている。そして、ルーウェン様の研究室に唯一立ち入ることができる人物でもある。
さて、気を取り直しまして。
その研究室で我がご主人様が何を作っているのかちょっと見てみようではないか。どれどれ…。
ふむふむ…。
どうやらブレスレットに嵌められてあるルビーを一旦取り外し、そのルビー1つ1つにどうやら何かの術式を刻み、魔力を込めているようですねぇ。
流石にそのブレスレットは自分用ではないだろう。きっとまたソフィリア嬢関連の物を作っているに違いない。
それにしても、あんなに細かい作業をよく延々としていられるものだと感嘆の息を吐く。
等間隔に飾られてあるルビーは、間違いなく最高級品であるが小さく繊細だ。それにルビーは1つではない。2重になっているチェーンに数個ついている。そのすべてに魔力を込め術式を刻み込もうとしているようだ。
まぁ、今のルーウェンサマにとってはそんなに難しい話ではない…か。
ジャンは組んだ指を頭の後ろに回し、壁に体重を預ける。
そして再び主であるルーウェンの様子を見た。
あの事件が起こるまでもルーウェン様は魔力コントロールの練習をしていたんだ。それは俺が証明できる。なぜなら一緒に魔力コントロールの訓練を受け練習していたからだ。
だからまさかあんなことが起きるなんて思ってもみなかった。
ルーウェン様と俺の出会いは、雪の日だったらしい。らしいというのはその時の状況をはっきりと覚えてないからだ。
異常気象とされたその年、この王都に雪が降った。今思えば、その日は俺の中で人生最悪の日であり、最高の日だったのかもしれない。
俺は元々孤児だった。生まれた年月も両親も知らない。だから正確な年齢は今でもわからないんだ。
まだ赤ん坊だった俺を育ててくれたのは、薄汚い恰好をした老媼だった。
なぜ俺を育ててくれたのかはわからない。路地裏に捨てられていた俺を憐れんでいただけかもしれない。だが、自分1人で生きていくだけでも大変な路地裏で、婆は俺を助け育ててくれたのだ。
俺は、俺を拾い育ててくれたことに感謝している。
それに、婆は俺に名前を与えてくれた。『ジャン』と。
意味は特にないらしいけど。
だけど婆の名前だけは一向に教えてくれなかった。呼び名は婆で十分だと。本人がそう言っていた。
婆はなぜか字の読み書きができた。俺は物心がつく頃から婆に字を教えてもらい、地面に練習していたのを覚えている。
だが、生活は困窮の極みだった。その日食べる物さえない日もあった。婆はどこからか食料を手に入れ、俺に与えていた。腐っている物もあったし、カビが生えている物もあった。それでも食べなければ死ぬ世界だった。水は雨水を桶に溜めて。それでも足りない時は川に水を汲みに行った。
ある日、桶の水が底をついたので婆と川へ水を汲みに行った。
凍てつくような寒さと痛いほど冷たく感じる川の水。
ふと疑問に思ったことを俺は婆に聞いた。
「どうやって食べ物を手に入れてるのか?」と。
自分でもできることがあるならやりたい。2人のほうがもっと食べ物を手に入れられると考えたからだ。
婆は暫く黙った。そしてこう言った。
「すべては女神様のお導きさ。婆が今こうやってジャン、お前といるのも女神様のお導き。いいかい?全てはなるようにしかならないのさ。ジャン、お前は…いや、そうだな。ここで生きていくなら知る必要があるだろうが、お前はいずれここから出ていくだろう。それまでは婆が面倒を見てやるから心配するな。」
全く答えになっていないその答えに何て返答していいかわからなかった。俺はあの時、ただお腹いっぱい何かを食べたいだけだったのに。
それ以降、婆が俺の目の前で何かを食べているところを殆ど見ることが無くなった。
後になって気づいたが、婆はあの頃から手に入れた食料の殆どを俺に与えてくれていたのではないだろうかと思う。あんなことを聞いてしまったからなのか…それとも。
まぁ…俺を育ててくれた理由も何もかも、今はもう知る由もないのだが。
婆と俺が住んでいた家は壁も崩れ屋根もほとんどなかった。
家とはいえないその場所は、雨が降ると更に悲惨だった。唯一屋根が残っている隅で2人で身を寄せ合い、ただ雨の落ちる音を聞いていたのを覚えている。
大きくなればここを出ていく。飢えることのない場所へと。
俺が婆にいつか楽をさせてやる。そんなことを考えてながら水たまりに堕ちる雨の波紋をただ見ていた。
暫く何も変わらない日々が続いた。
相変わらず婆は朝早く出かけ、そしてノソノソと昼過ぎに帰ってきては俺に食料を渡し、また出かけていった。俺はただボロボロの家の中で字を練習しながら婆を待っていることしかできなかった。
俺だって何か手伝いたい…そう思って外に出ても、死んだ目をしてユラユラと歩いている人間か、壁際で蹲っている人間しかいなかった。ただ、怖かった。
今思えば、当時4~5歳ぐらいだっただろうお子様に何ができるんだという話だ。
ある日、雪が降った。
雪を見るのは生まれて初めてだった。その年は普段雪が降らない地域でも雪が積もるという異例の年だったらしい。
その日は今までになく凍てつくような寒さで、手も足も思うように動かなかった。
壁も屋根もボロボロの家とは言えない家だ。風が吹けば全身が刺されるかのように痛く、家の中にも薄っすらと雪が積もっていた。
そう、寒さと飢えによる全身の倦怠感が容赦なく体の熱を奪っていったのだった。
いつもは朝早く出かけている婆が、今日はまだミノムシのように襤褸切れと藁にくるまって俺の横で寝ていた。流石に寒いのだろう。そりゃそうだよな。婆がいくつなのか聞いたことはないが、見た目とその動きから相当な歳だろうと思っていた。寒いのなら俺の藁も渡そう。
そう思い、俺は声をかけた。
「婆、寒いの?これいる?」
だが…返事はなかった。
初めは何が起きたのかわからなかった。身体を揺さぶっても起きる気配すらなかった。
だけど同じだった。時に外で倒れている人間がいた。呼びかけても返事はなく、そのうち小奇麗な服を着ている人間が数人やってきてどこかへ運んでいく。そしてその人間は二度と帰ってこなかった。
もしかして婆も連れていかれるのか?そうすれば俺は独りになってしまう…。
そんな恐怖が俺を支配した。
そして俺は…。
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