招待状
ハルムート様と湖に行ってからは、しばらく何もない平穏な日常を過ごしている。
ある日、この国の歴史を教わった後にぶどうジュースを飲んで一息ついていると、金色の蔓草模様が描かれている封筒を手に持ったメリーが部屋に入ってきた。
この豪奢な封筒は見覚えがある。
変に破れないよう丁寧に封筒を開けると、中には華やかな香りと共に1枚のカードが入っていた。
私は慎重にそれを取り出す。
そのカードは封筒同様に金色に輝く蔓草模様で縁取られており、その一枚だけでどれほど財力と権力があるのかが窺い知れる。
そして、その美しくも恐ろしいカードの中身を恐る恐る見た。
するとそれは、やはりエリザベス・テン・デュテローム様からの手紙だった。
内容は、簡単に言うと誕生日会への招待状のようだ。
まだデビュタント前のためか、招待されているのは子どもたちだけと書かれてある。だが子どもたちだけとはいえ、小さな社交場だ。地位や立場で自分の立ち位置が大きく左右されるだろう。
私の両親が快く許してくれるかはわからないが、相手は4公爵家。どっちにしろ招待されている身なので断ることはできないだろう。
その日の夕食時、デュテローム家から誕生日会の招待状が届いていることを両親に伝えた。すると予想通り二人とも虚無の表情で遠い目をし、それから諦めたように溜息を吐いた。
なんかごめんなさい。
でも私だってまさか王家の誕生日会に続き、子どもたちだけの誕生日会とはいえ公爵家が1つデュテローム家の誕生日会に呼ばれるとは思ってもいなかったのだ。
どうしてこうなった?いや、もともとこうだったのかな?
…わからないけれど。
誕生日プレゼントはすぐ頭に浮かんだ。前回出かけた時、これはエリー様っぽいなと思っていた品物があるのだ。
王子への誕生日プレゼント同様に私はエリー様に栞を贈ることに決めた。
たしかあの栞はとても繊細な造りをしていた。
銀の板に直接彫ってあるのだろうか?精巧に模られた艶やかな薔薇の花びらが繊細に何枚も重なり、まるで影絵のように美しいのだ。この美しさは何度見ても本当に繊細で、だが華やかでもある。先端からは繊細なチェーンが繋がっていて、その先にはエリー様の瞳を想起させるイエロー・ダイアモンドが輝いている。華やかで美しく、そして贈っても小さいものだから邪魔にならない。
邪魔にならないって大事だよね。だってどうでもいい人から邪魔になるものを贈られる程迷惑な話はないと思ってる。
私はメリーに頼んで買ってきてもらうことにした。なぜなら私が街に行くことを両親が許してくれなかったからだ。
本当はまた街に出かけたかったけど、私を護衛する人がいない。前回はユリウス達がいてくれたが、毎回迷惑をかけるわけにはいかないから。
貴族御用達の店とは言え、街に行くのにはさすがに護衛が必要だ。前に誘拐事件があったから、両親も私自身も身に沁みて感じている。
だが、デンパール家には私兵がいない。その為、どこかへ出かけるときは護衛を雇う必要がある。それも質の良い護衛を。質の良い護衛を雇うにはそれなりにお金が掛かるのだ。
ちなみにデンパール家は伯爵家であり領地も持っているが、全くと言っていいほど裕福ではない。領地があると言っても、国の最果ての土地で本当に小さな田舎の土地である。私はのどかなデンパール領がとても好きだけども、正直嘘でも裕福といえる土地ではないのだ。
デンパール領の特産品は、殿下の誕生祝にも献上した葡萄とその加工品である。田舎の海に面した土地柄であるデンパール領は、海からくる温暖な風の影響で気温差が少なく比較的湿度が高い気候なのだ。だからその小さな領のほとんどの土地でその気候に合う葡萄の栽培を行っている。主に赤葡萄酒に使われる葡萄らしい。
最近では白葡萄酒用の葡萄の栽培と加工も始めているらしいが、あまりうまくいっていないということを父とセバスが話しているのを軽く聞いたことがある。
この世界での飲酒は18歳から。私はまだお酒を飲むことができないため、もっぱら葡萄ジュースだ。だからお酒の話はどうでもいい。
どうでもいいんだけど、領のほとんどの人が葡萄の栽培とその加工に携わっているため、収穫量や加工品の出来によってその年の暮らしが全然変わってくるのだ。
年によっては、収穫時期に大雨が降ったり嵐や雹に見舞われることがある。自然災害により収穫量が減ったり品質が落ちたりするのだ。すると、デンパール領に暮らす人々はもちろんであるが、それを束ねているデンパール家の暮らしにももちろん大きく関わるのは言わなくてもわかるだろう。
1年だけならまだしも、もしかすると何年も不作が続く可能性もあるわけで。そうなるとたちまち我が家だけでなく領全体が困窮してしまうのだ。今現在とてもお金に困っているわけではないけど、そのような緊急事態の時に困らないよう、裕福ではない我が家では無駄な出費はできるだけ抑えるという方針である。
それは私も理解できる。領に暮らす人の上に立つものとして、領民のことを常に考えている両親のことを尊敬している部分でもある。
まぁ、つまりは私一人が街に行くために雇う護衛への代金がもったいないということだ。
まぁ理由はそれだけではないだろけども。心配性な両親である。自分たちやユリウスの目が離れた時に、私が何かしでかすのではないかと不安なのだと思う。
最近はそんなにやらかしてないと思っているんだけどなぁ。
それにしても、エリー様の誕生日会か…。
きっと次々に位の高い人との関りが増えてきていることも、両親の心配の種になっているのだろう。




