心【ハルムート視点】
いつも僕は笑みを張り付けていた。
そのほうが楽だったからだ。
なぜかそれが女性の中では魅惑の微笑みと称されていた。この微笑みを向けるとだいたいの女性は喜ぶのだ。
だが楽しんでいるのは女性だけで、今まで僕は馬車での女性との移動も会話も楽しいと思ったことはないし、内心いつもイライラとしていた。
充満するきつい香水の匂い。熱と欲望の籠った瞳にねっとりとみられるだけで疲労困憊だった。
だが、ソフィリア嬢との馬車での移動はいつもと違い心地良く感じた。久しぶりに笑った、そんな感覚さえした。やはり彼女からの視線は感じるが、変な欲望や熱を感じない。その分厚いガラスを通しているからなのか?いや、きっと関係ないだろう。
こんなことはやはり初めてだった。
ディアクリマ湖に連れてきたのは、正直な話をすると予定外だった。本当は王都の中心街でカフェでも巡ろうかと思っていた。だが、それではゆっくりと話ができないだろうと、思いついたのがここだった。
ディアクリマ湖は、王都の隣にあるディスティーア家の所有する領の中にある。詳しい位置は秘密だが、それほど王都から離れておらず僕にとって絶好の休憩場所なのだ。
ここはやはり心が落ち着く。本当は誰もここに連れてきたくないと思っていたのに、なぜここに来ようと思ったのかはわからない。だが、ここが一番ゆっくりとできる場所だった。誰も連れてきたことがないこの場所に、彼女はとても馴染んでいるようだった。
そして思う。彼女はやはり変わっている。
彼女は僕の弱っているところを出しても食いつこうとしてこない。他の女性なら、ここぞとばかりにその弱みに付け込み、僕の心を手に入れようとするだろうに。
因みに僕はこのやり方をほかの女性に対し何度も使っているが、勿論食いついて来ない人などいなかったのだ。
なぜだろう。僕に魅力がないのか?と考えたが、馬車での話を思い出すとそうでもないように思える。
何故なら彼女は僕を「綺麗な人」だと表現していた。
本当の僕は全く『綺麗な人』ではないのに。
そして彼女は本当に自然が好きなんだろう。僕が目の前にいるというのに、目を閉じて自然を身体全身で感じているようだった。デート中に僕をいないものとして扱われたのは初めてだった。
面白い。
自然と口元が緩む。
目を閉じている彼女を僕はじっと見つめていた。
それはいつもとは逆の光景だった。
湖に反射した太陽の光が彼女の髪色を染めている。彼女の白に近い銀色の髪は何色にでも染まることができる。風に揺れ何色にも輝くその髪をとても美しいとも思った。
その後、甘い菓子をとても美味しそうに頬張る彼女に聞いてみたいと思っていたことを聞いてみた。ある程度僕への警戒は溶けているだろう。
今なら本音を聞き出せるかもしれない。僕は彼女に単刀直入に聞いた。
「ルーウェンを恨んでいないのか?」と。
彼女はキョトンとした顔をして、さぞ不思議なものを見るように「なぜ恨まなければならないのですか?」と僕に返してきた。
なぜって、体に傷をつけられたうえに自分の視力を奪われそのようなガラスをつけなければいけない状態にされれば誰だって恨むのでは?と思う。
それでも彼女は、「これはダンウォール様のせいではありませんもの。事故みたいなものですし。それにこの眼鏡をかければ見えますから生活には困りません。」と笑顔で言いきった。
それは誤魔化しでもなんでもなく、彼女の本心だと一瞬感じた。
だが、正直理解できなかった。理解したくなかった。
だってそんなわけないだろう?
傷つけられそのような姿にされた相手を心の底から許せるか?
彼女はただ、ルーウェンの見た目が麗しく地位の高い相手だから許したのだ。心の底では決して許していないはずだ。
まだ僕への信頼が足りないからきっと本心を隠しているに違いない。
絶対にそうだ。そうに違いない。
ハルムートはそう思い込もうとした。いや、そう思い込むしかなかった。
何故なら、彼には全く理解できなかったからだ。
人は自分の理解の範疇を超えた時、自分の中の常識とものさしで物事を飲み込むことしかできない人が大半だ。ハルムートは理解できなかった。だから自分の考えが正しいと納得することしかできなかったのだ。
ハルムートはもやもやとしたものを感じながらソフィリアを屋敷に送り届けた。
別れ際のソフィリア嬢は、もしかするともう僕と会わない気かもしれない。そう思えるほど、彼女の言葉はあっさりとしていた。こんなあっさりとした別れは初めてだった。
それ故に、このままだと本当に繋がりが無くなってしまうのではないか少しばかり焦ったのは事実だ。
僕は彼女の本心・本性が見たいのだ。
そうだ。それなら友人になればいい。友人となれば繋がりが持てるし、少しずつ信頼も得ていけるだろう。女性の友人は初めてだけど、彼女の周りは存外居心地が悪くない。友人なら今後も気軽に会えるだろう。形だけの友人だとしても。
ふふ。我ながら良い案だと思う。
それにしても、僕のこと名前で呼んでと言った時の彼女の驚いた顔は面白かったな。
そう思い出しながら、ハルムートは再び馬車に戻った。
帰りたくもない家に帰らなければならないと思うと、知らず知らずのうちに溜息が零れてしまう。
家のことなんか考えたくもない。
僕はソフィリア嬢とルーウェンについて考え始めた。
前にも言ったがルーウェンは確実にソフィリア嬢を大切に思っているだろう。
彼女の左手首を思い出す。
殿下の誕生日会の時と同様に、今日も彼女の左手首には小さなルビーがあしらわれたブレスレットが嫌味に光っていた。ルーウェンの魔力を感じるあたり、やはりあれも魔道具なのだろう。どのような仕掛けを施してあるのかはわからないが、きっと彼女を守るための。
そうなるとソフィリア嬢も少なからずルーウェンを好く思っているはずだ。そうでなければルビーがあしらわれたブレスレットなんてつけないだろう。だが、彼女は心の底ではルーウェンを恨んでいるはずなのだ。ルーウェンと同等以上の地位と容姿を持っている者が目の前に現れれば、そちらへ乗り換えるはずだ。
そして僕はそれを証明することができるほどの地位と容姿を持っている。僕がもっと彼女に近づけばすぐにわかるだろう。確かに彼女は少し変わっているが、所詮女だ。きっとすぐに本性を現すはずだ。
ああ。考えたんだが、彼女の本心を僕が知るだけでなく、ソフィリア嬢を大切に思っているだろうルーウェンに彼女の本心と本性を見せてやるのも面白いかもしれない。ルーウェンに、僕と同じこの表現しきれない仄暗い感情を感じさせてあげられるかもしれない。
そう思うと、なんだか少し楽しくなってきた。
いい機会に恵まれるといいんだけどな。
誰もいない帰りの馬車の中で、ハルムートは酷く歪んだ顔で嗤った。
それはまるで虚しさを押し殺すかのようだった。
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