坂
さてさて、本日は王子の誕生日会です。
私は深い緑色のサテン生地のドレスを着て髪は結い上げ、もみあげの部分だけ垂らしている。ドレスは胸の上の辺りから首の上まで細かいレースで覆われており、それに合わせて作られているレースでできた手袋をはく。勿論は肌の露出は殆どない。
そしてルーウェン様から貸していただいた(?)ブレスレットを身につける。
白いレースの手袋に赤いルビーがよく映えているような気がして、なんだかまたくすぐったくなる。
さて、目の前の両親だが、わかりやすく青い顔をしております。たぶんだけど、今日招待を受けている貴族の中では位が低いだろう。それ故に何か起こっても、高位貴族に対して身を守るすべがないのだ。何もないよう祈るしかない。
重い足取りの私たちを載せて馬車が動き出す。ギギっと聞こえた車輪の音すらも王城へ行きたくないと言っているようだった。
「ソフィ、いい?必ず私たちかユリウスと一緒にいること!大丈夫ね?」
「わかっていますよ。」
私は軽く溜息を吐いた。
母のこの言葉はもう何回聞いたことか。ここ最近は顔を会わせるたび聞いていたのではないかと思う。因みにユリウスは王城で待ち合わせだ。
王城へは普段行くこともなかったので、記憶にある限り生まれてから初めての登城なのだ。まさか王子様のお誕生日会に呼ばれて初登城するは想像もしていなかった。
城への道は、既に馬車が溢れていた。
え…こんなにいるの?
思わず顔がひくついたのは言うまでもない。
「思っていたより多そうね。」
母さまも同じことを思ったらしい。顔色は相変わらず悪そうだ。
「うむ、それにどうやら東側の道を改修してるようでな。使える道が限られているから仕方ないのだろう。」
なるほど。他の道を綺麗にしているからこの道がこんなに混んでいるのか。
それにしても多すぎだろう。
思わず溜息が出る。
位の高い者はより城の玄関に近い位置まで馬車で行くことができる。格上の家格の馬車が後ろからやってきたら、道を譲らないといけないという暗黙のルールがあるのだ。
私たちデンパール家は、残念ながら今日招待を受けている人たちの中では明らかに位が劣る。そのためなかなか進めない。
どうするんだろうと少しハラハラしていると、父がとんでもないことを言いだした。
「早く出てきたが、このままだと時間に間に合わんかもしれん。馬車より歩いたほうがましだろう。仕方ない、ここから歩くか。」
と。
しかも母まで仕方なさそうに溜息をついている。
私は驚愕の表情を隠せない。
だって、え?ここから歩くの?
私は馬車の小さな窓から城の方を見る。
王城は少し小高い山の上にあり、ここからは結構傾斜のきつい坂なのだ。
ドレスを着て、慣れないヒールを履いてこの坂を登るの…?
だが、泣き言は言っていられない。なぜなら両親ともに既に臨戦態勢だ。それに王子の誕生日会に遅れて登場なんてことになれば笑いものになるだけ。
嫌々ではあるが私も馬車から降りるしかなかった。
地上に立ち再び見た坂は、まるで死の坂のように思えた。
いや、これ無理でしょ…。
それでも必死に坂を登る。そうするしかないからだ。
すると、同じように馬車から降りて歩き出している人影が見えてきた。みんな必死の形相であるが、たぶん私はそれ以上に必死の形相である。
人の表情を観察する余裕があるじゃないって?そうじゃないの、気を紛らわしていないともう足を動かすことはできないぐらい限界に近づいてきているの。なんせ私は元が引籠りだからね?体力なんてありゃしないのよ!まぁ、自慢することではないのだけど。はぁはぁ。
私のHPはもうゼロよ。はぁはぁ。
しばらくすると、大きな城門が見えてきた。頑丈そうな大きな鉄の城門の前には、門番が2名と、その横にユリウスが待っていた。夕焼けに染まる銀色の髪は淡くオレンジ色に輝いていて。最高の笑顔で迎えてくれる。
『ピロリン♪ソフィリアのヒットポイントは10回復した』
はぁ、癒し。死にかけていた心が少し上昇したわ。
「間に合ってよかったです。姉さんもお疲れ様。」
私を見て少し苦笑いしながら言った。
「ああ、今日はソフィリアのことよろしく頼むぞ。」
「ええ、わかっていますよ。」
はぁはぁ。
会話なんて無理。ちょっと呼吸を整えさせてほしい。というか座ってしまいたい。さすがにドレス姿で地面に座ることはしないが、限界である。
父は全然息切れなんてしておらず、普通に会話しているのが驚きだ。母は…少し肩で息をしているが、大きく深呼吸をした後にはいつもの母に戻った。さすがだ。汗もすっと引き、私は坂を登ってきておりませんと主張するように平然としている。
だが当然私には無理だ。
そんな私を見て母が言う。
「ソフィリアはもう少し体力をつけて、淑女教育をしなければなりませんね。」と。
大変恐ろしいのである。
さて、これから王子の誕生日会へと乗り込むわけで。だけど気合を入れるほどまだ元気が回復しているはずもなく。
はぁ、もう疲れた…。




