ブローチ2【ルーウェン視点】
なぜ彼女は禁忌魔術の存在を知っていたのだろうか。
禁忌魔術…。
読んで字の通り、決して使用してはならないと王国が定めている魔術。
使用した者には極刑。つまり死刑。そしてその刑は使用した本人だけでなく、家族・親族にも及ぶとされている。
この世界に禁忌魔術は大きく分けて2種類ある。
1つ目は闇魔術…所謂呪いと云われているものだ。
闇魔術の中でも種類はあるが、全般に禁忌とされている。最も危険な闇魔術は、直接人の精神に作用し人を意のままに操ることができるものだ。本人の意思とは関係なく思考・行動に影響を与えるとは、とても恐ろしい魔術だ。
それからもう一つは時間に関する魔術である。時を止めること、戻すこと、進めること。時を変化させるような魔術は全て禁忌魔術とされている。
実際このような魔術が本当に発動できるのかどうかはわからない。
何故ならこれらの魔術は膨大な量の魔力と対価が必要だとされているからだ。
人が有する魔力量が少なくなってきている今、これらの魔術を実際に発動できる人物はほとんどいない。だからこそその存在は忘れ去られ、今や王族と4公爵家の特定の人間ぐらいしか知らないと思っていた。
実際、禁忌魔術があるということ自体知らない人も多いだろう。特に彼女は今まで魔術のことを詳しく知っている様子はなかったのだが…。
彼女がなぜ禁忌魔術の存在を知っているのか。それから、それを私に禁ずる理由は一体なんだ?
確かに一時考えた。時を戻すことができればと。そうすれば母を助けることができ、彼女にも怪我を負わすことはなかったのではないかと。そして禁忌魔術について調べていたのも事実だ。だがそのことを彼女は知らないはず。
なのにいったいなぜ?
疑問に思った私は彼女に尋ねてみた。だが、彼女からの答えは何ともあっけないものだった。
特に理由はない、と。
理由なく禁忌魔術を使用するな、なんて約束をするのだろうか?そもそも禁忌のものだ。手を出さないと考える方が普通であるというのに。
正直理解できなかった。
けれど逆に彼女を知りたいと思ってしまった。
何を考えているのか、何を思っているのか。
もう会わないという彼女に、無理やり友人を押し付けたのはそのためだ。
それは私にとって非常に不思議な感覚だった。本来、私は人と接するのが得意ではない。理由は単純で、人と関わるのが面倒だからだ。だからお茶会やパーティーで自らご令嬢に話しかけにいったりはしないし、話しかけられても殆どそれに答えることはない。4公爵家の人間として最低限の礼節と威厳をもって接するのみだった。
だからこそ、今回のように他人のことを知りたいと思ったこと自体が新鮮だった。それに、なぜそう思ったのか自分にも興味が湧いた。
話したり一緒にいて不快感を覚える相手はとても多い。逆に不快感を覚えない相手は本当に数えるほどしかいないのだ。もしかすると、彼女とは本当に良い友人になれるのかもしれない。私はそう考えたのだ。
白い薔薇のブローチを見つめるルーウェンの口角は上がり、いつもの深紅の瞳には今までに見たこともないような優しい光が差している。
この顔を見てしまった人は男女問わず皆確実に落ちているだろう。
そう思いながらジャンだけがその表情をまじまじと見ていた。
見たことのない主人の姿にジャンはニヤニヤを隠せなくなってきていた。
この顔を見られると確実にヤバい。
ジャンはそんな危機感を覚え、その場から逃げることにした。
だが優秀な従者はアドバイスを忘れない。
「ああ、それとその術式を使うなら媒介にルビーを使っておけば?そうすればもっとスムーズに術式が発動するし、魔力の消費も抑えられると思うよ。それじゃあ、僕は怖いからこの辺で。」
ジャンはひくひくとなっている頬の筋肉を無理やり動かし、ニコリと愛想笑いをしてそそくさと部屋から出ていった。
「は?」
一体何が怖いのだ?
だが、このブローチを少し見ただけで術式を理解し、さらに助言をしていくあたりさすがとしか言いようがない。
大きな溜息を吐きながらルーウェンはブローチを触る。
「ルビーか…。」
ルーウェンは小さく呟きながら、机の引き出しから迷いなく数個のルビーを取り出した。
宝石は魔力を通しやすいことがわかっている。だが、知られていないこともある。それは人の魔力の質によって魔力を通しやすい宝石が違っていることだ。つまり、魔力と宝石には相性があるということ。それはジャンと共に多くの種類の宝石を用いて実験してきたからわかったことだった。
因みに私の場合はルビーだ。
ルビーは私の魔力と相性が良く、加工も容易い。
それはわかっている。
私の魔力を使うならルビーを使用すべきだと。
わかってはいるが…。
…この深紅のルビーは私の瞳を想起させるのだ。
それを彼女は嫌がるのではないだろうか。
そう思うと、どうしても躊躇してしまうのはしかたないだろう。
因みにだが、彼女にこのブローチを贈るのに深い意味はない。ジャンは少し何か勘違いしているようだが。ブローチ型の魔道具にしたのも、単に常に身につけていても問題のないもので、ネックレスや指輪などのアクセサリーよりはましだと思ったからだ。
ただ、私は彼女にこれ以上傷ついてほしくないと思っている。傷つけてしまった私が言うのはおかしいかもしれないが。
友人としていつも側にいられるわけでもないのはわかっている。だからこそ、御守り代わりにこれを贈ろうと考えたのだ。
…受け取ってくれるといいのだが。
小さく息を吐き、ルーウェンは大きすぎず小さすぎないほどのルビーを選んだ。
そしてそのルビーに新たに術式を刻んでいく。
ルーウェンの魔力を効率よく使い、円滑に他の術式が発動するような術式だ。ルーウェンはいとも簡単に、魔力で何もない空中に術式を描いた。そしてそれをそのまま焼き付けるようにルビーに刻み込む。
そして最後にそのルビーをブローチの中心に嵌めた。
完成したブローチを眺めるルーウェンの瞳は、まるでルビーの煌めきのような優しい光が揺らめいている。
だがそれをみている者は誰もいなかった。
ルーウェンはこの時、まさかこの後に誘拐事件が起こるなんて思ってもみなかっただろう。
だが、心底このブローチを贈っておいてよかったと、後々思うのだった。




