憎悪
『お母さま』だって!?
私は隣から聞こえてきた言葉に驚きと戸惑いを隠せないでいた。
ええ!?どういうこと!?お母さま!?どっちの!?いや、身なりからしてフォンラトス家の義母だろう。実母のことは覚えていないと言っていたし。
そして目の前の女性は、私と同様にマーガレット様の呟きが聞こえていたのか表情を一変させ叫び声のような言葉を発した。
「お前にお母さまなんて呼ばれたくないわ!」
どれだけマーガレット様のことが憎らしいのだろうか。
キンキンと頭に響くような金切声。オレンジ色の瞳には憎悪と侮蔑を燻らせたようを怒りを感じる。憎々しげにマーガレット様を睨むその表情は恐ろしく、もはや醜い。
私もマーガレット様もその圧倒的な負の雰囲気に何も言葉を発することができずにいた。
シーーンとしたその場の空気を破ったのはマッチョの男だった。
「どうしますか?今すぐ殺します?」
彼女の後ろからニタニタ顔で手を捏ねながら話しかけている。
「隣の子はだれなの!」
美しく醜い目の前の女性は、此方を見ようともしない。
「ああ、見られてしまったんで連れてきました。どうせ一人も二人も変わらないだろ?それにこいつの親に金ゆすれるかもしんないし。」
「馬鹿じゃないのあなたたち!ほんと間抜けで使えないわね!…金は私が倍払うわ。」
「…へいへい。毎度ありー。」
「まぁいいわ。もうやってしまいなさい。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
やばい。殺されるかもしれない。
それに話を勝手に進めないでほしい。
「何よあんた。関係ないでしょ!」
ちらりとあの目がこちらを見据える。ぞくっと背筋が凍る。マーガレット様はいつもこんな目で母親から見られていたのだろうか。それは辛かっただろうと容易に想像できるほどその瞳に恐怖を感じる。父に真実を聞きに行かなければ納得できないほど追いつめられていたのかもしれない。
「なぜマーガレット様を殺そうとするのですか?」
「あなたは何も関係ないの。何も知らなくていいのよ。」
そりゃあなたとは全く関係はないけども!でも巻き込まれた時点で関係はあるし。
…自分で巻き込まれに行ったくせにとかいうツッコミはなしでお願いします。
それに殺されたくないし、きっとユリウスたちが助けようとしてくれているはず。どうにか時間稼ぎをしたい。
「嫌です!どうせ殺されるなら知りたいです!」
「はぁ?あなた変わった子ね。まぁ…良いわ。死に逝くあなたへの餞の言葉ってやつね。
私の本当の子はね、死んだの。この子は夫の浮気相手の子よ。」
視線はまたマーガレット様の方へ向かう。マーガレット様はビクッと身体を強張らせ下を向いている。その表情は見えないが、やはり小さく身体が小刻みに震えているのが見てとれる。
「浮気相手の子?」
「そう。しかも平民との間の子。」
その間も憎々し気な瞳はマーガレット様を睨み続けている。
「だから?」
「はぁ?」
「だから殺すんですか?浮気相手の子どもだから?平民の子だから?」
「そうよ、何が悪いの?」
「悪いです。だって彼女は何も悪くない。悪いのは不貞を働いたあなたの夫の方でしょ?」
そう言うと、彼女はマーガレット様に向けていた憎悪に塗れた瞳を再びこちらに向けた。
ギリギリとまるで歯ぎしりの音が聞こえるように歯を食いしばっているのがみえる。
しまった。これって火に油を注いでしまったのでは…。
「うるさい!私の苦しみなんてあなたみたいなガキにはわからないでしょ!!なんで私の子は死んだのに、浮気相手の子はのうのうと生きているの?しかも同じ時期に妊娠して出産して…。なぜ…なぜなの…?…それに、なぜ私が育てなければならないの?どう考えたっておかしいでしょ?!?!私の子が死んだなら、この目の前の汚らわしい奴も死ななければならないの!そうしなければ、死んだ愛しい我が子が浮かばれないでしょう?」
それはたしかにおかしい。どう考えてもあなたの夫が。そしてどう考えてもマーガレット様、いやマリー様に責はないし、マリー様が死んだとしても貴方の子は浮かばれないと思うよ?心の底から、なぜ殺されなければならないのかわからない。
「正直私にはわかりません。あなたの苦しみなんて知りたいとも思わないですし。ですが、そもそもマーガレット様が死んでもあなたの子は浮かばれないと思いますよ。寧ろ悲しむのでは?それに、マーガレット様が生きているのも、育てなければいけない状況になったのもマーガレット様のせいじゃないでしょう?」
「うるさい!うるさい!うるさい!!!お前たち!さっさと殺しておしまいなさい!!」
金切声が倉庫全体に響く。もしかすると外まで響いているのではないかというぐらいキンキンとしている。
あ―――やっちゃったかも――――!
つい…つい火に油を注ぐようなことを言ってしまった。だって、どう考えてもマーガレット様が殺されるのはおかしい。間違いを犯しているのは夫の方なのに。
ぐるりと中を見渡すもやはり逃げ場はない。
そもそも手足が縛られているから逃げようがない。それにもし足が自由になったとしても、この震えた足では立つこともままならないだろう。
恐怖でガチガチと鳴る歯の音。浅く早くなる呼吸の音。そして痛く感じるほどの心臓の音が一層より鮮明に耳元で聞こえる。
ギラリと茜色に光るナイフが目に入った。
太陽が沈み始め、銀色のナイフは小さな窓から入る夕日により茜色に染まっていた。マッチョの男がこちらへニタニタとしながらゆっくりとやってくる。その足音はまるで死へのカウントダウンだ。私たちの後ろには藁が積み上げられており、逃げ場はない。私は縛られた足を必死に動かしてマーガレット様より前にでる。
「どっちもすぐに同じようにしてやるよ。」
とマッチョの男はニヤニヤと薄気味悪い顔で、茜色に染まったナイフを目の前で大きく振りかぶった。
危ない!!
私はマーガレット様を庇うように覆いかぶさった。
せめてマーガレット様だけでも。
ぎゅっと目を瞑る。ふと銀色と漆黒の髪が瞼の裏に浮かんできた。
ユリウス…いうことを聞かなくてごめんなさい。
そしてお父さまお母さま…今までありがとう。
結局この生でも親孝行できなかったなぁ…。
もっとイケメンをこの目に焼き付けておきたかったなぁ…。
そういえばまだ攻略対象全員のことをこの目で見れていなかった…それが一番後悔だなぁ…。
なんていろいろ考えていても、いつまでたっても痛みがやって来ない。あれ?もしかして私…もう死んだ?と思って薄っすら目を開けると、男2人は床に転がり、鎧を着た騎士兵たちにすでに取り押さえられていた。
え…?
一体、何が起こったの!?




