秘密
次に目が覚めたのは乗り心地の悪い幌馬車の中だった。
ガタゴトと車輪の音が聞こえる。振動が凄い。時にガタッと大きく跳ねるその車輪が走る道は整備されていないような道を走っているのだとわかる。
目の前には大きな木の荷物箱が数個。私たちを隠すように配置されている。隣にはマーガレット様。彼女はまだ目を覚ましていないようだ。手足は縛られているもの口は塞がれていないし目は見える。眼鏡が外されてなくてよかった…。
さて、どうするか。どのくらい眠っていたのかわからない。だがまだそんなに経っていないと思う。なぜなら幌の隙間からは、まだ明るい光が入ってくるからだ。そのおかげで周りがうっすらと見えるのは、よかったと思う。
そんなことを考えているとマーガレット様が目を覚ましたようだ。
「ん…。」
「マーガレット様、お目覚めになりました?」
小さな声でマーガレット様を呼ぶ。
私をみたマーガレット様は青い顔をして叫びそうになるのを、私は必死に顔を横に振って止める。
するとぽろぽろと泣き出してしまった。
状況がわからないから怖いよね。薄暗いし、知らない人が目の前にいるし、手足は縛られているし。
よしよしと頭を撫でたいが、手を縛られているためにできない。
「怖いとは思いますが、今は大人しくしていてください。この馬車を操っている人たちに聞こえてしまいますから。」
そう言うと、素直にこくりと頷いた。泣きはしているものの、彼女も冷静だ。誘拐されたことも理解しているのだろう。
「はじめまして、マーガレット様。わたくしはユリウスの姉、ソフィリア・アル・デンパールと申します。こんなところでの紹介になってしまって残念ですわ。」
怖がっているだろう彼女に少しでも安心させてあげたくて、笑顔で自己紹介をする。もちろん声は潜めてある。
「あ、ユリウス様の。はじめまして…。…マーガレット・ジィ・フォンラトスと申します。私もこのような恰好で、残念です。」
お互い顔を見合って、静かにクスクスと笑う。
「ユリウスはあなたが誘拐されたことを知っています。きっと助けに来てくれるはずです。」
「でも、どうやって…?場所はわかるのかしら…。」
か細いその声はやはり怖いのだろう、震えている。
「…どうでしょう。この感じだと街を抜けている感じがしますね…。でも、あきらめてはいけません。」
「はい…。」
とはいうものの。眠らされていたから目印が何も残せなかったんだよね。正直かなりのピンチだ。
だが、考え込むより話していたほうがお互い気持ち的に楽だろう。そう思い、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ところで、聞いていいですか?」
「なんでしょう?」
「なぜ温室で一人きりでいたのです?」
敷地内とはいえ、貴族の女の子が一人でいること自体が珍しい。
彼女は少し悩んだあと、口を開いた。
「実は…2日ほど前に手紙をいただいたのです。名前が書かれていなかったので不審には思いましたが、書かれている内容が内容で…気になったので。」
「差し支えなければどのような内容が書かれていたか聞いてもよろしいですか?」
「…。私の秘密を知っていると。一人であの場所に来なければ私の秘密を公にすると。」
「秘密…?」
「はい。実は、私…妾腹の子なのです。」
え、そんな設定あったかしら?
私が黙っていると、そのままゆっくりではあるが話を続ける。
「フォンラトス家の奥様にはレオノール様ともう一人、奥様自身がお腹を痛めて生んだ娘がいたのです。…ですが、生まれてすぐに突然亡くなってしまったそうです。奥様は、それはもう大変お嘆きになったそうです…。」
「じゃあ、あなたは…?」
「私は…。私はその子ではありません。私は…その子の代わりです。
私の母は平民でした。私は父と平民の間の子なのです。父は…奥様が妊娠中にも関わらず、その…私の母と関係を持ってしまったそうです。」
なんてこと。まぁ、貴族にありがちな話ではあるけども。それにしても奥様の妊娠中に浮気しなくても。
「…そして同時期に妊娠してしまい、生まれたのが私です…。生みの母は、私をとられたくないと妊娠したことを父に言わずに隠していたそうです…。だけど…この髪色の子どもはそうそういませんから…。私のこの髪色は父にそっくりなのです…。」
心底その髪色が嫌そうに、綺麗なウェーブのかかった髪を見ながら話す。
彼女を抱きしめてあげたい。ええい、紐が邪魔すぎる!
「えと、それで…みつかってしまった私は亡くなったお嬢様の代わりとしてフォンラトス家に入れられました。」
「代わりですか?養子ではなくて?」
「…はい。亡くなったお嬢様の代わりとして…です。私はそれからマーガレットとして生きるようになりました。」
「つまり、マーガレット様には本当の名前があるってことですか?」
「はい。私の本当の名前はマリーと申します。」
「そうなのですね…。マリー様…。」
「いえ、私のことはマーガレットと呼んでください。あと、様はいりません…。」
それは家の位的には無理だろう。
「その時のことは覚えているのですか?」
「いえ…。私がフォンラトス家に入ったときはまだ1歳の時でした。なので何も覚えていません。実の母のことも。
…けれど、母…フォンラトス家の奥様の様子から、私は本当の子どもではないのでは…と思い始めて…。父に問うてみたのです。」
「なるほど…。」
「父には絶対に秘密にすること、と約束をしてこれまで話した内容を教えてもらいました。実の母のことは聞いても話してもらえませんでしたが…。それにもし秘密を漏らしたりしたら、実の母の命の保証はないと言われました。」
え…私に話しちゃっているけど大丈夫…?
私の心の声が聞こえたのか、彼女はくすっと笑って
「大丈夫です。…ソフィリア様は人に話したりしない人だって思うから。それに…ずっと誰かに話したかったのです。もう死ぬかもしれないと思うと、その…その前に誰かに話したくて。重い話を…ごめんなさい。」
確かに重い。私には重すぎる気もする。こんな設定知らなかったし。
もしかしたらフォンラトス家の重大の秘密を聞いてしまったのでは…?
だけど、スッキリしている彼女に水をさすのもあれだから、空気を読んで
「いいえ、大丈夫です。私すぐ忘れるので。」と返しておいた。
一応私も空気を読むことはできるのだ。
彼女はまたクスクスと小さく笑って「ありがとうございます。」と言った。
それからこの後のことを話しあった。
とりあえずどこに連れていかれているのかわからないし、犯人も全く知らない人だった。そもそも私が知ってる人物は少ない。自慢ではないけども。だが、マーガレット様も同様に全く知らない人だったらしい。もしかすると、主犯格の人物がいて彼らは手足に過ぎないのかもしれない。
とりあえず、馬車が止まったら抵抗せず寝たふりを続けようということになった。なるようになるしかない。
そんな話をしているとガタンっと乱暴に馬車が止まる。私は目の前の木箱に顔をぶつけてしまった。痛い。
ガサゴソと幌を開けようとする音が聞こえてきた。
2人に緊張が走る。
お互いに目を合わせ頷いた後、とりあえず寝たふりをした。
ブックマーク・評価ありがとうございます。
とても嬉しいです。
誤字報告もありがとうございます。
大変助かります。




