糸
さて。私は再び彼らに向き直る。
彼らは袋に入った彼女を荷物のように肩に抱え、何事もなかったかのように奥へと歩いていった。
向こうからも出入り口があるのかもしれない。震える足を叱咤しながら、ゆっくりとバレないよう細心の注意を払いながら彼らの後をついていく。
暫くすると、小さな出入り口を見つけた。
管理者用の出入り口なのかもしれない。だがやはりこちら側にも出入り口があったようだ。
彼らは扉を開けるとその前に止めていた荷車に袋を下ろし、庭師の作業服のようなものに着替えていた。かなり用意周到な誘拐犯である。
私はその間に、出入り口近くにある木に糸を括り付ける。
え?なんでって?後から追ってくるユリウスたちの手掛かりになればと思って。大丈夫。一番細い糸で見えにくい糸だから。
え?そうじゃないって?何でもってるのって?そりゃあ備えあれば憂いなしってやつですよ。
あの時、目についた糸を持ってきていてよかったと思う。因みにあの時と言うのは、鏡で私の不協和音具合を再確認していたときね。ふと鏡越しに刺繍箱が目に入ったの。中にはいろんな色の糸があったけど、目立ちにくそうなくすんだ黄緑色を手に取って忍ばせていた。どうやらあの時の直感は正解だったようだ。
そんなことを考えていると、着替え終えた彼らが荷車を押して歩き始めた。
きっと使用人用の門から出る予定なんだ。外に出て馬車にでも乗り込まれると厄介だ…。馬車にはさすがについていけない。
ユリウス…早く!
そう考えていると、大きな木の下にある庭師用の小屋だろうか。その小屋を右に曲がった。ソフィリアは小走りで小屋に近づき、壁を背にして彼らが曲がったほうをちらりと見る。
「え…?」
そこには荷車だけが置かれており、彼らの姿がなかった。
荷車に近づき、中を覗いたがそこにも何も入っていない。
「いったいどこへ行ったの…?」
すると後ろからいきなり声が降ってきた。
「誰かをお探しかな?お嬢ちゃん?」
「……っ!!」
ゆっくりと振り返ると、すぐ後ろにはマッチョがいた。
バレていたのね…。腰が地面に着く。足が震えて力が入らないせいだ。それでもなんとか言い訳を絞り出す。
「いえ、友人とかくれんぼをしていて迷っただけですわ。」
できるだけ声が震えないよう、冷静に話す。それでもやはり、少し裏返ってしまったのは仕方ないだろう。
「ほう。そうかい。それならこの道を真っすぐ行けば戻れるよ。」
逃げられるか…と思ったのも束の間。目の前の男はニタァと笑って「なんて言うとでも思ったかい?」と言った。
やはりバレてたか。仕方ない。切り替えよう。マーガレット様もすぐに殺していなかったし、私もすぐに殺されることはないだろう。
すると後ろから細身の男がひょっこり顔を出してきた。
「兄ぃ、やっぱりつけられてたのかい?」
「ああ、いや、ただの小娘さ。なんもできるはずがない。こっちについて来ず、大人でも呼びに行けばよかったのになぁ?」
「はは、なんだ。ただのおバカちゃんか。で、どうする?」
「俺たちの顔を見られたんだ。あの娘同様、用事が済んだらバイバイだな。こんなみてくれだがそのナリを見るに、こいつも一応お貴族様の娘だろう?それなら金になるかもしれん。」
「おう。わかった。んじゃあ、叫ばれたら迷惑だし、あそこに着くまで寝かしとくか。」
やばい。寝てしまうと道がわからなくなってしまうではないか。さすがに糸もそんなに長くはないし。
嫌がってはみたものの、マーガレット様同様に頭を抑えられ布を当てられた。できるだけ嗅がないようにしていたが、すぐ息が苦しくなり結局は吸い込んでしまった。
強い眠気に襲われる。せめてここで襲われたという証拠を残しておかないと…。糸は先ほどしりもちをついた時に手放している。もう1つ何か…。
だが手はもう痺れて動かない。最後の力を振り絞り、なんとか靴を脱いだ。回収されたら終わりだけど、最後の抵抗だ。目が強制的に閉じられていく。
「おい、なんか向こうが騒がしくなってないか?」
「もしかしてバレたのか?」
「いや、それはないだろう。だが、急ごう。」
「わかった。」
薄れゆく意識の中でその会話を聴き、ユリウスに感謝しながら私は意識を手放すこととなった。
第18・19話にユリウス視点を挿話してしまったため、話数が2話分ズレてしまっています。
わかりにくくなり、申し訳ありません。




