妹
ルーウェンは立ち上がり、深紅の眼差しを二人に向ける。
「先月ぶりだね。ソフィリア嬢、ユリウスも元気そうでよかったよ。」
「はい。ダンウォール様もお元気そうでよかったです。」
「あなたの姉上はまたどこかへ飛んでいるのかな?」
ルーウェンはソフィリアを興味深げに見ている。
だがそれにソフィリアは気づいていない。
「申し訳ありません。すぐに呼び戻します。姉さ…」
「あ、あの!」
「ん?」
「その、カフスボタン…!」
「ああ、このカフスボタン?今日のために作ったんだ。ソフィリア嬢に贈った薔薇の形と一緒にしてみたのだけど。」
ルーウェンの柔らかい表情に気づくこともなくソフィリアはカフスボタンを凝視していた。ルーウェンの見たこともないその柔らかな表情に周りが驚いているということも知らずに。
「今日のために…ですか?」
「そうだよ。君に贈ったそのブローチと一緒に作ったんだ。」
「あ!そうだ!素敵な贈り物を本当にありがとうございました。とても素敵なブローチでつい魅入ってしまいました。ルーウェン様のそのカフスボタンもとてもよくお似合いですね。」
彼の瞳の色と同じ深紅の薔薇のカフスボタン。
「喜んでもらえたならよかった。ソフィリア嬢もよく似合っているよ。」
二人のやり取りを遠巻きに見ていた周囲の人はその光景を信じられないという表情で見ていた。なぜなら、いつも無表情だと言われているルーウェンが若干ではるが微笑んでいるからである。だが、ルーウェンが微笑んでいることにソフィリアは気づいていなかった。
なぜならソフィリアは、既に自分の世界に入り込んでいたからだ。
周囲の人物はまるでソフィリアがルーウェンを無視しているように見えていたかもしれない。けれど、ルーウェンとユリウスだけは、ソフィリアの意識がすでに違うところにあるということに気づいていた。
「申し訳ありません、ダンウォール様。」
「かまわないよ。」
ユリウスとルーウェンは同時にソフィリアを見る。ユリウスはこうなればもう仕方がないのだという表情を、ルーウェンは面白いものを見ているような、見る人が見ればその中にも慈愛が籠っているとわかるような表情をしていた。
そして周りの人々は驚きのあまりただ黙ってその光景をみていた。
今日のためにカフスボタンとこのブローチを作った…?
バッともう一度彼らの背恰好を見てみる。
…一緒かもしれない。念のため周りの雰囲気も確認する。
…やはり一緒かもしれない。この庭の感じもなにもかも。
心臓がバクバクと跳ねている。嫌な汗が背中を流れる。手足が冷たく、まるで凍り付いているように動かない。
多分だけど、確証はないけれど。けれど妹さんが誘拐されたのはこのパーティーの可能性が高い。
考えろ。考えろ。誘拐事件が発覚したのはパーティーが終わろうとした頃だったはずだ。
いつ…。どこで…。
いや、わからないことを考えていてもしかたない。まずは妹さんの居場所を見つけよう。まずはそこからだ。
私の顔色が急に悪くなったからだろうか、ユリウスが声をかけてくれた。
「姉さま?大丈夫ですか?顔色が良くありません。」
「大丈夫よ。」
心配そうな表情をこちらに向けているユリウスに、そうニコリと笑って答える。
「いや、かなり顔色が悪そうだ。休ませてもらったほうがいい。」
大丈夫だと言っているのに、ルーウェンが私の手を引こうとした。
だめ!今休んでいる場合ではないのだ。
「まってください!私は大丈夫です。それより聞きたいことがあるのですが。」
「聞きたいこと?」
二人は顔を見合わせて不可解なものを見るような表情でこちらをみた。
「妹さん…レオナール様の妹さんって知っていますか…?」
「ああ、マーガレット嬢のことかな?さっきまであちらにいたのだが。どこかに行ってしまったみたいだな。」
さっきまでいたの?もっと早く聞いておくべきだった…。
マーガレット様はいったいどこへ…。
「どうしたの?」
ユリウスが更に心配そうにこちらを見ている。
「え?特になんでもないのよ。マーガレット様と話してみたかったんだけどなって思っただけ。…どこに行ったかわかる?」
「いや…」
「マーガレットがどうかしたのか?」
妹の名前が聞こえたからなのかレオナール様が会話へと入ってきた。
「いえ、マーガレット様にもご挨拶したいという話をしていたのです。」
と私が答えると、
「ああ、そういうことならたぶんマーガレットは温室にいると思うぞ。あいつはすぐどっかいくんだ。別に温室には自由に入ってもいいけど、もうすぐ戻ってくると思うぞ。挨拶は戻ってきてからでもいいだろ?ユリウス、ルーウェン、向こうでハルムート達が待っている。こい。」
「…。」
ルーウェン様はチラッとこちらをみながら若干面倒くさそうにレオナール様とともにハルムート様の所へ行った。ユリウスはというと、姉の体調が心配なのでと言って断ってしまった。大丈夫なのに。
それよりもマーガレット様だ。温室にいるだろうと言っていた。しかも自由に入ってもいいと。それなら行きたい。
「ユリウス、私マーガレット様にお会いしに行こうと思うの。あなたはどうする?ここに残っていていいのよ?」
というか危ない可能性があるからむしろ残っていてほしい。
「…行きます。一人で行かせるのは怖いので。」
あら。なんでこんなに信用がないのかしら?おかしいわね?いや、自業自得か。一人で妹さんに会うのはあきらめるしかないのかもしれない。
そうして近くのメイドに温室まで案内してもらうことにした。




