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傾国の美男子  作者: 空乃明
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あの日のこと2【ルーウェン視点】

屋敷の前は弔問に訪れる貴族で溢れかえっていた。


4公爵家当主の妻の葬儀だ。王都にいる貴族だけでなく領地にいる貴族もほぼ全員が訪れていただろう。



ざわざわと多くの人の声が聞こえるが、それはまるで非現実のような光景で。すべてが壁一枚隔たれたところで行われているようにも感じた。



妹が疲れたのかぐずり始めた。最初は宥めていたが、徐々にぐずりが激しくなってきた。それをみかねたメイドが妹を連れだしてくれた。

朝からずっと起きていたから、きっと眠たいのだろう。



まだまだこの列は終わりそうにない。そう思いながら列の先を見ると、ソフィの姿があった。

…あの事が起こるまでは、お互いを愛称で呼び合っていた。私は彼女をソフィと、彼女は私をルー様と。彼女はもう忘れてしまっているかもしれないが…。



ソフィの紫の瞳には一杯に涙が溜められ、気づかわしげにこちらを見ていた。


私は意識的に固く握っている手を更に強める。ソフィを見て気が緩んだのかもしれない。私はソフィの涙につられていつの間にか泣きそうになっていたのだ。鼻の奥の方がつんとして、目の前がぼやけてきていた。

だが、皆の前では泣きたくはなかった。誰にも泣き顔を見られたくなかったのだ。私は兄に手洗いに行ってくるとだけ伝え、今は別れの場となっている教会を速足で抜け出してただ無心で歩いた。


だが、どこへ行っても人がいてどうにも心が落ち着かなかった。




貴族に囲まれてわかったのは、貴族の薄汚さだった。

勿論弔問に訪れる人に中には、心からお悔やみの言葉をかけてくれている人もいる。母の死を悼んでくれている人がいるのもわかっている。だが、大半は体面を保つために義務として弔問に訪れる人や内心ほくそ笑んでいる人が多かった。


今思えば、貴族なんてそんなものかもしれない。だが、母が亡くなったばかりだというのに、次の奥方候補の話でもちきりになるのには正直うんざりだった。



そして歩き回っている中で気になる噂を耳にした。それは、母が実は誰かに殺された可能性があるという噂だ。



聞いた時は酷く戸惑った。噂をしている貴族に話しかけようかとも思った。しかし、きっと僕には話してくれないだろうと思い、バレないように陰で話を聞くことに徹した。



どういうことだろうか?

僕は、母が不慮の事故により亡くなってしまったと聞いていた。馬車が横転し、打ち所が悪かったと父が説明してくれたのだ。


だが聞いた話によると、馬車が横転したのは突然馬が暴れ出したせいであるらしい。なぜ突然馬が暴れ出したのかは理由がわかっておらず、そもそもあの日は天気の良い日で道の不備もなかったと聞く。人が溢れていた訳でも、野盗に襲われたわけでもない。馬が突然暴れる理由がないのだと。

どう考えてもいきなり馬車が転倒するのは不自然だったと。


話を聞けば聞くほど、誰かが不慮の事故と見せかけて母の命を狙ったように見える。

父はこんな話をしてはくれなかったが、この噂を知っているのだろうか?いや、確実に知っているだろう。暴れている馬を目撃した人がいるなら尚更のことだ。きっと今頃調べつくしているだろう。

けれど父は…どうして真実を話してくれなかったのだろうか?




気が付くと、私はいつの間にか母の大好きだった薔薇の庭園へときていた。教会からは一番遠い庭園だ。今はもう薔薇の季節は終わり、緑だけが広がる庭園。華やかだった世界が、まるで主人を失ったかのように閑散としていた。私は膝を抱えるように小さくなって隅に座り、膝の上に頭をのせる。



以前にもここにこうして座った記憶がある。

あれは確か、6歳の頃だったか。あの頃はよく兄弟喧嘩をして家の中でも魔術を使っては両親に怒られていた記憶がある。喧嘩のきっかけはなんだったのかすらもう記憶にない。けれど、5つ上の兄に力で適うはずもなく、私は習得したての魔術を兄に向って放っていた。兄は勿論余裕綽々の表情ですべていなしていたが。

だがまだ上手くコントロールができていない私の魔術は、全て自分の思った通りに放てるわけではなかった。兄に向って放ったはずの小さな氷の刃が1つ、思いもよらぬ方向へと飛んでしまった。そして私の放った氷の刃で、母のガラスの置物を壊してしまったのだ。


私は、母がその薔薇を模ったガラスの置物をとても大事にしていたのを知っていた。いつも慈しむようにその置物を眺め触れていたことを。壊すつもりはなかった。けれど、元に戻すことができないほど粉々に壊してしまったのだ。


私はどうしていいかわからず、逃げるようにここにきて今みたいに蹲っていたのだ。

暫くすると、温かい体温を隣に感じた。横を見ると、そこには母が優しい瞳を携えて座っていた。そして私を慈しむように、優しく包み込むように胸の中に抱きしめてくれた。驚いたと同時に、涙が溢れてきた。



私が壊してしまったのに。母上の大事な物を。

それを母は攻めることもなく、許してくれたのだ。



私はただ「ごめんなさい。ごめんなさい。」と泣きながら謝ったのを覚えている。母は優しく私を諭した後、柔らかく笑って私を抱きしめ頭をゆっくりと撫でてくれた。それに安心したのか、泣き疲れた私はそのまま眠ってしまった。


後にあれは、プロポーズの際に父が母へ贈った物であったということを母の専属侍女から聞いた。私は母と父に謝罪し、二度と家の中で魔術を使わないこと、それから魔術の練習に励むことを約束したことを覚えている。





ふとあの時のような感覚が蘇る。隣には温かい体温があった。



母さま…?

一瞬私は、母がまた隣に来てくれたのかという錯覚に陥った。

優しくて温かい母。大好きだった母。



だが、そんなはずはなく。

その存在は私よりも小さかった。


けれど、その小さな存在の温かな体温は母を想起させ、私を余計に寂しくさせた。そして溢れる涙が、想いが止まらなくなってしまったのだ。



母さま…母さま…!

なぜ、どうして僕を置いて逝ったの?なぜ、母さまが死ななければならなかったの…?なぜ殺されなければならなかったの!?

なんで!なんで!?どうして!?誰が殺したの!?理由は?なぜ誰も真実を教えてくれないの?返してよ!僕のお母さまを返して!!!!!



いつの間にか私は感情を抑えられなくなってしまっていた。そして気づかずうちに私の内にある魔力を外へと暴走させてしまったのである。



この時の記憶はほとんどない。ただ、非のないソフィに僕は八つ当たりをしたこと、そしてその紫の瞳には溢れんばかりの涙を溜めて私を哀しそうに見つめていたことだけは覚えている。


そして、目覚めるとベッドの上だった。

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