あの日のこと【ルーウェン視点】
しばらくルーウェン視点です。
出会った頃の彼女ソフィリア・アル・デンパール嬢の印象といえば、とても大人しく影が薄かったということだろうか。偶に、お茶会へと母親と共に我が家にやってきていた彼女は、いつも下を向いていて独特の雰囲気を纏っていた。他のご令嬢とは違い、派手さを好まずいつも後ろに控えているタイプで、自ら率先して話をするタイプではなかったと思う。
初めはどう接していいかわからなかったが、いつだっただろうか。一人で暇そうにしている彼女に絵本を読んであげると、彼女の紫の瞳がキラキラと宝石のように輝いているのがわかった。
最初こそあまり言葉を発しなかった彼女だが、慣れてくると少しずつ家族の話や本の話を一緒にするようになった。
私は妹ができたようで嬉しかったことを覚えている。きっと彼女も兄のように慕ってくれていたのではないか…そうなら嬉しい。他の人には見せないその笑顔も宝石のような瞳の輝きも、きっと僕しか知らない。そんなことが特別なことのようでとても嬉しかった。
その関係が変わったのは、私の中で悪夢の日となったあの日のことだ。できるならば時を戻したい。だが、それはどれだけ魔力があっても不可能なことはわかっている。いや、完全には不可能ではないことを知ってはいるのだが、それを行うことはできない。
あの悪夢の日…それは、母との永遠の別れの日のことだった。
私は2歳になったばかりの妹と5つ年上の兄の間でただ茫然と立っていた。兄は辛さや悲しさを必死に隠そうと毅然とし、妹はなにもわかっていないためかキョロキョロと物珍しそうにあたりを見回していた。
私を握っている2人の手は硬く、冷たく。いったい何が起こっているのかも考えることができないまま、目の前の光景だけが動いていた。
すると目の前に大きな影が現れた。上を向くと、そこには悲痛な面持ちの父が立っていた。
「さぁ、お別れの時間だよ。これから沢山の人が弔問に訪れるからね。先にお別れをしなさい。」
精一杯とわかるような笑顔と共にそう言って、1本の大きな薔薇を渡された。
薔薇は母が一番好きだった花だ。
お別れ…。そう、この日は母の葬儀の日だった。
目の前には、たくさんの白い花に包まれた母が棺の中で眠っていた。それはまるで妖精が眠っているかのように儚く美しかった。息をしていないとは到底思えなかった。ただただ本当に眠っているかのようだった。
顔以外はすべて白い花で包まれていた。手も足も、顔以外はすべてだ。私は眠っている母の顔の横に大きな薔薇の花をそっと置いて、母の頬に少しだけ触れてみた。その柔らかさからは想像がつかないほど、その頬の冷たさは異様だった。だが、母が亡くなったという実感はまだわかなかった。本当に母は死んだのか。これからどうなるのか。いろんな疑問や不安が次々と浮かんできた。
「ママ、きれい。」
最近二語文を話すことができるようになった妹が言葉を零す。
だがそれに誰も何も返してやることはできなかった。そっと父が妹の頭を撫でると、にっこりと笑って父に抱き着いていた。妹は妹なりに何かを感じているのかもしれない。
暫くすると、メイド達からいったん教会の外に出るように促された。何故かはわからないが、従うしかなかった。葬儀は我が家の敷地内にある教会で行うのだ。きっと準備があるのだろう。
妹はいつものメイドに抱っこされ上機嫌だった。兄は…表情が読み取れない。チラリと後ろを見ると、そこには父が母を前にして佇んでいた。その肩は若干震えているように見えて、私はすぐに視線を逸らした。それでようやく、母の死を実感したことを覚えている。
教会の外は重くどんよりとした曇り空で覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。
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