姉2【ユリウス視点】
2人から見えない位置で待機していると、姉の声が聞こえてきました。どうやら庭に到着したようです。
2人の会話は、時々風でかき消されるけどギリギリ聞くことができそうです。こんなところでこの家の壁が薄いことの利点を得るとは、何とも言えない気持ちになりますね。
2人の会話で意外だったのは、姉がダンウォール様の謝罪をすぐに受け入れたことでした。ダンウォール様自身もおっしゃっていましたが、身体を傷つけられ、目まで不自由にされた相手を本当に許すことができるでしょうか。僕なら少なからず恨んでいたと思います。ですが、もう気にしなくていいとか、責任を感じなくていいとか…再三の姉の許しの言葉は、全く恨んでないようにも感じます。
それどころか外に出なくていいから喜んでいるとかなんとか。ところどころ風の音で聞こえませんでしたが、姉からは相手を責める気が一切感じられません。
てっきり今日ダンウォール様にお会いするのは、慰謝料だけじゃなく更に何かを強請ろうとしているのでは…と思っていました。何故急に会おうとしたのか…その理由がそれしか思いつかなかったのです。そんなことをするのであれば止めなければと思っていたのです。最悪、婚約でも言い出さないかとひやひやしていました。
なんせダンウォール様はあの容姿に家格に魔力です。多くの女性に慕われているお方。常に妻の座は狙われているはずでしょう。
因みにダンウォール家からは多額の慰謝料を既にいただいております。デンパールの領地から得る3年分の税よりも多い額です。それに加え、魔道具や医師の派遣など…。公爵家からの支援はデンパール家…いやデンパール領にとってとても助かりました。
姉の身体の傷は確かにかわいそうですが、ダンウォール家の息子の魔力暴走に巻き込まれたことによりデンパール家が助けられたことは事実です。
そんなことを考えていると、なぜか急に話が聞こえなくなりました。気になってチラッと窓の外を見ると、何やら小声で話しているようです。いったい何の話をしているのでしょうか。姉が変なことを言っていないか大変不安です。
けれど、次に聞こえてきたダンウォール様の言葉に僕は衝撃を受けました。
「本当は、直接お会いすることができたら婚約を申し込もうと思っていました。」
まさかダンウォール様から婚約の申し込みをしようとしていただなんて。そんなことは思ってもみていませんでした。ですが、それはさすがに…。
想像してみましょう。より取り見取りで家格上等・才色兼備・眉目秀麗のダンウォール様と貧乏貴族・不細工…までとは言いませんが、ダンウォール様と比べると明らかに全てが劣る姉…。
どう見ても釣り合わないでしょう。
それにもし、万が一婚約なんてことになれば、彼に好意をよせている多くのご令嬢達から総攻撃を受ける未来が簡単に想像出来ます。そして再度引籠り街道まっしぐら…の未来まで見えるようです。姉は僕にだけは強気でしたが、他の人たちには内気でしたから。何かを言われても言い返したりとかはきっとできないでしょう。
ようやく怪我から復帰し、部屋から出てこれたのにそれはかわいそうではないでしょうか…。
とそう思っていると、姉はその婚約の申し出を断っているではありませんか!しかもなにやら焦っている様子。姉としてもきっと予想外だったのでしょう。
ですが、普通そういう話はすぐ断るものではありません。断るにしても両親に相談してからです。そして親が相手の親にお断りの一報を入れるのが正解です。
ダンウォール家の申し出を断るなんて!という思いと同時に、それで正解だなという思いが入り混じります。ダンウォール様が怒っていないかとハラハラしていましたが、どうも怒った様子はありません。
それにも吃驚というか…正直驚きを隠せません。
ですがダンウォール家の婚約の申し出は、少し考えればわかることでした。きっと女性の身体に傷を負わせてしまったという責任からくるものでしょう。きっと姉は今後嫁ぐことが難しいと思います。魔力暴走に巻き込まれ、体中に傷が残っていると聞いていますし、あの見た目の魔道具を着けていないと生活ができません。それを考えると、この婚約話はデンパール家的には嬉々としたものになるはずでした。ですが、ダンウォール家からすれば家格も劣り、貧乏で傷を負った姉。婚約する利点も何もありません。決して嬉々として申し出たものではないはずだとわかります。
このことは両親に伝えなければなりません。既に姉が断ってしまったことも。伝えるのが少々恐ろしいですが、これが僕の今日の役割でもありますから仕方ありません。
僕は、姉が婚約の申し出を断ったことは仕方ないことだと思います。怪我を負わされた相手に嫁ぐのは、姉も怖いのかもしれません。
それにしても衝撃でした。
その後2人が何を話していたのか聞こえていないほどには、僕の頭の中をあの婚約話がぐるぐると占めていました。
はぁ。と大きな溜息が出ます。
何もない真っ白の天井を見上げ、同じように頭も真っ白にすることでようやく落ち着くことがきました。
けれどもそれは一瞬で崩されました。
最後に2人を窓からチラリと見ると、さらなる衝撃を受けたのです。
なんとあのダンウォール様が微笑んでいるではありませんか!
以前お茶会に参加した時にもあのような表情は見たことがありません。噂でも、ダンウォール様はほとんど表情を表に出さない方だと聞いています。
…見間違いでしょうか。きっとそうでしょう。見間違いに違いありません。
度重なる衝撃に何も考えられず茫然としていると、一瞬の視線を感じました。
なぜ僕は外から見える位置に立ち尽くしていたのでしょう。最後の最後でやらかしてしまったと後で大きく反省しました。
僕の心臓はドキリ嫌な音を立て、どんどんと自分の心臓の音だけが大きくなってくる感覚に襲われます。若干の冷や汗を背中に感じながら恐る恐るゆっくりと視線の方へと目を向けると、深紅の双眸と目が合った…気がしました。恐らくですが、目が合った…と思います。
ひぃぃぃ。
どうしようもできず、ただそこで座り込み、彫刻のように固まってしまいました。呼吸が浅くなり、心臓だけがやけに五月蠅く。だけどその音が、自分がまだ生きていると示していました。僕の足は何かに絡めとられたかのように、そこから動くことができず、しばらくその場で思考停止してしまいました。
座り込んだままどのくらい経過したかはわかりません。正気に戻ったときにはダンウォール様はすでにお帰りになっていました。
やはり、こちらに気づいていたのでしょうか?
あの吸い込まれるような深紅の瞳がこちらを見ていたような気がします。いや、もしかしたらたまたまだったのかもしれません。もし本当にこちらを認識していたなら、きっと僕の首が飛んでいてもおかしくはありません。やむ終えずとはいえ盗み聞きしていたのです。4公爵家相手に。不敬罪で罰せられても文句は言えないでしょう。
けれど何もありませんでした。つまり盗み聞きしていたことはバレていない…ということでしょうか…?
……うん。もうそういうことにしておきましょう。考えるだけでも恐ろしいです。
それにしても最近の姉の奇行はいったいどうしたのでしょうか。今日のダンウォール様との話も僕が想像していた感じとは全く違っていました。
だからこそ気になります。
少し、注意して姉のことを監視…いや、見守ることにしましょう。
…はぁ。
何故か再び大きな溜息が盛大にでました。




