8章 国立胚培養研究機関
川手線に揺られること数十分、水城たちは朝瀬川駅へと到着した。
彼らの住む小手波駅と比べると随分栄えた場所だ。
花の都東京の中心地なのだからむべなるかな、首相官邸に国会、国王の為の宮殿まで揃っており、名実ともにこの国の核である。
ここを爆撃されたら日本の偉い人の大半が滅びてしまうので、警備体制も日本一厳しい。
警察庁もあれば国衛隊の基地もある、日本の軍事力の半分以上がここに集結しているだろう。
当然、娯楽施設なんてものはほとんどない。
だから水城たちがここに来るのは初めてだった。
「……遅いなぁ。俺たちが到着したことはもう伝えてあるんだよな?」
「うん、学校を出た時もここに着いた時も連絡入れたよ。ああ見えて多忙な人だから気長に待とっか」
二人は朝瀬川駅の改札前で、似合わない伊達眼鏡やマスク、帽子を着用した姿で待ちぼうけていた。
変装して来いと言われたので一応できるだけのことはしてきたが、急遽指定されて慌て買った突貫変装なのでその効果はあまり無さそうだ。
「しかし待ち合わせ場所がこの駅とはねえ……一番相応しくない場所に思えるんだけど」
前述したように、朝瀬川駅周辺は国家の中枢が聳える地域。
反国家組織にとっては、敵の本丸周辺と言っても過言ではないだろう。
わざわざそんな場所に呼びつけるなど胆が据わり過ぎている。
「すぐに分かるよ。どうしてこの場所に呼ぶ必要があったのかはね」
楓がそう呟いた瞬間、二人のバングルが通話の申請を受ける。
通話ボタンを押して聞こえてきたのは、聞き覚えのある軽薄な声だった。
『やー、もしもしアルビレオだよー。いやあ早いね二人とも、時間を守る子は大好きさ』
アルビレオの声と共に位置情報が流れ込んでくる。
視界マーカーが表示された方向を見ると、駅の外から彼がこちらを眺め、手を振っていた。
彼も水城たちと同様に変装している。
服の内部に布を仕込んで体型を変えているので、位置情報を示されなければ彼だと気付くことすらできなかっただろう。
『じゃ、行こっか。水城君に見せたいものがあるんだー』
『見せたいもの……って、例の証拠ですか』
『そうそう、忘れられない証拠を見せてあげる。……誰かに声を聞かれるのは好ましくないから、目的地に着くまでは通話で頼むよー。こう見えて僕、悪い意味で目ぇつけられてるからさ』
じゃあその配下になったら同じく目をつけられることになるのかと思いながら、水城は車椅子を押してアルビレオの元へ向かう。
そして彼に先導されるがまま、その後をついて行った。
朝瀬川駅のビル街を歩いて行く。
水城たちの住むベッドタウンにはない摩天楼を見上げながら、時折視界の端に映るポリスボックスに関心を寄せる。
一般道路が通常の路面と課金制のムービングウォークで区切られていることも、軽自動車レベルにダウンサイズ化されたプライベートジェットが飛び交う虚空も、個人を特定して最適な販促を映し出すデジタルサイネージも、全て彼らの街では見られないものだった。
『たった数百年かそこらで、人類は大きな飛躍を遂げたよねぇー』
そんな光景を見上げて、アルビレオはへらへらと笑った。
まだまだ現世に伝わってない技術が数多くある異世界から来たのだから、この光景も石器時代レベルに見えるのだろう。
『……水城君、特にこの辺りの発展は目覚ましいんだ。どうしてだか分かるかい?』
『お偉いさんに最新技術が回るよう、裏金でも巡ってるんじゃないですか』
『はっは、それは事実だけど……もっと簡単な理由があるよ。それはね、あえて声を大にして言うけど……異世界へと繋がる門が、この付近にあるからさ』
『えっ……!?』
水城も声を大にして驚いた。
突如飛び出してきた国家機密に驚きを隠せるほど冷静な人格ではないのは自分でも理解していることだった。
何故なら異世界と現世がどこでどう繋がっているかは最重要機密。
どの国にあるのか、どういう方法で繋がっているのか、それはどんな文献にも載っていない。
ニュースでも教科書でも、ネットでも有識者の意見でも論文にも載っていない。
『不思議な話じゃないだろう? 元々異世界転生の理を導き出したのは日本だ。そしてその国の一番軍事力が高い場所に、一番重要な秘密を隠す。当然の成り行きだよねー』
『……そりゃそうかもですけど、あからさま過ぎます。そんな安直なことをしたら他国に悟られて技術略奪の為に軍事的制圧を受けるかもしれないんじゃ……』
『いーや、どの国もそんなの無駄だって知ってるよ。現世の人類がどれだけ頑張っても絶対に異世界転生は止められないし奪えない。異世界人からの太鼓判付きだよ。ま、そこをどうするかが我々の手腕の見せ所なんだけどねー』
そう言いながら、アルビレオは細い裏路地へと入っていく。
そしてバングルを操作し、何かの申請をどこかへ送り届ける。
それが受理された瞬間、……彼らはいつの間にか閑散とした場所に居た。
先程まで賑々しいビル街を歩いていたはずなのに、今はただただ無音に静まり返った空間に移動している。
水城が振り返っても、そこには壁が存在するだけだった。
この空間には建物が一つあるだけで、他に行く先もなければ帰る道も無いのだ。
『この場所は国家の超重要施設だからね、一般人や人工衛星からは目視されないよう不可視状態になっている。通行書を持たない者にとってはただの行き止まりに見えるが、持つ者と共に路地へ行けば可視化状態になるんだ。……ほら、見てごらん』
水城は促されるままに、目の前に聳えた施設に目線を向ける……。
それは、透明との境目が曖昧になるほどの圧倒的な白に染まる正方形の建物。
……正方形の建物というのはあまりにもファジーか、しかし視覚情報をそのまま出力すればそう説明せざるを得ないのだ。
人工物の域を越えて、神が作り出したかのように正確な四角を描いている。
『この場所は……?』
「国立胚培養研究機関、通称ヒスティリアだよ。ここは機密情報の漏洩を防ぐ為、相互許可を出した者同士じゃないと会話ができないんだ。……あ、そういうことだからもう喋っても平気だよ」
「相互許可って、そんなもの出した覚えが……あっ」
当人が気づかない間に、楓が水城のバングルに己のバングルを押し当てていた。
設定の共有化をしているらしい。
「もしかして、ここが異世界と繋がる場所……?」
「いや残念だけどここじゃない。……ま、話は中に入ってからしよっか。おいで」
おいでと言われて気軽に立ち入ったが、気軽に立ち入れるような場所ではなかった。
まずロビーに入る前から明らかに対人兵器ではなく対戦車兵器らしき武器が常に三人をロックオンし続けて、立ち入った瞬間即座に大型エアブローで除菌。
続いて液体除菌、粉末除菌の滅菌処理が挟まれ、更には虹彩・指紋・耳介にて綿密な個人情報の取得。
更には機密事項に関する誓約書を漢和辞典並に読まされてサインを書かされ、いざって時に口封じをする為か耳介に小型爆弾のようなものを付けられる。
そんな工程を経て、ぐったりした水城と楓はようやく施設への入場を許可された。
「ごめんねぇ、国家って責任負うのだけは嫌がるからやたら厳重なんだ。個人照合データはリアルタイムで改竄してるから気にしなくていいよ。ちなみに君らは書類上、国家特務派遣員の一人として年齢とか経歴詐称してるから、一応コレ被っといてね」
二人は帽子を無造作に被せられた。
滅菌処理の段階で変装を解かされて作業服的なものに着替えさせられたが、帽子もそれに合わせて作業チック。
まるで本当に工作員みたいな装いだ。
渡された帽子を水城が被りなおしていると、施設の奥から一人の人物が姿を現した。
全身を覆い隠すコートと深く被ったフード、そして七つの目を持つ仔羊の仮面。
身体的特徴を全て秘匿するかのような出で立ちによって、その人物の個人性は包み隠されている。
唯一、胸元に現れた僅かな曲線によって、性別が女であるということだけが汲み取れた。
「彼女の名前はH・プリオシン、ハルって呼んであげて。我々の構成員兼僕の助手でね、今日は君たちの護衛を担当してくれる。……彼女は生誕時から言語障害を患っていてね、バングルを使っても言葉を交わすことができないんだ。だから喋ることはできないけど、どうか親交を深めてあげてねー」
「…………………………」
ハルと紹介された彼女は水城に向かって手を差し出した。
恐らく握手を求めているのだろう。
「……よろしくお願いします」
水城は一歩前に出て、手袋に包まれたその手を握る。
……その時、少しだけ懐かしい感じがした。
ただの直感的なもので、具体的な根拠など何も無いのだが……まるで始めて会ったわけではないかのような感覚を得る。
手を繋いだまま、ハルは仮面の奥から水城を見ていた。
仮面の目はマジックミラーで作られているので、水城側から彼女の瞳を見ることはできない。
……でもハルは、交わらないと分かっていながらも水城の顔をじっと眺めている。
彼女にとって水城は、ただの来訪客ではない。
もっと深い関係性を持った者なのだから……。
「……さ、挨拶も済んだし行こっかー。おいでおいで」
水城たちはアルビレオの誘導に従って施設の中を歩いていく――。




