7章 胡散の香りがそよぐ頃
「よー、皆おはよー! ……ん?」
翌日、水城と楓が教室に着くなり、妙にざわついているクラスメートたちを目撃する。
朝のテンションとは思えない高揚っぷりに、いつも微熱があるんじゃないかってくらい興奮している水城でさえも怪訝な顔をしてしまう。
「今日は皆大騒ぎだな。よーし楓、俺たちも一丁張り切ってアッパー系患者になろう!」
「や、やだ。一人で勝手にアガってて、私そういうポジじゃない。……あれ、呼ばれてる?」
登校してきた二人を見つけた篤が、こっちへ来いと手招きしていた。
水城と楓は一度顔を見合わせてから、輪を作るように群がっているクラスメートたちへと近づいていく。
「朝から雁首並べてどうしたの皆の衆」
「よう。驚くなよ、こいつを見てみろ」
そう言って篤が指さしたのは、群衆の取り囲む机に置いてある三十枚程のチケットだ。
表面にはアクアパーク日陽という表記と共にアシカの絵が描かれている。
恐らく水族館のチケットだろう、その館名は水城たちも何度か聞いたことがあった。
ド田舎育ちでもあるまいし、今更水族館のチケットに希少価値を感じることなんてない。
……しかし三十枚以上が並ぶその眺めは圧巻、今まで目にしたことのない光景だった。
「うわ、なんだこのイカレた量のチケ束。誰が買ったのか分からないけど随分と奮発したな」
誰のポケットマネーから捻出したんだ?
と問うように全員を見回すが、誰も自信満々な表情はしていない。
すると朝霞さんが軽い調子で言う。
「我々が買ったわけじゃないよん。なんかね、水族館側から寄付が来たらしいの。せっかくの転生前なんだし卒業生の皆で遊びに来たらどうですかーって。なんと貸し切りらしいよ貸し切り、お優しいよねえ」
「……卒業生の皆でってことは、総勢百名以上を無償招待ってわけですか」
独り言ちるような楓の言葉に対し、隣にいた闇倉さんがそうだよと首肯した。
確かに卒業前の学生に対して、企業が優待権利を与えることはままあることだ。
転生前に最高の想い出を――的な謳い文句で、世間に向けてのポジティブキャンペーンをよく張っている。
ただ、卒業生全員を無償で、しかも貸し切りにして招待なんてレベルのものは聞いたことがなかった。
日本有数のトップ校にならばそういう打診もあるかもしれないが、ただの一般校であるこの学園には不釣り合いな優遇具合だ。
「……」
水城はこっそりバングルを操作し、楓に一対一の通話を申請する。
……文明が発達した現代でも、電気信号を電波に乗せるという電話の仕組みは変わっていない。
ただし受信機と送信機はバングルになっている。
脳内で浮かべた言葉が電気信号となりバングルを介して電波に乗り、受け手は音声を骨振動で脳に伝達していくのだ。
技術が確立する前の世界で例えるならば、テレパシーが近いだろう。
尤もそれはオカルト的な原理で、こちらは科学的なアプローチで実現しているものではあるが。
『……楓、この件に関して明星が関与しているってことはないか? 昨日の今日でこんな招待だ、関係性があっても不思議じゃないと思うんだが』
『うーん、多分違うと思うよ。そんな計らい聞かされてないし、そもそも予算の無駄だもん』
『そうだよな……まだ俺は加入してないんだし、ちょっと行き過ぎた歓迎会ってわけでもないもんな。単なる巡り合わせってことかな……』
『一応電話で聞いてみるね。知らないって言われるだろうけど』
ブツ、と通話が切断される。
楓はすぐにアルビレオに通話を申請し、チケットの真偽を確かめ始めた。
その間も皆はどんどん盛り上がっている。
各々水族館のホームページを空間ディスプレイで検索し、優雅美麗な館内と絢爛豪華な海中トンネルに心奪われていた。
そんな中、クラスメートの横島が疑問を呈した。
「それでよ、水族館は一体いつ貸し切りにしてくれるんだ? こちとら健全な学生身分なんだから平日に空けられると集団登校拒否を起こすハメになるぞ」
「えーと……明日の土曜日だとさ。どうやら丁度人員不足で通常営業ができないみたいなんだよな。でも休館にするくらいならせっかくだし卒業生に想い出をあげよう、ってことで一番近隣にある我が校に急遽白羽の矢が立ったらしい」
ああそういうことか、と水城が一人で合点行く。
一日ずっと閉じておくくらいならポジティブキャンペーンに使おうという算段か、確かにSNSにでも載せれば後日ネットニュースにでもなって知名度は上がるだろう。
「んで、明日都合がつくヤツって何人くらいいるんだ? 事前に来館人数を知りたいらしいから、ここでこのクラスの参加人数を纏めておきたい」
クラスメートの琴浦がそう問いながら見回すと、皆が次々に手を上げていく。
転生前にタダでイベントが楽しめるのだ、参加しない手はないだろう。
水城も手を上げようとしたが、その直前に楓から通話申請が入ってくる。
『アルビレオから返事貰ったよ、明星は関係ないって』
『だろうな、今さっきその真相が解けたところだよ。手間取らせてごめんな』
『それと昨日の件についてだけど、アルビレオが証拠を見せたいって言ってる。明星が存在する証拠と、転生の真実について教えたいって』
『……まさか明日じゃないよな。アルビレオのニヤけたツラを見るなら水族館でコブダイの顔を見ていたほうがマシだぞ』
『今日の放課後、変装した上で朝瀬川駅前に集合だって。大丈夫だよね?』
『問題ないぞ。明日以外ならいつでもいい。……あと、楓も明日水族館行くよな?』
『……うん。…………水城がいくなら一緒にいきたい』
最後の言葉は、余所行きモードの楓にとっては過ぎたる言葉だったらしい。
彼女は即座に通話を切って、頬を仄かな紅色に染めていた。
これで憂いは無くなった。
水城は元気よく手を上げて、参加者を数えている琴浦に告げる。
「俺と楓の熱愛コンビも行くぞ! よろしくな!」
熱愛じゃねえですけど、と楓が呟いたが、賑わうクラスメートたちの声量に掻き消された。
今日の話次第では行けなくなるかもしれない、組織に加入すればそんな暇なんてなくなるかもしれない。
……けれどそれを分かっていながらも、水城は彼らと共に行くことを宣言する。
明日がどうなるにせよ、願うだけならいいだろう。
行きたいという意思を伝えるだけなら構わないだろう。
そう思いながら、水城はクラスメートたちに混ざって水族館をどう巡るかを話していく。
学生としての自分、組織としての自分。
その狭間で揺れ動きながら、彼の長い一日が始まる。




