39章 唯一の願い
世界の終わりが迫ってくる、人々の自殺が行われようとしている。
三十分以内にプログラムが作動し、全ての人々は死へと向かう。
……しかしその前に、彼には果たすべき責務があった。
アルビレオは車椅子に繋がっていた鎖で衛を拘束し、転生システムを司る機械を操作していた。
全ての人類が消え去る前に転生の理を破壊し、これ以上人類が地獄へと送られることがないようにしなければならなかったのだ。
もう、若者の転生に意味などない。
彼にできることは、転生の犠牲者を減らすことだけ。
「……馬鹿な……」
アルビレオは機械を操作しながら、計画の全てを衛に語っていた。
その話を聞いていた衛の目が見開いていき、死体と化した楓を――ハルを見据える。
「この鈴蘭楓が偽物で、本物が環境システムを破壊しようとしているならば……ヤツの考える末路は、一つしかないではないか……」
楓は、全てを消し去ろうとしている。
新人類である自分を消して、異世界の技術によって支えられたこの世界を消して、……人類の歴史を一から始めようとしているのだ。
異世界転生なんて絶対にしない、そんな本当の世界を作るために。
「そうだよ。僕たち明星上層部に与えられた指令は、世界が再誕する今日から始まるのさ。今まで続けてきた日々はただの前座、本当の人生を始める前の余興でしかない」
新たな世界で転生が行われないようにするには、彼らの存在が必要不可欠だった。
楓は彼らに命じたのだ。
新たな世界の人類が滅亡する日まで続く、永遠にも近い役目を。
「新たな世界で生き続け、人々が転生という技術に至りそうになった時、その道を潰すこと。皇紅葉のような天才が誕生したらその身を監視して、この世界の二の舞にならないようにするのが僕たちに課せられた最後の指令だ」
いつか人類に訪れる本当の滅びを遂行するため、彼らは新たな世界を生きていく。
そしてその世界が終わった時、銀戒銃で己を消して、全ては終わる。
今の人類と、新たな人類。
二つの人類を見届けるのが、彼らに課せられた務め。
……その新たな人類は、もう既に作られていた。
「僕たちはヒスティリアの地下で密かに脳を培養していたんだよ。……それはプログラムを埋め込まれていない人類の脳。こんな未来を選ぶことになる可能性を考えて、デザイナーベビーを蔓延させる前に確保して延命させ続けていた『本当の人類の脳』なんだ」
あの培養槽の電子パネルには、六桁の数字――十五万を超える数値が並んでいた。
十五万以上の数字。
……もしもそれが保管され始めてからの日数なのであれば。
それは即ち、四百年前以上前に確保された脳。
全ての計画が始まる前に摘出されたものが故に、その脳には自殺のプログラムは施されていない。
正真正銘、彼らによって操作される以前の、異世界に染まっていない人類の生き残りだ。
「天賦の才を持つ新人類を殺して、平凡なる人類を再誕させるなど……馬鹿げた選択肢だ……! 例え行く先が化物であろうとも、人類の存続こそが種の第一たる目的であろうが……」
「……それは、本当に人類の存続なのかな」
まるで自問自答するかのように、アルビレオはそう呟いた。
振り返ってハルの遺体を見て、……少しだけ悲しげな顔をしながら。
「全ての人類を殺して、新人類を繁栄させていくことは……人類の歴史が続いていくと言えるのかな。……どうなんだろうね、僕には分からないよ」
あの日、敬愛する紅葉にそれが言えたなら――何か変わっていたのだろうか。
そんなことを思いながら、アルビレオは空を仰いだ。
貴女が選んだ化物の道は、本当に人類の行く末だったのでしょうか。
それを成し遂げるために数多の子供を犠牲にすることは、正しい行いだったのでしょうか。
……ずっと誰にも言えなかった問いを、今、彼は天に眠る紅葉に送る。
彼はあの地獄から自分を救ってくれた紅葉に服従を誓った者だ。
……だから今日までそれを遂行することだけに命をかけてきた、それだけが生きる理由だった。
でもたった一度だけ……作戦を遂行するためではなく、本心を吐露したことがあった。
『生きるんだよ! 全力で!!』
本当は彼だって、気付いていたのかもしれない。
死して得られるものなどなくて、生きて得られるものだけが本当の幸いなのだと。
「……鈴蘭楓の希望を叶えるのならば、新人類が死に絶える未来が望ましかった。旧人類だけが生き残れば化物に至る可能性は限りなくゼロに近づくからね。……でも、彼女はたった一つの願いを叶えたかったんだ」
「……願いだと……?」
「そう。……それは、恋を知った少女が願う、唯一の願い」
水城には、生きてほしい。
それだけが、彼女の望んだ結末だった。




