36章 ポストアポカリプス
……昏き地下へ続く階段を、一歩一歩踏みしめながら降りていく男がいた。
その右手には銀戒銃、その左手には拳銃が握られている。
そして彼の体の至る所には国衛隊の返り血が付着し、服の裾からその雫が垂れ落ちるほどまでに滴っていた。
その男の名はアルビレオ。
国王を殺し、転生システムを破壊することを願って生きてきた男。
王宮の地下へと続くこの階段を下りた先に、彼の宿願が叶う場所がある。
何百年間続いた宿命を、忠誠を誓った皇紅葉との約束を、長く争い続けてきた国王との因縁も、全てはこの先で終わりを迎える。
これは彼に託された避けられぬ役割。
新人類が望んだ世界を作り上げるためのラストピース。
「……」
階段を降り切った先には、東京タワーに設置されたものと同様の門があった。
不老不死者以外を拒む絶対の扉が立ちはだかるが、そんなものはアルビレオにとってなんの障害でもない。
彼が認証パネルに手を翳すと、しばしの時を要してから扉が開いていく。
異世界の技術で作られた難攻不落のシェルターへと彼は足を踏み入れて――。
「……!」
その瞬間、鋭い銃声が一発響いた。
アルビレオの脳天に向かって一直線に飛んできた何かを防ぐため、彼は右手の銃で頭を守る。
……だがその衝撃で銀戒銃は吹っ飛び、後方の階段まで転がってしまった。
シェルターの奥には、橘樹衛と鈴蘭楓がいた。
衛が手に携えているのは銀戒銃、そしてその銃口からは白煙が立ち込めている。
アルビレオは体勢を崩しかけながら、衛に向かって銃を向けた。
……だが彼に残されたのは左手に握られた普通の銃、不老不死者である衛を殺すことなどできない。
「久しいな色惚け男、よくぞここまで辿り着いたものだ。皇紅葉の尻を追いかけてばかりだったあの頃とは見違えるようだな」
「やあ裸の王様、数百年ぶりかな。異世界人に指名されただけの傀儡王が自惚れ始めたようだから、灸を据えてやらなくちゃと思ってね」
「ふ、数百年ぶりの暴言を許そう。……さて、お前はこの生命体を取り戻しに来たのかね?」
衛の片手は銀戒銃を握り、もう片手は楓の首に繋がれた鎖を握っていた。
「だが残念だったな。お前が持つのは変哲のない銃、儂を殺すことなどできぬ玩具風情だ。……対して儂はお前の脳天に照準を当て続けている。万に一つも無いだろう」
銀戒銃を拾いに踵を返せば、その瞬間アルビレオは撃たれて死ぬだろう。
さりとて衛に通常の弾を撃ち込んだところで殺すことなどできるはずもない。
……最後の最後にも、衛が一手上回っていた。
先制攻撃を仕掛けることで彼は有利な状況を作り出し、圧倒的に有利な状況を作り出している。
「さあ旧友、最後に言い残すことはあるかね? 儂は気が長いほうでな、今際に唱える遺言くらいは聞いてやる甲斐性があるぞ……?」
「……それじゃあ、せっかくだからいとま乞いを」
もはや意味を為さない銃を突きつけ続けながら、アルビレオは静かに言葉を紡ぐ。
「今までありがとう」
「……む?」
その言葉を聞いた衛が怪訝な顔をする。
礼を言われる筋合いなど存在しないと思い、その一言の真意を測りかねていた。
「計画は改定された、君の役割はもう無いんだ。……君はどうしたい?」
考えて、考え抜いても、衛はその言葉の意味が理解できなかった。
だが、……その言葉には、返答があった。
「……私は柊水城と子を育むために産まれた存在。もしその役割が失われたというのならば……私の人生も、ここで終わりです」
「………………そうか」
返答を返した存在の顔を……鈴蘭楓の顔を、橘樹衛が見る。
その瞬間――。
「僕は君を娘のように思っていたよ。……だからどうか、安らかに眠ってくれ」
アルビレオの銃口が楓の頭部に向き――その引き鉄が引かれて――音と共に銃弾が飛び出して――鉛色の軌跡を描きながら――。
鈴蘭楓の脳を、貫いた。
「……ッ」
楓の体が後ろに傾いていき、衝撃を受けて車椅子が後ろに倒れていって……彼女の体が地面に叩きつけられた。
その額からは血が溢れ、後頭部からは頭部の中身が溢れ出てきている。
……誰が見たって断言可能な死。
それも脳を破壊された、完全なる死だ。
脳だけを摘出して、四Dプリンターで作った肉体に移植して蘇生する――なんて荒業すら許さないほどの、まごうことなき死亡。
鈴蘭楓の脳は失われた、復元など望めないほど致命的に。
彼女の脳に己の未来を託していた衛は、目を見開いてその光景を眺めることしかできない。
「……ば……」
やがて彼の口が開いていき、震える声で――。
「馬鹿かッ!? 新人類の脳を……人類の未来をッ! お前はッ! ……なんて愚かなことを……! 儂がッ、儂だけがッ、神になる世界を……壊したのだぞ……ッ!」
「何が神だ。ただの人間風情が思い上がるな」
鋭い銃声が一発、二発、三発と響く。
衛が錯乱している隙を突いて、アルビレオの放った弾丸が襲い掛かる。
それは衛の両眼球と脳を貫き、その体を壁際にまで吹っ飛ばした。
アルビレオは静かに近づき、衛の取り落とした銀戒銃を拾い上げる。
そして体を再生させていく衛の脳天に向かって、その銃口を突きつけた。
「人間は神には至れない、あるのは絶滅か化物の道だけだ。最初から分かっていただろう……?」
現在、時刻は十六時。
全人類がプログラムによって死を迎えるその時は、あと一時間まで迫っていた――。




