35章 朽ち果てし戦争
車での侵入を禁じられた三人は、各々車を降りて死地へと駆けていく。
そんな彼らには切り札がある。
敵の銃を無力化できる唯一の奥の手が存在していた。
「聞こえるか国衛隊ッ! ……柊水城だ、お前らの欲する新人類だ! お前らが大事そうに抱く銃で俺を殺してみるか? そんなことをしたら主君の命令に背くことになるよなッ!」
血と肉が舞い散る戦場に向かって、水城は高らかに叫んだ。
その後ろでブルカがサブマシンガンを空に向かって撃ち、敵たちの注意を惹いて水城の姿を目撃させていく。
……橘樹衛によって、新人類は無傷確保せよと命じられている。
だから国衛隊は発砲することができない、銃弾飛び交う戦場で銃を使うことが許されなくなる。
流れ弾が新人類に当たってしまえば、本人は愚か家族や友人まで地獄の責め苦の果てに殺されてしまうのだから。
「ひゃっはッ! 戦場で銃が使えないとはなんたる無様! 主君の命令と己の命の価値すら比較できないとは、全く以て喜劇な頭をしていらっしゃる!」
その隙を突いて、ブルカが二丁のサブマシンガンをぶっ放しまくる。
それと同時に明星のメンバーたちもここぞとばかりに銃撃を行い、敵の数を着実に減らしていった。
その間にも水城と誠二は東京タワーの入り口に向かって駆けていく。
タワーの入り口には侵入者を防ぐための門が設置されており、整備屋でもある不老不死者以外の侵入を完全に拒む仕組みが備わっていた。
彼らの生体情報を認証しなければ扉は開かれない、だから二人は一緒に門へ向かって駆けていく。
だが敵の対応も早かった。
総司令部から水城が接近していることを知らされていた彼らは、水城が合流した後に使う装備を用意していたのだ。
彼らは銃を捨て、麻酔銃、テーザー銃、発煙弾、嘔吐剤噴射装置、催涙弾、スタングレネードなどの非殺傷性武器を取り出していく。
「チッ、想定より対応が早いな……!」
目の前に立ちはだかる国衛隊たちを、腰に差していた刀で切り伏せながら誠二がそう呟いた。
しかしタワーの門まではあと五メートル、もはやここまで来れば突破は確実――。
「――水城ッ!」
と思われた瞬間、誠二が水城の体を引き寄せて、その身を庇う。
「が……ッ!」
そして誠二が苦悶の声を上げながら崩れ落ちる。
糸を切られた糸繰り人形のように受け身も取らず、無防備な体勢でその場に伏した。
「おじいちゃん……!?」
誠二の背中には太い二本の電極が刺さっていて、電極に繋がるワイヤーはタワーの影に隠れている兵士のテーザー銃に繋がっていた。
その電極のサイズも、電気が奏でる炸裂音も、水城が受けたことのあるものとは比較にならないほど大きい。
恐らく違法改造が行われているのだろう、痛みに慣れた不老不死者であっても指一本も動かせないほどの強烈な痺れが全身を襲う……。
あと少し、あと五メートルなのだ。
その距離を駆け抜けることができればタワーに至ることができる。
だが門を開けるには不老不死者の生体認証が必要、水城一人だけが辿り着いても何の意味も為さない……。
「……行け、水城……」
「でも……!」
「案ずるな……ヤツは必ず来る……! だから行け、さっさと行けッ……!」
全身を内側から破壊されるような痛みに耐えつつ、誠二はそう叫んだ。
水城は一瞬躊躇してから――走り出す。
残った五メートルの距離を駆けていく。
「――――――――」
そんな彼に、テーザー銃の照準を合わせた兵士がいた。
訓練を受けたその者にとって、水城が門に辿り着く前にその意識を奪うことは、赤子の手を捻る程に簡単なことだっただろう。
でもまさか、そんな彼の手首が吹っ飛んでいくなんて、誰が予想できただろうか。
「あーッはっはっは! あの堅物クソ老人からヤツは必ず来るなんて台詞を聞けるだなんて! 四百年も生きれば珍妙なことも起こるのですねぇ!」
両手に持ったサブマシンガンの弾を撒き散らしながら、道化師が空を舞う。
舞い散る薬莢はまるで天使の羽、しかしありとあらゆるものを撃ち抜きながら舞う男は悪魔の形相。
水城を狙う男の手を、誠二にテーザー銃を当てた男の脳天を、誠二の背に刺さった電極を、そしてまだまだ潜んでいた敵兵を撃ち抜きながら、水城の隣にブルカが着地した。
「ナイスだ、ブルカ二等陸尉……!」
「小生だって腐っても明星側の不老不死者! 皇紅葉の思想を支持しますとも、バックアップはお任せあれ!」
ようやくタワーに辿り着き、ブルカは門の脇に設置された認証パネルに片手を翳す。
認証するための僅かな時間、国衛隊もそれを阻止するために襲い掛かって来ていた。
だがブルカは片手のサブマシンガンで敵を半分蹴散らし、もう半分は痺れでふらつきながらも誠二が切り伏せていた。
……やがて認証が終わり、門が開いていく。
一人分の侵入だけを許すその入り口は、……まるでこの世とあの世を隔てる境界線のようだった。
この先に進めばもう引き返せない。
あとは主人公になるべく、最後の役目を済ませるだけ。
しかし水城は臆することなく進み、門の奥へと立ち入っていく。
……通過者を検知した門が音を立てながら閉まっていき、水城とそれ以外の人間を隔てようとする。
最後に、水城は振り返って仲間たちの姿を見た。
……誠二とブルカ、二人と目が合う。
「なーに名残惜しそうな顔してやがりますかバカタレぇ。行ってこい新人類、終わらせて来い柊水城! お前なりのハッピーエンドを実現してこい!」
ブルカがそう叫び、そして誠二は――。
「……世界をお前に託すぞ、我が倅」
ただ一言、そう言った。
扉が閉まっていき、その境界が完全に断絶されようとしている。
その直前、水城はあらん限りの声を上げた。
「……ありがとうッ!」
そして扉が閉まると同時に、水城は踵を返して東京タワーに侵入していく。
総合電波塔としての役割を終えて朽ち果てた塔と化しているが、不老不死者による定期点検のためにエレベーターは稼働していた。
水城は迷うことなくエレベーターに乗り込み、トップデッキに向けて昇降していく――。
……彼が全てをやり終えられるかは、邪魔立てが入るか否かにかかっている。
万が一敵の不老不死者がタワー内に攻め込んで来れば、きっと阻害されて水泡へと帰すだろう。
だから彼を目的地に導けたとしても、門の前では闘いが続いていた。
敵をタワー内に入れないために、明星の兵たちは最後まで抵抗を続ける。
新人類がいなくなった今、国衛隊の発砲が解禁され、再び銃撃戦が繰り広げられていた。
それだけではない。
銀戒銃も到着し、もはやここからは誰であろうと命を落としていくであろう死戦場と化していた。
特にタワー周辺には敵が群がり、その中心ではブルカと誠二が扉を護っている。
「……おい天然道化師。背中を預かってやる、感謝しろ」
刀に付着した血を振り払いながら、誠二がブルカにそう告げる。
「素直じゃないなぁクソ老人。背中を預けるのでよろしくお願いしますだろォ?」
銃を構える者、刀を構える者。
互いに背中を預けながら、朽ち果てし塔の城門を守護し続ける。
福音の時来たるその瞬間まで、戦いは続いていく――。




