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34章 ファイナルチェイス

 降り注ぐICBMの雨に、無辜なる民はただ逃げ惑うことしかできない。

 東京都心はもはや秩序を失った混沌で、一刻も早く脱出しようと目論む人々が幹線道路で大渋滞を起こしていた。


 電車が全て停止した今現状では、車か自転車か己の足だけが移動手段だ。

 だから渋滞を起こして交通網がせき止められてしまうのも無理のないことだった。


 そんな中、逃げようとする人々の流れに逆らって都心に向かう男がいた。


「……はぁ……はぁッ……!」


 柊水城が、東京タワーのある湊葉区に向かって走っている。

 公共交通機関が動かない今、彼に残された移動手段は原始的なものしか存在しない。


 だが拠点と湊葉区は数駅分離れており、足を使って移動するにはやや遠い距離だ。

 ……時間をかければ辿り着くことはできるだろうが、グズグズしていれば明星の企てた計画を止めることができなくなってしまう。


 このままでは間に合わないかもしれない――。


「……ッ!?」


 そう思った瞬間、一台の防弾車が水城の前に現れ、急ブレーキの音を響かせながら停車した。


 その車体には見覚えがある、麻酔弾が撃ち込まれた痕跡には覚えがある。

 ……朝瀬川大学病院地下に駆けつけたあの車……!


「水城、乗れッ!」


 僅かに開いたサイドウィンドウから聞こえてくる声は、幼き頃から聞き慣れた声だった。

 水城は臆することなく車に近づき、助手席に乗り込んでいく。


 水城が乗り込んだ瞬間、運転手は勢いよくアクセルを踏み込んだ。

 卓越したドライブテクで数多の障害物を避けていきながら、混雑した一般道路を縫うようにして車は進んでいく。


「……来てくれたんだ、おじいちゃん」


「それが儂の役目だからな」


 紙巻き煙草を吸いながらハンドルを握る誠二が、重々しい口調でそう呟いた。


 法定速度を完全に無視したスピードで車が進んでいく。

 このままいけば十数分ほどで東京タワーに辿り着くことができるだろう。


 凄まじき速度で過ぎ去っていく窓の外を眺めながら、水城は独り言ちるように言った。


「おじいちゃんはずっと、楓の計画を知っていたんだね」


 彼女の計画を理解した今、それが一朝一夕で企てられたものでないことは知っている。

 だとしたら、誠二はそれを知りながら今まで生きてきたのだ。


 実の娘とも言える楓が生み出した、人類の痕跡を消す計画を――。


「……あァ。あの事故の日から、もう何年もな」


「やっぱり。……全部あの時が始まりだったんだ」


 事故、それはきっと優しい言い方だろう。

 きっと誠二以外なら『自殺』と言っていたはずだ。


 楓が自宅のマンションから飛び降りたあの日、全ては始まった。


「自殺未遂が計画の発端なら、その前から明星との繋がりはあったってことになるか……」


 そう、明星と楓の邂逅は、楓が自殺未遂を犯して入院した時ではない。


 その時既に楓は明星の一員と接触し、全てを知っていたのだ。


 彼女がただのギフテッドであったならば、きっと明星の存在に気付くことはなかっただろう。


 しかし大天才である皇紅葉の脳を受け継いだ片鱗は、小学生の頃にはもう発現していた。


 両親役として派遣された明星工作員たちの動向に異変を感じ、その所持物や行動パターンを探ることで明星の存在を知った彼女は――それ以上の詮索を防ぐため明星の者によって保護されて、異世界転生を止める組織なのだというカバーストーリーを聞かされたのだ。


 だが聡かった彼女は、すぐに隠された真実に辿り着くことができた。


 ……明星の拠点に存在した数多の資料を全て理解して、明星上層部に質問をぶつけてその瞳の揺れ具合から虚実を判別して、時には非合法な手段で秘匿されたデータを盗み見て……。


 この世界の在り方も、人類の往く化物の未来も、この世界がディストピアだということも――幼き彼女は全てを知った。


 そしてそれが、あの事故へと繋がっていたのだ。


「……………………」


 数刻、二人の間に沈黙が流れた。

 聞こえてくる音は逃げ惑う人々の悲鳴と、車内に響いている明星の通信音声だけだった。


 やがてぽつりと、水城が言う。


「今までありがとう、おじいちゃん。俺を……俺たちをここまで育ててくれて、本当に感謝してるよ」


「……どうした、突然」


「おじいちゃんが今まで俺を育ててくれたから、楓の計画が生まれて……ずっと彼女と一緒にいられたんだ。……お礼を言っても言い足りないよ」


「……礼など受け取れねぇさ」


 誠二から返ってきたのは感傷を湛えた言葉だった。


「儂はお前たち二人を育て、その身を守る役割を与えられただけの派遣員に過ぎねぇ。本当の祖父でもないし、血が繋がってるわけでもない。……そんな儂が礼など受け取れるわけがあるものか。お前を守るのが任務、それをひたすらに遂行しただけのことだ」


「それでも、……俺は、おじいちゃんにありがとうって言いたいんだ」


 水城の記憶の中には確かに、誠二との思い出が存在する。


 幼少期に手を繋いで一緒に外を歩いた想い出、駄々を捏ねた水城を水族館に連れて行ってくれた想い出、辛い時には豪胆な笑い声と共に悩みを聞いてくれた想い出、入学式の時も卒業式の時もいつも見に来てくれた想い出、そして自覚はなかったがいつも近くで守ってくれていたこと――。


 例えそれが明星に与えられた役目だとしても、その想い出が色褪せることはない。


「……俺は、おじいちゃんが祖父でよかったと思ってるよ」


「…………………………愚直な男だ」


 少しだけ目を細めながら、誠二はそう呟いた。


「儂は……不老不死者になって家族の無い人生を歩むことになった。このまま身寄りもなく作戦を遂行するだけの人生を続けると思っていたのだ。……だが何の因果かお前たち二人の家族になって――」


 一度言葉を切って、彼は震えかけた言葉を抑えた。


「――儂はお前たちの祖父になれて楽しかったぞ、倅」


「……うん」


 感情を通じ合わせるような静寂が一瞬過ぎ去り――。


 その瞬間、前方から大量の車が躍り出てきた。

 その車はいずれも武力攻撃に対抗するための装甲車、一般人が所有することは決してない軍事用車両だった。


 そんな車が一台、二台……数えられないほど接近してくる。

 恐らく十台は優に超えているだろう、その車は迷うことなく真っ直ぐ水城たちのほうへ向かって進行してきていた。


「国衛隊か……! 水城を捕まえに来よったなッ!」


 敵との正面衝突を避けるため、誠二がハンドルを切って裏路地へと入り込む。

 だが予想していたのか敵たちも続けて裏路地へと入り込み、追跡を続けてきていた。


 敵の兵がサンルーフから身を乗り出し、誠二が運転する車のタイヤを銃で撃ち抜いた。

 タイヤの空気圧が下がると共に、車内の警告灯が点滅し始める。


 ランフラットタイヤが搭載されているので、パンクしてもしばらくは走り続けられる。

 だが敵の妨害により迂回を強要されれば、目的地に着く前に走行が不可能になるだろう。


「チッ……最後の最後まで鬱陶しい犬共め!」


 ただのカーチェイスなら誠二に分がある。

 だが敵は複数、しかも一部無線が復活して連携が取れている状態だ。


 敵の追跡を振り切ろうとして囲まれれば一巻の終わり、それどころか車体で道を塞がれてもゲームオーバー。

 国衛隊を振り切って東京タワーに向かわなければならない水城たちに対して、ただ二人を止めればそれでいい国衛隊はあまりにも有利だった。


 路地と蛇行を駆使しながら敵の猛追を躱していくが、それもジリ貧だ。

 誠二の運転する車は徐々に包囲網に囲まれていく……。


「……なんだッ?」


 そんな中、一台の車が二人の車に並走して来ていた。

 国衛隊と同様の装甲車だがその外装は異なっていて、ショッキングカラーのドピンクで彩られた趣味の悪い車と化している。


 その車のサイドウィンドウが開き、一人の人物が姿を見せていく。


「お久しゅう新人類! 小生は国衛隊所属、ブルカ二等陸尉と申す者。なんか世界が盛り上がってるから介入しに来ちゃったよヨロシク」


「ブルカ二等陸尉……!」


 水族館で水城たちを追い詰め、その後の遺産破壊でも明星の前に立ち塞がった男。


 国衛隊の小隊を率いるリーダーにして不老不死者、ブルカ二等陸尉がそこにいた。


「明星諸君ン~、随分ド派手にやってくれちゃってるようじゃな~い。君たちのおかげで宮殿は大爆破! 国家側としては大損害を被ってしまいましてねぇ。こりゃこっちも黙っちゃいられないぞってことで――」


 ブルカが懐よりスイッチのようなものを取り出す。

 ……ようなもの、という表現は適当ではない。

 何故ならそれはスイッチそのもの、押せば何かが起こるパンドラのボタンなのだから。


「失礼ながら車体に爆弾を仕掛けさせてもらいましたァ~。これを押せば木っ端微塵の肢体爆散! さーて我々の邪魔者には退場してもらいましょうかねェ」


「道化師めが……!」


 誠二が忌々し気に呟いた。

 その隣で水城は至って平坦な表情でブルカ二等陸尉を見つめている。

 まるで舞台上で行われる茶番を見るような目つきだ。


「さあ恐れてチビって泣き喚け! これがッ、一世一代の大奇術ッ!!」


 ブルカ二等陸尉がボタンを押した瞬間――後方から追いかけてきていた装甲車が、内側から勢いよく爆発して弾け飛ぶ。

 爆風でもげた扉が飛び、ガラスが粉々に粉砕し、内部にいた人間の肉片が花火のように舞い散っていく。


「はっは、イッツジョーク! 爆弾を仕掛けたのは国衛隊の車のほうでした~! ……あれ何この子たち超シラけてる、ノリ悪くない?」


 大爆笑するブルカ二等陸尉と対照的に、水城も誠二も大層白々しい表情で彼を見ていた。

 渾身の冗談が軽んじられたブルカ二等陸尉が不満げな表情を露わにする。


「……ブルカ二等陸尉、既にあんたの正体は割れている。今更敵のフリをされても動じないよ」


「あれま、この坊ちゃんお気づきで。ぜーんぶバレちゃってるわけ?」


「ああ。楓の立てた計画も、明星の真意も、……あんたが国衛隊に派遣された明星の密偵だということもな」


 ……初めに違和感を覚えたのは水族館での一件だった。


 あの時ブルカ二等陸尉は、水没した水族館をダイビングで横断した水城の行動を読んでいた。

 しかしあの時の水城は戦を知らないただの子供だったのだから、身の安全のために諦めてエレベーターを使う可能性のほうが高いはずだ。


 なのに何故見透かしたように水城たちの行動を予測できたのか。

 ……それはブルカ二等陸尉に二人の位置情報が送られていたからとしか考えられない。


 全ては楓の計画を円滑に遂行するため。


 ……ブルカ二等陸尉も、そのための一員に過ぎない。

 彼は国衛隊を支持するフリをした明星の一員、諜報員として国家の動向をリークし続けていた潜入捜査員だったのだ。


「水族館の一件も不審だったが――そもそも楓と明星の企てた計画を完遂するには、あんたの協力は必要不可欠。……あんたが味方じゃなくちゃ説明がつかないことが多すぎたんだよ」


「あーらら、全部バレてやんの。ちょっと誠二ィー、この子皇紅葉の右脳担当じゃなかったっけー? なんか随分察しが良くて小生困惑気味なんですけどぉ」


「右脳は人の気持ちを慮り、交流に長けていると言われてるだろォが。隠し事を暴くことも得意に決まっておろう、少しは考えろ天然道化師」


「手厳しいなこのクソ老人ン~」


「儂はお前が嫌いだからな。そもそもソリが合わんし、人の倅にテーザー銃を使いおった」


「奇遇じゃーん。小生もアンタのことは大嫌いなもんでェ」


 そんな会話の間も、追手は次々増えていく。

 先程殲滅したにも関わらず、再び大量の車両が水城たちを追跡して来ていた。


 しかし東京タワーへの道は通じている。

 後はただ追いつかれないよう走るだけ。


「バレちゃってたんならしょーがない、小生も新人類殿を守ってやろうじゃん。そら行くぞクソガキとクソ老人、東京タワーにカチコミ入れてやろうではありませんか!」


 ブルカ二等陸尉は――いや、ブルカは片手で器用に運転しながら、後方に向かって手榴弾を投げ捨てていく。

 爆風が追手の視界を塞いで、更に距離を引き離していった。


「さあ! 我らが宿願の塔へ! どこまでもエスコートしますぞ若人!」


 二つの車は面並ぶように道路を駆け、目的地に向かって迷うことなく進んでいく。


 やがて窓からは東京タワーが見えてくる。

 ここまで来ればあと少し、全ての終わりまであとわずか……。


『第二十三班宮殿突入! 内部から牙城を切り崩し、リーダーの地下突入をサポートせよ! ここが正念場だ、総員鬨の声を上げろッ!』


 車内に響く通信音声の音は、宮殿襲撃班の闘いもいよいよ佳境だということを告げていた。

 混乱状態の中で襲撃を受けた国衛隊は総崩れ、戦況はもはや引っ繰り返すことの不可能な状況にまで追いやられていた。


「……始まっているようだな」


 ついに三人は東京タワー付近にまで至り、あとは数十メートル程度の距離を残すばかり。


 だがタワー周辺では第二十二班と国衛隊湊葉基地の兵士たちが激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 車を面並べて車両での突入を防いでいるので、戦地を車で駆け抜けるわけにもいかない。


 あと数十メートルで辿り着けるのに、この僅かな距離が修羅場。

 数多の銃弾行き交う重戦場は、どれだけの幸運を持っていたとしても無傷で突破できるものではないだろう。


 車での侵入を禁じられた三人は、各々車を降りて死地へと駆けていく――。


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