33章 ICBM
「通信の復旧はまだ時間を要するのか?」
騒然とする総司令部内で、衛がそう問いかけた。
「物理的破壊なので早急な復旧作業は難しいです。現在は宮殿内で待機していた技術班が予備基地局の稼働準備に入っているので、十数分ほどで微弱ながら電波は通り始めると思われます」
現在宮殿内の面々は復旧作業に勤しんでおり、一刻も早い通信環境の復活を目指している。
この緊急事態に乗じて敵が攻めて来れば混乱は避けられない、だから宮殿周辺を警護する兵たちも警戒状態へと移行していた。
……だが、停電作戦が開始されてからやや時間が経っているが、敵が攻めてきたような物音は一切していない。
この隙を狙って突撃を行うのが定石、というかそのためにわざわざ手の込んだ策を弄したはずであるのに、宮殿周辺は不気味なほど静かであった。
このまま時間が経てば電気と電波が復活し、宮殿は再び盤石な城塞と化すだろう。
千載一遇のチャンスで空白時間を作る理由は何なのか、宮殿内の誰もがその意図を図りかねていた。
だが『この隙に突撃をかけてくるのが定石』という思い込みが、彼らを後手に回してしまう。
だから、一人のオペレーターがそれに気づいた時は、もう避けようがない事態に陥っていた。
「北東に所属未識別の飛行物体出現! 目視可能距離にて浮遊中!」
オペレーターが映し出した地上の映像は、大東京の空を映し出した固定カメラのものだった。
本来曇りなき青空が広がるはずの上空には、目を凝らさなければ見えないほど小さな黒い物体が浮かんでいる。
一般人が見れば鳥か飛行機にしか見えないであろう物体が、幾つも幾つも空に浮かぶ。
……空に浮かんでいるだけならまだ許容範囲だろう。
でもそれが接近してくる兵器ならば、誰もが目を見開くに違いなかった。
「あ……ICBMです! 北東方面よりICBM接近中、都心に向かって突っ込んでいます!」
「ICBMだと……」
衛が驚嘆の声を上げる。
ICBM、正式名称――大陸間弾道ミサイル。
それは名の通り大陸を跨いで爆撃ができる代物で、遥か彼方に存在する国家に大打撃を与えることすらできる兵器の一種だ。
今回は核弾頭ではなく通常の弾頭を使用しているので壊滅的な惨状を生み出すことは無いだろうが、それでもその殺戮兵器が及ぼす被害は計り知れない
だからこそ、国家はイージス弾道ミサイル防衛システムを保持している。
……はずだった。
「防衛システムによる撃墜は作動しているのか? 国衛隊北部方面隊はイージスシステム搭載艦もイージスアショアも保有しているだろう……?」
「敵による停電作戦の影響が日本全土に亘っている模様! 予備電源で稼働こそ可能ですが、各基地では十分なレーダー探知ができない状態です。……故に全弾の迎撃は不可能です!」
そんなことを話している間にもミサイルは接近してくる、死が彼らに迫り来る。
「このための策か……」
停電作戦も電波断絶も、諸外国から放たれたICBMを都心にブチ込むための布石だ。
停電により満足なオペレーションを封じ、電波を遮断することによりミサイルへの対処を遅らせ、更には回避行動すら遅延させることが可能となる。
予備電源によってサイレンを鳴らせば、宮殿周辺の兵士たちを宮殿内に退避させることはできるだろう。
対核防空壕並の耐久を持つ宮殿であればある程度の直撃には耐えられるかもしれないが、全国から搔き集めた兵士たち全員がスムーズに避難できるはずもない。
避難が行えたとしても、宮殿内は混乱で満ちるだろう。
今までは堅牢な守護を行えていた軍隊も配置を乱され、統率が取れない烏合の衆と成り果てる。
しかし――敵の策に踊らされる以外に、打てる手など存在しなくて。
「警鐘を鳴らせ、衝撃に備えさせろ。軍勢に直撃すれば死は免れない……!」
……そして、数多の死が降り注ぐ。
ICBMが宮殿に直撃し、東京中を揺らがすような衝撃と爆炎が朝瀬川の都を彩った――。
その衝撃は、ヒスティリアの地下に潜んでいたアルビレオたちにも届いていた。
マグニチュード七を超える激震が彼らを襲い、突き上げるような揺れにただただ耐えることしかできない。
『……作戦完了です。最後の詰めはリーダーに託しました、ご武運を祈ります』
そんな中、携帯電話から聞こえてくるのは第二班の声だ。
……第二班の所在は海外、諸外国だ。
彼らは日本内にて活動を行う工作員ではなく海外に拠点を持つ者、空路・水路の断絶によって日本に来られなくなった工作員たちである。
国家はそれによって明星の戦力を制限したつもりでいた。
……だが彼らは元々海外での革命が仕事、日本に来る気など欠片もない。
何十年もの年月をかけて、ユーラシア大陸のロシュアル連邦で革命軍を装ったテロを起こし、市民を扇動して国家転覆させていたのだ。
その顛末はテレビで何度も速報を流されていた。
大型国家が革命によって秩序を失い、国家の崩壊と共に軍事兵器の物理的押収が発生したと。
大型国家なのだから、その軍事兵器の中には無論ICBMも存在する。
遠距離からでも宮殿を狙い打てる兵器が存在していた。
それが今、宮殿に突き刺さったのである。
「……さて諸君、いよいよ我々の見せ場が来たよ」
第二十三班から第三十七班の総督に、そして自分の後に続く者たちにアルビレオは告げる。
停電状態、電波断絶、ICBMの直撃により宮殿は混乱中。
人員で劣る彼らに与えられたチャンスは今しかない、国崩しを行えるのは今この瞬間しかありえない。
残る作戦はもう僅か。
後はただ物理的攻撃にて勝敗を決めるだけ。
ここからは電撃戦、いや白兵戦と言うのが正しいだろう。
その手に持った武具と、別部隊が用いる装甲戦闘車両が鎬を削る絶命の修羅場だ。
「全軍突撃! ……最終戦争の始まりだッ!」
宮殿襲撃班全部隊が一斉に吶喊する。
諸悪の根源が潜む本丸へ、混沌と化した日本の中核へいざ挑む――。
宮殿地下に存在している総司令部は、ほとんど被害を受けていなかった。
核弾頭ではなく通常弾頭だったことが幸いだっただろう、核弾頭であったならば総司令部も無事では済んでいなかったのだから。
「……宮殿半壊! ……全部隊中、避難の遅れた三割ほどがほぼ全滅……その他七割の部隊も統率が取れず、迎撃態勢が満足に取れない状態です!」
「宮殿内で爆発が発生! 敵に寝返った兵が手榴弾を無作為に投げているようです! ……ICBMから逃れるため宮殿内を締め切っていたので被害は甚大、一部部隊が壊滅しています!」
「軍用ドローンが多数襲来しています! 爆発から逃れるため外に出た兵士が狙い撃ちされているようです、ドローンジャマーの使用許可を願います!」
だが数多の作戦が同時に襲い掛かり、兵士たちは相当の痛手を受けたようだ。
オペレーターが被害状況を確認しているが、あまりにも被害が甚大すぎて宮殿内は混乱状態に陥っていた。
そんな彼の後方で、衛は宮殿各地に仕掛けられた監視カメラの映像を見ている。
大半は黒煙で視界を塞がれているが、その隙間を縫って爆死した兵士たちが映り込んでいた。
(まずいな……この状況下で攻め入られれば、我々の壊滅は免れぬ……)
明星の軍勢は、今朝の爆撃により半壊している。
しかし国衛隊も様々な破壊工作により半壊状態で、両者の状態はイーブンといったところだろう。
だが明星には二つの優位点がある。
一つは携帯電話による連携が取れること、もう一つは不老不死者が多く存在することだ。
両軍入り乱れる混戦となった場合、拘束されない限り暴れ続けられる不老不死者は相当なアドバンテージになる。
対して、国衛隊が持つ唯一の優位点は――全快状態の部隊が存在することだった。
「……湊葉基地の兵をここへ推参させろ。あの基地は全部隊中最高の軍事力を誇っているのだろう? 奴らを迎え撃つには呼ぶしかあるまい」
湊葉基地は東京タワーと宮殿の近くに存在し、重要施設付近の基地ということで最も強力な軍と見做されている。
明星が宮殿突破以外の奇策を企てた時の保険として待機させていたのだが、それが功を奏して兵器による被害を受けていない。
「国王殿、朗報です。予備の基地局の稼働が完了致しました。電波強度は非常に悪いですが最低限の通信が可能です。これを使えば湊葉基地への連絡が可能な上、混乱状態に陥った全軍の迎撃態勢を整えることができます」
「良い、即座に命じろ」
電波通信が解禁されて、総司令部内が慌ただしくなっていく。
そんな中、衛は国王用に拵えた椅子に座り、瞳を閉じて天を仰いだ。
(……だが、劣勢に変わりはないか……)
湊葉基地の兵さえ合流すれば、戦況は国衛隊の優位に傾くだろう。
……だがそれは、宮殿が滅ぶまでに合流できれば、の話だ。
(敵はこの機を逃さず、突撃してくるだろうな。……我々の軍は現状総崩れの状態、今一点集中で突撃をかけられれば護り切る保証はない。湊葉基地の兵士が現着するまで敵の猛攻を往なさなければ我々の負けは変わらないだろうな……)
衛の想定は正しい。
いくら強力な軍を保有していても、その到着前に致命傷を負う可能性が高いのだ。
……総司令部内は一筋の希望を見い出したような活気に溢れているが、現状国衛隊が詰んでいる事実は変わっていない。
護り切るためには、敵の動向を知らねばならない。
それが無くては必至の敗北。
もしも敵の居場所を知ることができたならば、あるいは……。
……その時、衛は思い出す。
水城が狂喜乱舞しながら遺産を壊していたあの姿を。
今の水城が望むのは楓の奪還だけ。
……だとしたら、必ず……。
「……柊水城に仕掛けた発信機の信号を追え」
静かに目を開いた衛が、部下たちにそう命令する。
「電波が復旧した今なら衛星通信で追跡できるだろう、直ちに所在地を突き止めろ。柊水城の居場所さえ分かれば我々の勝機に繋がる……」
「ど、どういうことですか……?」
「奴は鈴蘭楓を奪還するため、必ず最前線に出てくる。主力の一員として加わるだろう。それさえ判別できれば敵の陣形を予測することくらい可能ではないか……?」
……そう、橘樹衛の言っていることは正しい。
彼は水城の性格上、楓をその手で奪還することを熱望すると理解していた。
そしてその訴えを聞いたアルビレオたちが逆らえないことも全て理解していた。
故に水城はアルビレオと同じ隊に属するだろう。
だが要となる新人類を殺させるわけにはいかない。
だから必然的に部隊の配置は、水城の属する部隊を中心とした陣形となるはず。
つまり、水城の所属する本隊が居る方角から大量の部隊が攻めてくる。
それ以外の方角からは多少の兵が来るものの単なる陽動、兵の層はある程度薄くなるはずだ。
であれば、その方角への守備を固めればいい。
敵の来る方角が分かれば対処はできる、残存戦力を割り当てられる。
陣形さえ読めれば難しくないはずだ。
そう、そうなのだ。
橘樹衛の推測は全て正しかった。
思えば彼は常に最善手を打ってきた。
水城の体内に発信機を埋め込んでアジトを特定することも、決行当日に爆撃を行い敵の兵を削ることも、水城の思考を読んで本隊の位置を把握することも。
全てが全て正しい一手と言えるだろう。
星狩りから始まり、発信機による拠点の把握、遺産と基地の破壊作戦、水路・空路の制限、無作為警邏、戦闘機による爆撃、停電・電波断絶作戦、ICBMの投下、自爆作戦。
ここまでの応酬は、本来この一手で全て決着するはずだった。
アルビレオたちの属する本隊の場所を暴いた時点で国家の有利が決定し、この戦争は幕を閉じるはずだった。
元々これは、明星が敗北する闘いだったのだ。
……だが、一人の少年が運命を変えた。
「柊水城の所在を確認! ……えっと、あの……東京タワー方面に向かって直進中!」
「なに……?」
ディスプレイ上に浮かぶ発信地点は、宮殿とは真逆の方面に向かって動いていた。
向かう先は東京タワー、環境システムのある場所だ。
彼は今、明星が企てていた本当の作戦に挑むため、宮殿には向かっていない。
だが――そんなこと、国家が理解できるはずもない。
(何故だ……!?)
ほんの一秒足らずの刹那とも呼べる時間で、衛の脳内に様々な可能性が浮上する。
敵の本隊が宮殿ではなく別方面に向かっている?
何故だ、そんなことをするわけがない。
この大一番で戦力を分散させる必要があるわけない、意味不明な一手だ。
柊水城が単独で行動している?
馬鹿な、新人類を一人放っておくわけがない。
そもそも奴が鈴蘭楓の奪還を放置して別の場所に行くわけがない。
……ならば、残る可能性は……。
「奴ら……環境システムの破壊を狙っているのか……?」
明星の矛先が東京タワーに向かっているならば、それしか可能性はない。
だが衛の持つ情報では、明星が環境システムを破壊しようとする意味が理解できなかった。
新人類二人で新たな生態系を作るのが皇紅葉の宿願、それに背くような真似をするわけがない。
今までの何百年を無に帰すようなことができるわけがない。
だとすれば――。
「柊水城が、この世界の破壊を明星に命じたとでもいうのか……!」
ありえない話だ。
でもそれしかありえないのも事実だ。
「国王殿、タワー付近には国衛隊湊葉基地があります! この兵であれば環境システムの破壊を止められるかもしれません! ……ですが、それだと……!」
それは常人では選びかねるような、究極の選択だった。
湊葉基地の兵を宮殿に呼び寄せたならば、明星が環境システム破壊を目論んでいた場合に止められない。
この世界は壊滅し、タワーへ向かった柊水城も死亡して新人類の未来は閉ざされる。
つまり、完全なる世界の終わりが来るのだ。
だが兵を環境システム破壊への妨害に使うならば、宮殿は残された残存兵力で何とか凌ぐ他はない。
システムの破壊が杞憂であった場合、敗色濃厚のこの局面では命取りとなる。
宮殿か、タワーか。
国衛隊湊葉基地に存在する兵士をどちらに向かわせるかで、未来は変わる。
「国王殿、如何致しますか……!」
「………………………………………………」
どちらを選んでも地獄。
……ならば、可能性が残される地獄を選ぶべきだろう。
環境システムが破壊されれば、柊水城が死んで全ての夢は費えるだろう。
だが宮殿が陥落するだけならば、新人類二人は生き残る。
システムの破壊さえ止められれば、僅かながらの可能性は存在するのだ。
それに――これは根拠のない推測になるが、衛には環境システムの破壊こそが敵の本懐に思えて仕方なかった。
「……これは国王命令である!」
衛はその場にいる全員に聞こえるよう大声で告げた。
「国衛隊湊葉基地に所属する兵士たちを、東京タワーへと向かわせよ! 環境システムの破壊を食い止めて、この世界を守るのだ! 全身全霊を以って奴らの計画を阻止しろッ!」
彼は最後まで何一つ間違えなかった。
明星の狙いが環境システムであると読み切った。
それでも彼はそう告げる他ない。
読んだ結果は、詰みでしかなかったのだから。
最善手を打った結果が敗北なのであれば、胸を張ってその宣言をするしかないのだ。
それはこの戦いを捨てるにも等しい敗北宣言。
……宮殿での決戦を負け戦とし、その後に残された敗残兵でどうにか新人類二人を奪取するという、無茶な未来に賭ける言葉。
だとしても、その言葉を聞いた兵士たちは、ただただ強く頷いた。
「だがしかし我々は最後まで気高く闘う! 心の名誉勲章に誓いを、魂に刻まれた誇りに祈念を捧げよ! 我らが国衛隊は世界最強の軍隊だ、一介のテロリスト共に蹴散らされるような雑兵ではない!」
敗北の確定した兵士に、その死が名誉あるものだと伝え刻むように――衛はより一層大仰に声を荒げる。
「我らが魂を奴らに見せてやれッ! 命消え果る一瞬まで我々は誇り高き国衛隊だッ!!」
……明星は破れ、国衛隊が勝つはずだった未来。
それを変えたのは紛れもない柊水城。
彼が明星の描いた真の終焉に気付いたからこそ辿り着いた、本来あるはずのない世界。
定められた運命が姿を変えていく、世界の未来が変わっていく。
その終端は、誰かの望んだハッピーエンドへと姿を変えつつあった――。
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続きは明日6時50分から随時投稿いたします。よろしくお願いします。




