32章 ブラックアウト
「奴らは確実に宮殿を攻めてくる。兵は宮殿周辺を囲え。奴らの狙いは儂と鈴蘭楓だ、宮殿さえ堅牢に仕立て上げれば何の憂いもない」
来たるべき強襲に備えて、宮殿地下の総司令部では衛直々の指揮が飛ばされていた。
各地方に存在する国衛隊のほとんどを宮殿に集結し、万全の警戒体制を構築している。
唯一国衛隊湊葉基地の兵士たちだけは、宮殿への直接占拠以外の手段に対抗するため基地での待機を行っているが、それ以外の兵は今全てこの宮殿にいる。
それは圧巻の兵数、明星でも決して突破することができないであろう揺るぎ無い城塞であった。
だから……宮殿にいる誰もが、敗北など信じていなかった。
どのような搦め手を用いてもこの兵力差は埋められないと思っていた。
彼らの思う通り、明星とぶつかり合えば国衛隊が勝利するだろう。
……それは、搦め手の無い純粋な戦であればの話だが。
「……ッ?!」
その瞬間、総司令部内の電気が全て消える。
視界が闇に包まれて何もかもが黒に染まった。
停電。
……平時であれば誰もがそう思って、復旧を待つだろう。
だが軍人であれば、このタイミングで電力系統の障害が発生することの違和感に気付ける。
戦争中に都合よく停電が起こるはずもない、楽観視は命を落とす原因にしか成り得ないのだ。
数秒後、総司令部内に灯りが戻ってくる。
予備電源に切り替わり電気が供給され始めたのだ、しかし誰もが安堵する様子を見せなかった。
「……緊急事態発生!」
通信科に属する兵士がそう叫ぶ。
彼の目の前に浮かんでいるディスプレイには通信エラーを示す赤い三角が浮かび、全ての通信が断絶されたことを物語っていた。
「電力系統、通信系統に障害発生! 外部との連絡不可能、各隊への指示が行えません!」
「なに……?」
現代戦争において、電気が生み出す効果は絶大だ。
敵影探知のレーダーも各隊の情報処理も全て電力を必要としている。
同時に通信も昨今の争いでは必須。
戦国時代でも使者による口頭伝達が使われていた程、通信は戦地において効力を発揮する。
軍隊同士の連携、作戦の共有、全ては通信設備があればこその軍策だ。
……特に兵数が多ければ多いほど、適切な連携が求められる。
情報の統率が取れていない大軍隊を率いることは、どのような知将であっても捌き切れるものではないだろう。
「恐らく、発電所と基地局が同時に破壊された模様! 電力は予備電源である程度賄えますが、電波が断絶したとなると作戦に多大な支障が生じます……!」
「軍保有の移動式基地局があるだろう。それを出動させろ」
「緊急事態には自動で電源が起動されるよう設定しております。しかしそれが作動しないところを見ると、恐らく敵側によって破壊されたものかと思われます!」
「……ユダが蠢いていたか……!」
宮殿ともなれば建物内部に基地局があり、移動基地局も保有している。
だがそれも同時に効力を失った。
即ち国衛隊に裏切り者がいて、極小型の爆弾を設置されていたのだ。
全ては、発電所と基地局の爆破によって通信系統を奪うための妨害工作。
国衛隊は今や、バングルの使用は愚か軍無線すら封じられた状態になっていた。
「……成程、あの派手なテロ行為は陽動というわけか」
各地の遺産を破壊していた活動。
あれは国衛隊の兵数を減らすだけでなく、発電所や基地局に小型爆弾を設置する作業も兼ねていた。
……遺跡へのド派手な襲撃によって注意を引いて、その間に作業を淡々と進めていたのだ。
「しかし国王殿、これだけの妨害工作ともなれば明星も情報共有ができないはずです。我々は宮殿を守るだけで良いのですが、彼らは高度な連携を取って我々の包囲に穴を開けなければなりません。……むしろこの状況は、奴らにとって不利益なものではないでしょうか……?」
「……阿呆め。一見不利益な一手を敵が指した時こそ、敵の術中に嵌っていることの証左。最悪の状況に陥っているのだよ……」
衛はそう呟いた直後、一人の隊員が声を上げた。
「……遠距離通信のものと思われる電波信号を探知!」
総司令部にいた誰もが顔を上げる。
基地局の消えた今、遠距離通信を行えるわけがない。
もしもそれが探知できたというならば、どこかの基地局が復旧したことに他ならないからだ。
だが、続く言葉を聞いて、誰もが上げた顔を捻ることになる。
「旧式の電波信号です! 現ネットワークには適合しないオールドタイプの電波が町中に飛び交っています……!」
「各隊の総督に確認、僕の声聞こえるかな?」
発電所の爆破により停電した地下道を進みながら、アルビレオが旧式の携帯電話に向かってそう呼びかけた。
電話の向こうからは総督たちからの返事が届いてきている。
……基地局が破壊されて、全ての電波通信が遮断された現状であっても、彼らは遠距離通信を行うことができていた。
明星は基地局へ小型爆弾を設置するのと同時に、自分たちの作った専用の基地局を設置する作業も行っていた。
……携帯電話の電波だけを行き来させられるように、数百年前に使われていた基地局のデータを解析し、現代に再現したのだ。
古い配列を使用した仕組みであるため、その基地局を使って現在のインターネット通信を行うことはできない。
同じく古い配列を使用した旧式の携帯電話にしか使えないのだ。
結果、明星だけが通信を行うことができている。
これは現代戦争においては途方もなく大きなアドバンテージ、敵にとっては致命的な差となるだろう。
防災用の手回しランタンを光源としながら、アルビレオたちはヒスティリア地下へと向かう。
「第二班、そろそろ時間だよ。着弾時間に狂いはない?」
アルビレオの持つ旧式の時計が示す時間帯は十時半。
……あと三十分以内にそれはやってくる、遥か彼方から飛来してくる。
ユーラシア大陸のロシュアル連邦から、それは襲い掛かる。
『計画に支障はありません。定刻通りに着弾予定です』
「りょーかい。それまでに地下で準備整えて、いつでも強襲できるよう準備しておくよ」
そう言ってアルビレオは通信を切った。
ヒスティリア地下に到達するまであと僅かだ。
そこまで辿り着けば、世界ごと揺らすような衝撃が全てを告げる鐘となるだろう。
伸るか反るかの決戦は、すぐそこに迫っていた。




