3章 明星
「追ってくると思っていたよ、柊水城君」
「……俺の名前を知ってるってことは、最初からアタリを付けていたってことですかね」
「そうだねー、君の素性は全部調査済みだよ。経歴も性格も思想も家族も、異世界転生に対する敵対心も。だからこそ君にコナをかけたんだ、誰もが転生を喜んで享受するイカレた世界でまだマトモな倫理観を持ってる若者だからね」
「……」
水城のような思想を持つ若年は楓くらいだろう。
今や誰もが転生推進派、それこそが正しい姿だと信じているのだから。
とはいえ現状、若者が大人にならず超少子高齢化になっても問題の無い世界に至っていた。
重要な職務のほとんどが人工知能任せ、この世界に生きる大人は趣味で仕事をするか、道楽を極めるかのどちらかだけ。
やがて不老不死の技術が一般人に普及するのをのんびりと待ちながら生きていくだけの、生産性もない存在になり下がっているのだ。
「しかしまー、この学校も他とおんなじだ。傍から聞けば詐欺師のご高説にしか聞こえないような巧言令色と大言壮語だってのに、浮かれきって誰も疑いを持ちやしない」
「……こと転生に関しては、誰もが猜疑心を持たない時代ですからね」
「そう、都合の悪そうな事実は全面シャットアウトだ。転生の為に受験も就活も諦めて、この世界に夢も希望も持っちゃいない。だから今更やっぱりやめますなんて言える状態じゃない。彼らには転生すること以外、もはや道なんか残されていないのだからねえ」
生まれた時から転生の素晴らしさを聞かされ続けてきた子供たちは、もはやその存在に疑心を抱くことすらない。
彼らに現実を教えるはずの大人が転生を推奨しているのだ、それが是とされた世界で真っ当な思考を持てるはずもなかった。
「皆怖いんだよ、主人公になれない現実がね。死んで異世界に行けば全てが逆転勝利? 馬鹿ァ言っちゃいけない。……昔から同じだよ、死の恐怖を麻痺させる謳い文句さ。死んだ後どうなるかを語る人は全員詐欺師だって、死ななきゃ分かんないヤツが多くて困るよねー」
「そんなことを言うってことは……転生先の異世界で主人公になれるなんて嘘なんですか。どころか異世界も存在しないとか?」
「いーや、異世界はあるよー。現に異世界によって現世は栄えたじゃないか。……でもさ、異世界人にとっては君たち現世の人々こそが異世界人なんだ。異世界から現れた侵入者に、何故良い待遇なんか与えなくちゃならないのかなー?」
授業開始の鐘が鳴る。
しかし水城にその音が届くことはなかった。
「別の世界から知能指数の低い猿風情が現れたとして、丁重に扱う道理があるわけないよね。……異世界に迷い込んできた君たちは食料になり、見世物になり、労働力になる。人としての待遇なんて馬鹿馬鹿しい、君たち人類はゴキブリのように大勢いるんだから使い潰されるばかりだ。家畜レベルなら良い転生先だね、大半は君たちを単なる消耗品としか扱わないよ」
それを聞いた水城は一瞬声を荒げそうになり――深呼吸によって平静を取り戻す。
まだアルビレオの言葉が本当かどうか確定したわけではない。
真偽の不明な情報にわざわざ感情を荒立たせるのは得策ではないのだ。
「それが本当なら……どうしてさっき話さなかったんですか。特別講師は異世界での現状を話すのが役割でしょう、ちゃんと話せば皆も転生なんて諦めて――」
「特別講師はね、若者の自殺者を増やすのが仕事なんだ。綺麗事で上塗りを重ねた異世界生活の素晴らしさを教えて、皆に自殺してもらうのが職務なんだよ。……もっと平たく言えば、上層部が用意した原稿を明るく爽やかに読み上げるのが仕事かなー」
納得できない話ではなかった。
何故なら特別講師は中立な立場のはずなのに、いつだって異世界の良いことしか言わない。
自殺志願者の背を後押しするような存在なのだから。
「この世界は若者の自殺を推進してるんだよ。異世界から様々な技術や恩恵を賜る対価として、若者を転生させているんだ。沢山死ねば国の保有するテクノロジーが増える、異世界産の高品質な商品も輸入される。だからどの国もせっせと若者の自殺に力を入れているんだよ」
「……そんなこと、あるはずが……」
「あるよ。死を是とする新たな大衆常識を長い時間かけて作り上げ、全世界に浸透化させたんだ。君が今違和感を覚えているこの世界も、上層部が思い描いた都合のいい養人場なんだよ」
……水城は少しの間、言葉を発することすらできなかった。
無論アルビレオの言葉を全て信じたわけではない、半分以上はまだ猜疑し続けているだろう。
しかし彼の言葉が虚言であるという証拠もまた存在しない。
……それどころかむしろ、彼の語る世界の裏側が真実であった方が、このおかしな世界の説明がつくとさえ思えてしまう。
異世界と出会い、この世界の技術は飛躍的に向上した。
だが何の対価も無しに技術が譲渡されるわけもなく、そこには取引があったと考えるのが当然だろう。
ならば異世界と出会ってからこの世界が失ったものは何かと言えば、若者の命に他ならなかった。
「でも……じゃあ、どうして俺にアプローチしたんですか。仮に貴方の言葉が本当だとしても――国から派遣された特別講師がわざわざこんな話をする意味が分からないです」
「さっき、君の全ては調査済みだって話したよね? ……君さー、クラスメートたちの転生を止めたいんだって? 幼馴染ちゃん以外は全員転生希望だってのに御苦労なこったね、でもただの友人でしかない君がいくら頑張っても彼らの転生は止められないと思うなー」
「……」
問いへの返答になっていないその言葉は、水城の心を確かに抉る。
友人たちに死んでほしくない。
異世界なんて曖昧で不確実なものに縋って、この時間を無に帰してほしくない。
……それが水城の抱いていた感情だった。
しかし彼が何度も必死に止めて、考え直すように言っても……誰も承諾することはなかった。
無理もないだろう。
たった一度死ぬだけで人生が黄金色に輝くならば――異世界で主人公のように皆から慕われるならば――際限のないハーレムを謳歌できるならば――非凡な能力で他を圧倒できるならば――現世の未練など、塵芥にも等しいのだから。
永遠の別れまで、あと数週間。
それまでにどうにか皆を説得し、現世に留まらせなければ。
でも、……皆の心を変えられないまま、時は流れていた。
「僕たちも同じさ、水城君」
「え……?」
「転生を止めたいと願う人間は、君だけじゃない」
アルビレオが手首のバングルを操作し、空中にディスプレイを顕現させる。
そのディスプレイには一つのロゴマークを表示されていた。
それは未だかつて見たことがない、黒炎に包まれた一つの紋章。
そこに綴られた文字は外国語で読むことすら叶わなかった。
「異世界転生を止める組織、Φωσφόρος(ポースポロス)。日本では明星と言うべきかな。僕はその組織で転生システムを抹消しようとしている者だ。我々と思想を同じくする君に興味があってね、本来の特別講師を拘束して成り変わり、この学校に潜入してきたんだよ」
「転生の……システムを……?!」
「そうだよ、転生が起こらなくなれば若者は自殺なんかしない。それが成就すれば異世界人に支配され続けている人類はようやく新たなスタートを切ることができる。……その為に必要だったんだよ、君みたいに転生への懐疑心を持っている協力者が」
水城は今まで、そんなこと一介の存在にできるはずがないと思っていた。
どんな仕組みで異世界と繋がっているかも分からないのだから太刀打ちのしようが無いと思っていた。
しかしその明星という団体がそれを知っているのであれば、そして有言を実行できるだけの組織力を持つならば、或いは――。
「……できるんですか。本当に……貴方たちは転生を止めることができるんですか……?」
「できるさ。その為に水面下で組織規模を拡大し続けてきたんだからね。……もし君が仲間たちを救いたいと思うなら、君も工作員になるしかない。このまま見過ごせば皆々仲良く地獄行き。君がその手で仲間たちを救わなくちゃ必ず訪れる未来になるんだよ」
水城は自分の掌を見つめる。
そこに灯った小さな力を確かめるかのように。
(俺が、この手で……救う……)
もし本当にそれが叶うならば……続いてほしいと願った日常は、きっと失わない。
もしこれを無碍にしたならば――友は皆、意味のない死を遂げるだろう。
……どんな結末に至るとしても、水城は真実を追究しなくてはならない。
転生した者がどうなるのか、何者の陰謀が渦巻いているのか。
真相を知らなければ宿願など訪れないだろう。
「急に突飛な話をされて仲間になれと言われても、現状ではまだ信じられません。……でももし今の話が真実だという証拠を見せていただけるなら、……いくらでも賛同します」
「それは助かるねー、人手は多ければ多い程遂行し易いからね」
アルビレオは満足そうに頷き、バングルを操作してディスプレイを消し去った。
「証拠は後日御覧に入れよう。日時と時間はこの学校にいる別の工作員経由で伝えるから、それまでゆっくりと考えてね」
「この学校にも工作員がいるんですか?」
「古株が一人ね。もうすぐ来るはずだけど……あ、来た来た」
アルビレオが水城に――いや、その背後の誰かに向かって手を振った。
そこにいたのは……水城にとって、見覚えのありすぎる人物。
「楓……!?」
「……や」
幼馴染――鈴蘭楓。
水城を除くと、現三年生の中で唯一転生を望まなかった少女。
車椅子の軋んだ音が、静寂の空間に響いた。
楓はバツが悪そうに目線を逸らし続け、現れてから一度も水城と目を合わせようとしない。
聞きたいことは山ほどあった、問いかけたい言葉はいくつも浮かんだ。
しかし驚愕が言語化を阻害して、言葉にならない音だけが喉から虚しく絞り出る。
「鈴蘭君はね。小学生の時から我々明星の工作員なんだよ。柊君のことも彼女からある程度聞いている、きっと協力してくれる人物だってね。だからこそ本来重要機密であるはずの情報を軽々と話してあげたんだ、水城君は彼女に感謝したほうがいいよ」
「楓が、俺を……」
おかしい話ではない。
彼女が明星のメンバーならば、明星が水城という存在に目をかけたのにも納得できる。
そこまでは何も問題はない。
でも、どうして彼女はずっと隠し続けていたのか。
この組織についてもっと早く教えてくれても良かったのではないか。
……それだけがどうしても水城には解せなかった。
「……水城君の考えてること、多分道理だと思うよ。でもその辺りにも理由があるし、きっとそれはこれから彼女が話してくれるんじゃないかなー」
ようやくそこで、楓が水城と視線を合わせる。
意を決したかのような、何もかもを伝える心の準備ができたかのような、……今まで見たことがない幼馴染の表情だった。
彼女は水城に近づき、優しく袖を握る。
そしてその優しさを失わないまま軽く引っ張った。
「……行こ、水城。……話したいことがたくさんあるの」
一瞬躊躇い――それでも水城は一歩を踏み出した。
彼女が決心したならば、自分だってそうしなければならないと思ったから。
「じゃあ柊君、後は鈴蘭君から話を聞いてねー。機が熟したら連絡するから、よろしくね」
あっけらかんとそう言い残し、アルビレオは立ち去っていく。
彼から漂うオーデコロンの香りだけがいつまでも残り続け、非現実的な気持ちはいつまでも治まらなかった。
「……どこに行くんだ?」
水城は車椅子の手押しハンドルを握って歩き出す。
彼の顔を見上げた彼女は、当たり前のことを言うような口調で言った。
「授業に戻るの。水城、先生怒ってたよ?」
授業が終わったら話すから、なんて言葉をセットにして。




