29章 終端の前夜
【鈴蘭楓奪還作戦まで残り一日】
……十月二十一日、暮夜。
鈴蘭楓奪還作戦、及び橘樹衛殺害作戦の前日、全ての明星構成員が各地の拠点に集っていた。
数十万人もの人間がテレビ会議越しに、アルビレオの姿を目にしている。
作戦決行は明日、人類の未来は二十四時間以内に決定するだろう。
新人類二人が新たなる生態系を作りゆく世界か、それとも橘樹衛が王となり何もかもを弾圧し続ける世界か、それを決める分水嶺はもう目の前にまで迫っていた。
「……OK、全拠点と映像が繋がったようだ。早速始めよう、我々に許された最後の会議を」
会議室の中心に置かれたバングルが、日本中の明星工作員にリアルタイムの映像を届けている。
今ここでアルビレオが話した内容が全ての工作員に伝わり、明日の作戦と成りゆくのだ。
明日の作戦要項を記したデータを全拠点に共有しているアルビレオの近くには、誠二とハルと水城と、そして三十数名程の明星隊員がいる。
彼らは各々の心情を反映した表情を浮かべながら、続く言葉を待ち続けていた。
「さて、明日は我々の宿願たる日だ。閉塞した人類が新たなる日々を歩み始める祝福すべき時、人類が定められた終端を超えて限界の向こうへ挑み始める栄冠の一日になるだろう。……新人類の繁栄を以て、我々は人類の枠組みを超越した生命体へと昇華される……!」
画面越しの隊員たちが手を叩き、やがて来たる恩寵に祈りを捧げていた。
彼らは知らない、知る由もない。
新人類が新たな文明を構築したとしても、それは化物になり果てるだけの未来だということを。
それどころか明星に忠誠を誓った人類でさえも明日、脳に仕組まれたプログラムによって死に絶えていくことを。
まるでそれは、転生によって幸福な未来を手に入れることができると信じ込んでいた水城のクラスメートたちのよう。
迎える結末がバッドエンドだと知らず、無知なる歓喜を携えて黄泉に落ちる者たちだった。
「我々には成さねばならぬことがある! 一つ! 鈴蘭楓の奪還! 我らが同胞を奪還する! そしてもう一つ! 橘樹衛の殺害! 転生がこの世界を牛耳っているのも全てがあの王の所業、彼を殺さねば悪意はこの世界で胎動し続ける! そして最後の一つ! 転生システムの破壊! これを止めねば我々はいつまでも異世界に拘引され続けるままだ! 真の開放を望む為には因果を解き放たねばならない、我々がこの拳で終わらせねばならないッ!」
平時とは全くかけ離れた熱弁を放ち、アルビレオは同胞たちに呼びかける。
その鼓膜を震わせるだけの言葉ではなく、心を震わせるための鼓舞をあらん限りの力で発していく。
「さて配置の最終確認だ。第一班はフェンネル幹部を総督、メース幹部を副総督として各発電所と基地局での攪乱工作を担当! タイミングを見誤るなよ、確実に不意を突け! 第二班はクロスエッジ幹部を総督としてロシュアル連邦潜入員にタイミング指示! 第一班の完了報告を受け次第行動しろ、くれぐれも先走るなよ!」
全国各地に散らばっている明星の班に、彼は指示を飛ばしていく。
明星全勢力を動員した総力戦だ、末端に至るまでの全ての班に作戦を与えていくのは当然だろう。
「――第二十二班は柊誠二幹部を総督、ハルモニア幹部を副総督として国衛隊湊葉基地が王宮に応援を派遣できないよう足止めを実行! 奴らは手練れだ正面衝突は避けろ、その為に二十二班は機動力を重視した編成にしてある! そして第二十三班から第三十七班は僕を総督として王宮への侵攻を行う! 我々の班は制圧力がモノを言う、戦力を集結させたこの班で打ち破れぬものなど何もない! ……以上全三十七班に付き従う者諸君! 明日は己が役割を遂行し、個人個人が勝利への貢献を行うこと! そして最も大事なのが――」
そこで、アルビレオは勇んでいた表情を和らげる。
代わりに彼が浮かべたのは、いつもの彼の表情。
誰よりも柔和で、どこか軽々しくて……紅葉の言う通り、その人生を楽しんでいるかのような顔。
「肩の力を抜いて作戦を遂行していくことだよー。最終決戦だとしても楽しんだヤツが勝ちさ、楽しんでさえいれば例え明日討ち死にするとしてもハッピーエンドだよ。……未来がどうなろうとも、最後の最後まで笑っていられたなら幸せな終わり方なんだからねー」
愛する人から受け売った言葉を言いながら、締まりのない表情で笑った。
全ての作戦要項を聞いた明星のメンバーたちが、鬨の声によって同胞の意を表明する。
例え明日が過酷な闘いになろうとも、組織の結束と人類の未来を信じて戦い抜くことを誓っていた。
全拠点で拍手が打ち鳴らされる。
目の前でアルビレオの言葉を聞いている誠二も、ハルもただ黙って手を叩き続けた。
誰もが明日の勝利を願いながら心を一つにしていく、ある種儀式にも近いような団結の喝采が、明星に所属する者たちの心の拠り所となっていた――。
――しかし柊水城は、そこに含まれていない。
彼は拍手をすることなくただ押し黙り、己の膝に視線を向けていた。
俯いていたのは感銘に身を打ち震わせているからではない、動揺にまみれたその表情を隠す為だ。
(どうして……今、アルビレオはあんな嘘を言ったんだ……?)
きっとその矛盾に気付いたのは水城だけだっただろう。
それ以外の構成員たちは、誰もがこの熱狂の前夜に心を囚われているのだから。
戦争に赴く兵士たちが洗脳されるかのように、彼らは明日死ぬかもしれないという可能性に潰されないよう必死なのだから。
……水城の視界が歪んでいく、渦のように回っていく。
今アルビレオが口にしたことは普通あり得ないこと、この作戦の成功率を下げることにも等しいことだ。
だが何故そんな采配をする必要があるのか、何故勝率を下げるのか――。
その矛盾を考え抜いた時、……水城の脳に、今までの記憶が蘇ってきた。
「…………………………………………………………………………………………………………」
まるでそれは、今までの人生を巡る旅。
彼の知る全ての事実が、たった一つの真実に繋がっていく。
……そう、それは在りし日より仕組まれていた運命。
柊水城を幸せにするために作られた、優しい嘘。
そして人類が人類らしく生きて、その生涯を終えるための物語。
水城は、ようやく辿り着く。
明星上層部が企てた、本当の計画に。
……明星の者たちは、未だ熱狂の中に身を預けていた。
決戦前夜の拠点は異様なまでの熱狂に包まれていて、彼らはその熱狂に酔い痴れることしかできないのだ。
そんな時間が続く、いつまでも続く。
まるでこの会議が終われば世界が終わってしまうかのように話は続いていく。
この熱を共有している者たちのほとんどは明日死ぬだろう、プログラムによって死ぬだろう。
彼らはその事実を知らないが、まるでそれを知っているかのように名残惜しそうな表情をする。
……だからいつまでもいつまでも……最後の会議は続く。
それは日付が変わり、……決戦の当日が来るまで続くのだった……。




