27章 人類の帰着点
【鈴蘭楓奪還作戦まで残り一ヵ月】
「……突然人の部屋を訪ねてきたかと思えば、今更そんなものを見たいだなんてねー」
水城がアルビレオの部屋を訪ねたのは、夜も更けた二十三時頃のことだった。
見せてもらいたいものがある、という名目で部屋に入ってきた彼がアルビレオに要求したのは、かつて彼が見せられた異世界の映像。
水城の先輩たちが異世界の異形たちによって嬲られ、苦悶の咆哮を上げている一部始終だ。
かつてヒスティリアでこの映像を見せられた水城は、吐き気を催す程に動揺していた。
しかし久方ぶりに映像を見た今の水城が浮かべているのは、標本でも観察するような冷めた表情。
今の彼にとっては旧友が凄惨に死ぬ様なんて、別段心を揺り動かされるものではなかった。
「僕としては、その映像をまた見るのはオススメできないんだけどね。あの時は我々のことを君に信じさせたいが為に見せただけで、本心を言えば君の心労を増やすだけのこんな映像は今すぐにでも消してやりたいくら――」
「アルビレオ。この映像を俺に見せた時の様子を、お前は記憶しているか」
言葉を遮りながら、水城は抑揚のない声でそう言った。
そして視線をアルビレオに向け、糾弾するような視線で彼を射抜く。
「よーく憶えているとも。全身の動揺を隠せず、吐きそうなのを今にでも堪え――」
「俺の様子じゃない。この映像を俺に見せた時の、楓の様子だ」
再び言葉を被せて、詰問染みた口調で問い続ける。
「……さあ。僕は水城君の様子を注視してたからねー。鈴蘭君の様子なんて憶えてないよ」
「あいつは義憤に駆られているような表情をしていた。この映像に干渉できるなら今にでも化物共を絞め殺してしまいそうなほどの憤懣とした表情だ。……おかしいとは思わないか」
「おかしい? 同胞ともいえる現世の人間が蹂躙される様を見て、怒りを覚えるのは真っ当な感情だと思うけどねー。映像に映る人間は水城君にとっての先輩達、なら鈴蘭君にとっても先輩にあたるだろう。そんな人々が拷問されていたら怒りに駆られるのは至極当然だよね」
「楓は人付き合いに無関心だ。クラスメートや俺、おじいちゃん以外の人間とはほとんど関りがない。人に無関心な彼女が、あの映像を見て度が過ぎるほど怒りを露わにするか?」
……それに、もしあの映像を見るのが初めてなのであれば、あそこまで過激な映像を見せられれば水城と同じように吐き気くらいは覚えるだろう。
少なくとも何かしらの動揺は見せるはず。
それがないということは、かつて楓があの映像を見たことがあるということに他ならない。
でも、その映像を見るのが何度目かなのであれば、あそこまで怒気を露わにすることがありえるだろうか。
「推測だが、楓は異世界の存在に何かしらの特別な感情を抱いている可能性が高い。……勿論友好的な感情なんかじゃない、敵愾心にも近いようなものだ」
「…………………………」
いつも朗らかな口調と表情を身に纏っていたアルビレオが、……少しずつ、その道化のような雰囲気を霧散させていく。
ただただひたすらに乾いた目で水城を眺め、その先の言葉を黙りこくって待ち続けていた。
いつの間にか、部屋の中は緊張感で張りつめている。
ただならぬ雰囲気を醸し出し始めたアルビレオと、臆さずただ睨みを利かせる水城。
一触即発の空気がこの一室を支配していく。
「……俺は、その違和感に気付かなかった。気付けるわけもなかったんだ、あんな映像を見せられたんだから動転して楓の様子にまで気を配れないに決まっている」
だが彼はようやくその不可解な一瞬に気付いた。
それは彼が楓の自殺未遂への違和感を覚えたところに起因するだろう。
彼女の自殺未遂に対する不審、まるで自分がいつか死ぬことを知っているかのような口ぶり、何かを隠している明星の上層部。
数多の違和感を解決するため、彼は全ての過去を追憶する必要があったのだ。
そこまでしてようやく気付けた違和感。
……そこから、浮かび上がる一つの推測。
「アルビレオ、お前は皇紅葉に忠誠を誓っているんだよな。そして今皇紅葉が転生した先が俺と楓だ。……そのことを踏まえた上で、俺の質問に答えろ」
水城はその問いを口にしようとして――一瞬躊躇った。
明らかにしてしまえばもう希望などない、この世界がディストピアだという証明になってしまうのだから。
それでも、彼は意を決す。
「異世界の化物共は、……新人類の行く末なのか」
「………………」
七つの眼球を持ち、全身に赤黒いイボを浮かばせる四足歩行の生物。
それが異世界の住人、向こうの世界を支配する最上の存在。
その外見は人類とは程遠い化物かもしれない、しかしよく考えてみれば人との共通点がある。
彼らは転生した人類を食用加工する為、刃毀れした斧のようなものを使い、更には熱止血まで行っている。
動物の手では斧を自在に使いこなすのは困難、満足に扱えるのは霊長類の類くらいだろう。
熱止血までを理解している高い知能を持ち、斧を扱えるほど霊長類に類似した存在。
それは、人類の特徴と全く同じだった。
むしろ、彼らの知性が人類より発達しているというならば――人類よりも知能の発達した新人類のほうが近いと言えるだろう。
「………………まー、別に隠すこともないか」
観念したかのような口調でそう言って、アルビレオは水城の見ている映像を巻き戻した。
そして停止した部分は丁度、異世界の化物がアップになっているシーンだ。
化物の目が水城の姿を射抜く。
今の彼には、それが同胞に向けた視線に見えて仕方なかった。
「そうだよ、彼らは新人類の末路だ。……なんせあの世界は、我々の未来でもあるのだから」
「やはり……そうか……」
「……元々あの異世界もね、現世のように人類が支配する世界だったんだ。だがこちらの世界と同じように人類の限界に到達してしまい、滅びる運命から逃れられなかった。……だからね、かつて異世界でも新人類を作ったのさ」
向こうの世界に存在していた天才と呼べる存在の脳を、二人の人間に現世転生させた。
そしてその新人類以外の人類を滅亡させ、たった二人の新人類で文明の再構築を行ったのだ。
結果は言うまでもないだろう。
異世界に存在する生物は、現世の人間よりも遥かに高い知能を持っている。
彼らは世界の環境までコントロールし、不老不死の方法も手に入れた。
人間では決して突破し得ない限界をブレイクスルーし、彼らは絶滅の危機から脱却できたのだ。
――しかしそれでも一人の遺伝子から派生した種族だ。
遺伝的リスクが極力減るように脳と体を作ったとはいえど、何世代も交叉を続ければ歪みが生じてくる。
それが今の彼らの形。
混ざり合った同一の遺伝子が作り出した、化物の形態――。
「……そう、君たち新人類二人が生き延びた後の世界は、あの異世界と同様の世界になるのさ。見た目は化物になるかもしれない、しかしそれでも人類は滅ばず生き延びる。永久にね……」
そこまでを語り終えたアルビレオは、挑発するような目で水城を見下ろした。
「で、それを聞いて君はどうするつもりだい?」
水城は、ただ黙って己の膝を見つめていた。
彼は確証を持ってアルビレオに問いかけた。
だから肯定されても当然だと思うのが道理なのだが……否定という一縷の望みが打ち砕かれたのもまた事実だ。
予想の範疇とはいえ、その事実を認めてしまうのは断腸の気持ちでしかない。
「……その未来を変えることはできないのか……?」
その言葉を聞いたアルビレオが水城の胸倉を引っ掴む。
そして水城の顔を真正面から見据え、呪詛でも吐くかのような低い声で告げる。
「いい加減理解しなよ。……この世界はクソなんだよ、ディストピアでしかないんだよ」
「……」
「このまま何もしなければ、人類は限界を迎えてこの星と共に絶滅する。新人類二人だけが生き残る世界を作れば、あの化物共の楽園が完成する。その二つ以外の選択肢はない、どちらかを選ぶしかない。皇紅葉は後者を選んださ、例え化物に成り果てても人類が生きていく世界を望んだ。……天才でもどうしようもなくて、化物という道を妥協して選ぶしかなかったんだ」
それは新人類の素体と成りうるべき逸材でも回避できなかった未来、この世界の誰にも変えられない人類の宿命。
人はもう、滅ぶか異形になるかの二択以外を選べない。
そう、その言葉は何度も繰り返されてきた。
何度も刻み付けるように告げられてきた。
この世界はディストピア、絶望しか存在しない最低の世界でしかないのだ。
「そんな未来を変えるだって? 笑わせるなよ、君如きに何ができる? 人類最高峰の皇紅葉でも無理だった、その頭脳を継いだギフテッドの鈴蘭楓でもどうにもできなかった。君のような凡人がどうにかできるのかよ、皇紅葉の右脳を継いだおかげで人の心を察する能力が高いだけだろう? ……そろそろ分かれよ、この世界を救える主人公なんかいないんだよ」
……かつて水城のクラスメートたちは、異世界で主人公になるべく転生を夢見ていた。
だがそんな彼らに対して水城はこう思っていたはずだ。
この世界から逃避しても、主人公になれるはずがないと。
そう、そうなのだ。
世界を救う主人公になんかなれやしない、誰しもが世界の部品でしかない。
この世界でも異世界でも、人は定められし運命に組み込まれた歯車でしかないのだ。
死んで転生すれば主人公になれる?
ハッピーエンドはその先にある?
……そんなもの、馬鹿げた世迷言だ。
きっとこれは、その問いと同じこと。
全力で抗えば人類の悲劇を止められる?
ハッピーエンドはその先にある?
そんなことができる主人公を、世界が作るわけもない。
世界は、滅びるために生まれて、滅びによってその生涯を閉じる。
その運命を変えるためには化物になるしかない、星の作り出した生物から人工的進化を遂げるしか方法は無いのだ。




