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26章 五年前の真相

【鈴蘭楓奪還作戦まで残り二ヵ月】


 ヒスティリア強襲作戦から一ヶ月が過ぎた。

 明星は相変わらず遺跡襲撃と基地強襲を続け、敵兵力の消耗を続けている。

 対する国家側も無作為警邏を行い明星の捜索を行っているが、結果は芳しくなく数個拠点を見つけられただけに過ぎなかった。


 ハルが水城に呼び出されたのは、そんな最中のことだ。


「……」


 水城の部屋に立ち入ったハルが最初に目にしたのは、頭に頭巾を被って一生懸命掃除をしている水城の姿だった。

 年末の大掃除を彷彿とさせるほど丹念に掃除をしていた彼は、ハルを見て掃除危惧を壁に立てかける。


「時間通りか。……そこに座って少し待て」


 部屋の中心に置かれた椅子をしばらく眺めてから、ハルは音もなく椅子に座る。


 そんな彼女と向かい合うように水城は座り、被っていた頭巾を投げ捨てた。


「……掃除のことなら気にするな、常に綺麗にするよう心掛けてるだけだ。……いつ死ぬか分からない身分だからな」


 部屋の中は塵一つ落ちていないほどまでに磨き上げられ、立ち入ることが憚られるくらい綺麗になっていた。

 まるで自殺を考える者が生前整理をしているかのように、彼の部屋には机と椅子以外何も存在しない。

 それはまるで、ヒスティリアにある皇紅葉の部屋のようだった。


「ハル、お前はアルビレオの従者なんだろう。つまり不老不死者を除けば一番彼について理解している人間だと言えるはずだ」


 ハルは常にアルビレオの傍で彼の身柄を守っていた。

 彼が拠点内を移動した際は常に同伴し、会議には必ず同席し、絶えず周囲を警戒し続けている。


 最初は何故不老不死である彼を警護する必要があるのか意図が分からなかったが、銀戒銃の存在を知った今、その疑問は腑に落ちていた。

 不老不死はこの世界での尺度の話、異世界の技術で作られたストッパーには何の効力もないのだから。


 故に組織の頭領を担う不老不死者には、従者が必要不可欠。

 それは逆に考えれば、この組織で頭領に次いで情報を持っているのは、その従者ということになる。


「……単刀直入に訊こう。アルビレオは一体何を考えている?」


「……………………」


 その問いを投げかけられたハルは首を傾げた。

 あまりにも大雑把な質問過ぎて何を答えたらいいのか分からないのだろう。


「一つ、ずっと疑問に思っていたことがあった。……五ヵ月前、俺と楓がクラスメートと共に水族館へ行った時のことだ。明星は俺たちが新人類ということを知っていたはずだが、俺たちに護衛を付けなかった。……俺たちは国家に渡したくない切り札なんだろう? ならば護衛をつけるのは当たり前のはずだ」


 無論、水城たちが新人類であることは極秘なので護衛を常に付き従わせることはできない。

 だが水族館外周に警備を配置することはできるし、それをすることは組織として当たり前のことだろう。


 今まで二人は、祖父という役割を与えられて彼らと同居した誠二によって守られてきた。

 不動産収入で悠々自適になり常に家でテレビを見ているだけ、という設定は彼が任務を行えるようにするための建前。

 彼は学校周辺などに潜み、国家が彼ら二人に危害を与えないよう監視し続けていたのだ。


 ……それくらいのことは、今の水城には理解できていた。

 なにしろ自分たちは新人類なのだから、そういう対応は行って当然だ。


 でも――だからこそ、二つの疑問が生まれていた。


 一つは楓のこと。

 誠二が明星から派遣された監視役ならば、楓の両親も同じ立場の存在であるはずだ。

 ならば何故、楓は飛び降り自殺を行うほどまでに追い詰められてしまったのか。


 そしてもう一つ。

 どうして水族館へ遊びに行った時だけ監視が解かれていたのか。

 もし建物周辺に護衛を配置していたならば、新人類を捕らえようとした国衛隊と戦闘になっていたはず。

 もし戦闘が行われたならば、銃声の一つくらい轟いてもおかしくはないだろう。


「あの日、明星は俺たちを警護しなかった。そしてその結果俺たちは連れ去られ、俺だけが明星によって奪還された。……国側が欲して止まない新人類だ、当然身柄は厳重に拘束されるだろう。でも明星はあっさりと俺を奪還できたよな。それもおかしいだろう……?」


「……………………」


 ハルは首を横に振る。

 言葉を発せない彼女にはそれが唯一の感情を伝える方法なのだが、何も知らないと言いたいのか、何も言えないと言いたいのか、その区別はできなかった。


「……上の役職から命令されれば何でも従う、だったよな」


 ヒスティリア強襲作戦の会議で知ったことを諳んじながら、水城は鋭い視線を向けた。


「アルビレオの行動は不可解にも程がある、国衛隊と癒着している可能性も視野に入れる必要があるだろう。……もし新人類として奴を処分するように命じたら、お前は遂行できるか?」


 水城からその言葉を受けたハルは――一瞬、言葉に詰まるかのように身動ぎした。


 そして彼女は、しばらく水城の顔を見つめてから……静かに首を横に振る。


 アルビレオを殺害することはできない。

 それが彼女の答えだった。


「……そうか。ならいいだろう」


 渋い表情を浮かべて、水城は指先を扉に向ける。


「聞きたいことはそれだけだ。……今ここで話したことは誰にも伝えるな。何事もなかったようにアルビレオの元に戻れ」


「…………」


 そう告げられたハルは立ち上がり、最後に一礼をしてから部屋を出ていった。


 ……今までハルがいた場所を見つめながら、水城は静かに息を吐く。

 まだ話し合いが終わっていないかのように真剣な眼差しで、思考の海に身を委ねていた。


 かつてアルビレオが言っていた『上の役職から命令されれば何でも従う』という言葉は真実ではない。

 それが真実であったならば、例え国衛隊との戦争にアルビレオが必要不可欠であったとしても、皇紅葉である水城の命令に逆らうことはなかっただろう。


 ならば、何故そんな嘘を吐いたのか。


 その理由は不明だが、明星は何かを隠していることは間違いない。

 全人類が滅んだ後に新人類による新たな世界を作り出すことだけではなく、別の目的を遂行するために動いているのだ。


 恐らく内部から見ている限り、末端の工作員はそれを知らずに動いている。

 怪しげな動きをしているのは上層部、不老不死者たちとハルだ。


 彼らは何を企んでいるのか、何を目的としているのか。

 世界が滅ぶ瀬戸際で、一体何を望んで暗躍しているのか――。


「……確認すべきことは後一つか」


 椅子から立ち上がった彼は、掃除用具に隠されていた書類を手に取った。


 それは過去の事件資料だ。

 記載された日付は九年前、楓が飛び降り自殺を起こしたその日。


 残るもう一つの疑問。

 何故楓は飛び降り自殺を行うほどまでに追い詰められてしまったのか。

 それを解き明かすため、彼は事件の資料を集めたのだ。


 この二つを照合すれば、事件の経緯は大体理解できる。

 もしあの一件に何かの陰謀が絡んでいるならば、その証拠を見つけられるかもしれない。


「……」


 事件は九年前の十月二十二日に起こった。

 奇しくもそれは、全人類が死亡する予定日と同一の日でもあり、新人類の誕生日でもある。


 マンションの七階には脱ぎ捨てた靴が並べられていて、それを重石として遺書が置かれていた。

 現場の様子と本人の遺書から、警察は楓が七階から飛び降り自殺したのだと断定。

 そして遺書の中に書いてあった事実を元に、楓の両親が虐待を行っていたとして身柄の拘束を画策する。

 ……しかし両親は既に失踪しており、数日後同じマンションの同じ七階から飛び降りて死亡した。


 楓が飛び降りた時、落ちていく彼女を目撃した水城がマンションの二階踊り場から跳躍。

 空中で彼女を捕まえたが、共に落ちていき地上の車に激突した。

 それにより楓は左目の眼球破裂と脊椎損傷による下半身不随を、水城は左腕への変調を身に刻んだ――。


(あの時のことはよく憶えてる……偶然楓が落ちてくるのを俺は見たんだ。そう、俺が見たのは落ちていく彼女の姿だけ。飛び降りた瞬間を見たわけじゃない)


 警察が飛び降り自殺と断定したのは、当人も認めた遺書の存在が大きかっただろう。


 ならば、もしそれが誰かによって用意されたものならば?


 それが彼女の死を自殺として偽装するための罠で、本当は彼女が誰かに突き落されたのならば?

 そして本人がその事実を言えない状態になっていたなら……?


 あの日、彼女が助かったのは偶然だ。

 木がクッションとなり、地上に車があったから命を失わずに済んだだけ。

 偶然がなければ彼女は確実に死んでいただろう、同じく七階から落ちた両親役の監視員の死がそれを証明している。


 ……彼女が大事な新人類なのであれば、明星は死ぬ気で彼女を守るだろう。

 楓の両親役は明星の構成員のはずだから、飛び降り自殺などさせるはずがない。

 それにそもそも虐待するわけがないのだから、彼女が飛び降り自殺をする動機自体が存在しない。


 ならば両親の死亡も何者かによる犯行で、楓を殺すために邪魔者を消したのだろう。

 そう考えれば明星が事件後すぐに楓と接触したことも頷ける。


 しかし仮に犯人が国家側でも不可解だ。

 国にとっても新人類は重要、殺していいはずがない。


 彼女が本当に新人類なのであれば、誰も彼女を殺そうだなんて思わないはずなのだ。


「………………」


 一時間、二時間……長く長く、水城はその書類を眺め続ける。


 やがて、その表情に鬼気とした色が混ざり始めた。


 あの事件の裏に隠された意図、明星の上層部が企む本当の計画の一端を、彼は垣間見る。


 彼の脳裏に蘇るのは――まだ世界がディストピアなのだと知る前の、あの会話。


『…………水城には、生きてほしいから』


 学校からの帰路、彼女は確かにそう言っていた。

 まるで自分がいつか死ぬと知っているかのような言葉を。


「……そうだったんだな、楓……」


 しかし、未だ上層部の企む計画を全て理解したわけではない。


 計画実行まで残り二ヵ月。

 ……真相へ辿り着くまでの刻限は、もうすぐそこまで迫っていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。よろしければ星1つでも評価を頂けますと励みになります。

続きは本日17時過ぎから随時投稿いたします。よろしくお願いします。

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